中原中也の詩「頑是ない歌」の第1文目はこの文から始まる。

詩集を読んでみて何個か気に入ったものの中の一つである。

なんとなくグッと感じる部分(詩の後半の方)があったりする。

※「頑是無い」とは「がんぜない」と読むそうだ。広辞苑によると、意味は“幼くてまだ是非・善悪のわきまえが無い。転じて、無邪気である”こと。



9月上旬の自分のあるブログを見返した。

後期の授業に関する恐怖心が綴られている。


今見ると「なんでそんなことに??」と思ってしまうがあの時は本気で恐怖を感じていた。

シラバスを見て、自分が本当にこんなこと理解できるんだろうか、という恐怖。


あれからもう5ヶ月が経った。

5ヶ月前に恐怖を感じた後期の授業も今日で終了し、来週からは試験が始まる。

そっか、あんなに恐怖を感じていた授業も、なんとかやってきたんだなあ。

恐怖どころか、意外にあっさり終わってしまった気がする。

むしろこれでいいのか?とさえ思ってしまう。




何でも取りかかる前は、かなりの不安や恐怖を感じる。

でも実際やってみると案外さらっと通り抜けていることが多いかもしれない。


だったら最初からかるく考えていればいいじゃん、と自分でも思うんだが、そう考えると後でつらい目に合いそうだから最初に悪い方向ばかり考えている。

精心的に結構疲れるんだけれどなんかそういう性格になってしまった。




あんなに恐怖を感じていた講義の試験。

「出来るわけがない」と思っていたけれど、今思えば結構学んできたじゃん。

専門性が増して面白いと思えたし、それを理解するために基本的な理科の知識も必要だとわかった。


たった15回くらいの講義では体系化された学問のほんのさわりくらいしか勉強できない。

個人的にもっと深く勉強したい基礎教科(有機、生化とか)もある。

本当は授業だけでなく、家でもやればいいんだろう…


でも長期休暇中はやる気が起きないorz

忙しいのかもしれないけれど、普通に大学に行っている日に、通常の授業の勉強もしながら自分がやりたい勉強をする方が続きそうな気がする。

気持ちの問題だけど。


やらなければならないことが複数ある時の方が、逆にどの仕事もきちんとできる。

そういうときもある。





そういえば今日思った。

自分、しゃべるのかなり下手。

友達と二人で話していたら、自分だけなぜかどもったり、かんだり、「あ~」とか要らない言葉が出てきたり。

言いたいことは頭の中にあるのに、言葉にするときになにか障害がでてくる。

親しい友人だから、気を遣って発言しているわけじゃないのに…


プレゼンや面接の時、どうなるんだろう?

ただでさえそういうの苦手で緊張するのに、それに加えて弁が立たないとなると…

これでいいんだろうか。