遠藤周作著
キリスト教とはこれといった係わりもないのに、何故古本屋で探してこの本を読もうと思ったか・・・
アンドリュー・ロイド・ウェーバー作曲のミュージカルだという理由で、劇団四季の「ジーザス・クライスト=スーパースター」を観たのがきっかけです。
イエス=聖書の教えを説いた偉い人、ユダ=イエスを裏切った悪い奴
その程度の認識で観劇しましたが、これがちょっと驚きでしたねぇ。
ジーザスもユダもなんて孤独で悲しい人なんでしょうか。
人間ジーザスと人間ユダをもう少し知りたいと思って、これを演じる俳優さんたちも読むというこの本を読んでみました。
ジーザスは苦難の人に寄り添うことで神の愛を説こうとしたのに、人々が求めるものは違うものだった。人々が願うものは実際に効力のあるものや結果だ、ということ。・・・・それがジーザスの悲しみだったのかな。
ジーザス本人の願いとは全く別の理想を求める人たちに、救世主にさせられ、失望され、十字架にかけられる。そして、そのことをすべて知ってて自分の死を受け入れる。
ユダはジーザスの願いと人々の願いが相容れないことや、いずれ失望した人たちから死に追いやられることを分かっていて、でもどうすることも出来ずに悩む。結果、裏切ることになってしまう。
私も結果が欲しいときには、節操なく神様や仏様にお願いしますよ。
だってこの世の中、精一杯努力しました全力で頑張りました、だけでは認められないですからね。
試験なら合格しなきゃ意味無いし、記録なら数字で表れなければ意味がないから。
それに病気をしたり、痛いところがあったり、誰かを助けたい時もやっぱり、神様仏様にお願いして状況を良くしてもらおうとしますけどね。
「それがすべてではありませんよ」と天の声がしそうですね・・・
人に寄り添う、気持ちを理解してあげようとする、それはとてもとても大切なことでしょう。
そばにいたからといってその状況が好転するわけでなく、いい結果が出るわけでもないとしても。
家族、友人、人間関係では特に必要なことだと思う。
ジーザスもユダもとても身近かに魅力的に感じましたよ、この本を読んで。
劇団四季「ジーザス・クライスト=スーパースター」の全国公演があるので、また観に行こうと思ってます。