なんとこの年にして、また新たな趣味を始めるの巻。

 

 

ステンドグラス。

 

 

実は数年前にも、ステンドグラス教室の見学に行ったことがある。

前に住んでいた場所の近くにたまたまステンドグラス教室があったのだ。

 

 

そもそもなんで私がステンドグラスなんぞに関心があるのかというと、

5年くらい前におひとり様で週末にホテルに泊まって非日常を味わうというムーブをしたときに泊まったホテルが全体的にアールデコなインテリアで統一されており、たまたまその部屋に置いてあったステンドグラスに目を奪われたからだ。

 

思わず写真を撮ってたまに何かのアイコンにしたりするくらいには気に入ったので、後日、ホテルにこのランプのメーカーや品番を教えてほしいというメールをしてみたが、、、

 

音沙汰なし!

(たしかに怪しいメールかもしれないけど、、、

 

まじか、ホテルってこういう客からのメールに丁寧に返信するものかと思ってたのに。

また同じメールするのも迷惑かと思い、そのホテルへの連絡は二度としなかった。

 

 

それでもあのランプが欲しい私は、ネットで探したりするがなかなか見つけられず。

いっそのこと、オーダーメイドで作ってもらおうと考えてステンドグラス工房を探していたところ、工房が近所にあることを知り、門をたたいた。

 

 

そこは工房兼教室になっていた。

オーダーメードで作ってもらいたい話を持ちかけたが、なんか知らんが自分で作ろうと思えば作れるとかぬかしやがってステンドグラス教室に入らないかと勧誘してきた。

 

いやいやいやさすがになんか難しそうだし教室に通うのはちょっとハードル高いなと思って断ってきた。(ちょっとやってみたい気持ちはあった気はするけどさすがにいろいろ教室通いすぎだろと)

 

相変わらずオーダーメードの話は真剣に聞き入れてもらえずもういいやとなった。

 

 

そして2026年、春~spring~。

休日にたまたまぶらぶらしていたときに、カフェの窓際にたくさんのステンドグラス作品が飾られているカフェを発見。

その場所にカフェがあること自体は認識していたが、その日はたまたまステンドグラスが目に入って、これまでのステンドグラスにまつわるあれこれを思い出して吸い込まれるように中に入った。

 

店内を眺めると、カフェスペースの近くでステンドグラス作品の販売もしているみたいだった。

店の人に私とステンドグラスにまつわる話をし、予算感や製作期間を確認しながら、じゃあオーダーメードするかな、、と思っていたところ、「なんだったら自分でも作れますよ?」と言われた。

 

 

出たッ!!!!

必殺「自分でも作れますよ?」攻撃ッ!!

ステグラ界隈は素人をそそのかして自分で作らせるのがお作法なのかッ!!??

 

一瞬ひるんだが、この時ばかりはやぶさかではない感じがした。

まずは体験できますよとも言われた。

 

うーん…

直後に予定があった私は一旦店を出た。

 

―――

用事を済ませて、ごはんを食べ、その間ずーーーーっと体験に行くべきか否か考えていた。

 

また新しいことを始めようとしている。

本当に続けられるのか?できるのか?

 

頭の中ではもう決断は終わっているのに、体が動かないという感じ。

 

店の周りをうろうろうろしながら思考をぐるぐるさせ、もう考えてもどうしようもないところまで来てようやく、私は再度店を訪ね、体験予約をすることにした。

 

 

作業自体は当然初心者では難しい部分もあるにはあるあるが、それはそれでやりがいもありそうだと感じた。

 

あのランプを作ったら教室辞めますけどね的な話をしつつ、わたしはステンドグラス教室に通うことにしたのだった(でもうっかり長いこと続けるのかもしれない。私とはそういう奴だ)。

 

 

さすがYoutube…ステンドグラスのいろんな情報発信してる人いるのね、、、

すんごい参考になります。

 

 

下のが体験で作った小さいもの。

 

上のが教室入って1作目。

いびつだがまあこんなもんでしょ。

 

 

めちゃくちゃ言語化能力高くなったところで、物の本が多少読めるようになったところで私は欲しかったものを手に入れた気はしなかった。

 

最近Xでこんな投稿を見て思わずブックマークをしてしまった。

 

 

 

 

 

床に落ちてる抜けた髪、さっき切った爪——これらからほしいものがどんどん生まれたらどんなにいいだろうか。

 

 

あきらめては捨てきれぬまま

いつか願うわ ぼくじゃない幸せを

人間ビデオ/ドレスコーズ

 

なんかふと歌詞の一節が頭に浮かぶ。

 

 

言わなくてもいいことを言いたい

回る!世界が笑う

虹/フジファブリック

 

今年の初めは、なんかいい気分だった気がする。

 

しかし今はどうだ?

 

疑心暗鬼、不安に苛まれて自滅した。

 

 

今さらながらD.H.ロレンスの『黙示録論』をちょっと読み始めた。購入している本なので手元にはあるものの、例によって積読〇年。翻訳はもちろん、福田恆存。

 

あの福田恆存の思想にとてつもない影響を与えた人物&その書籍である。

 

「現代人は愛しうるか?」とつけられた副題の意味するところとは。

 


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あと、年末年始は読書を頑張ろうと思って図書館から借りてきた本のひとつ。

 

『「空気」と「世間」』

著:鴻上尚史

 

たぶん浜崎洋介が表現者塾でちょろっと紹介してるのをメモしてたやつ。

結構古い本(2009年)だった、、、あれですね私のブログも初期の初期の頃に出た本だ。ブログ更新全盛期というか。

 

 

 

まだ冒頭部分しか読んでいないけど、この本の主張のひとつはこう。

 

自分に関係ない世界のことを「社会」と呼び、自分に関係のある世界のことを「世間」と呼ぶのではなかろうか?

 

私は自分が関係ありそうな世界を広く捉えがちなので、世間を気にしているようで社会を気にしているのような気がする。

いや、それは私の認識の自意識過剰だろうか?

 

 

よく女性は道を塞ぎがちというのを見聞きするが、それも女性性的には世間がものすごく狭いんだと思う。

女性性的に世間というのは、数人程度…もしかすると家族+α程度なのかもしれない。

 

 

 

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ロレンスの思惟するとおりなら、私の潜水期間は、また長い。

一巡した世界でお目にかかりましょう。

今日の私は一人になりたい。

 

今日は便宜的に会社の御用納めだった。

 

 

終業時間後、懇親会なるものが開催されていた。

 

参加は自由とのことだったが、私は最初から不参加の意思を示していた。

 

 

 

帰り際、懇親会会場を通った。

わいわいガヤガヤ

 

先日のM-1をみんなで見て笑っている。

 

 

・・・・

 

 

 

今日の私は一人になりたい。

 

 

 

そういえばなんでみんなでお笑いを見るのが苦手なんだろう。

 

ライブも一人で参加するのがいいのはなぜだろう。

 

 

 

多分、ノイズなんだと思う。

 

自分とバンド、自分と芸人という1対1の関係に浸りたいのに、職場の人がいるとそれができない。

ほかの人の感想などが入ってくる。

 

 

全然知らない赤の他人が周りにいるときはノイズにならないけど、職場の人やちょっと知っている人のそれはノイズに感じてしまうようだ。

 

 

 

外はかるく雪が降っていた。

 

 

家に帰ったらジョジョの配信を見る。

今日は3部のラストまでイッキ見である。

 

ジョジョの奇妙な冒険第3部 スターダストクルセイダース 完結。

※先週配信分の6話を全部見ていないけど。

 

 

なるほど、全盛期承太郎の無敵感がよく言われるけど、これはたしかに絶対に負けない感じする。

 

漫画で見るとすごい長い戦いをしてるように感じるけど、アニメーションだと一瞬で終わってしまうような気がする。

あれ?もっとDIOと戦っていなかったっけ?

 

 

 

そして花京院、一瞬すぎるよ。

 

今回アニメ見てさらに花京院ファンになりました。

 

 

花京院生きてたら承太郎の絶対運命変わってたと思うくらいに、3部メンバー良い奴。

 

 

周りのメンバーが承太郎を察する能力高くて基本無口でも戦えたけど、4部以降は承太郎を察するキャラがいなくて戦い方が孤独だよな、ってコメントをどこかで見たけどそれはたしかにそう。

それくらいに主人公承太郎って感じの3部でした。

 

 

 

何かを嗜むときは、一人で。

これが人生の鉄則である。

バレたのか…?

 

休日にも仕事のような考え事をしていることが。

 

 

 

今日、労働条件変更の打診があった。

 

ざっくりいうと、「あんたの働き方は休日にも仕事(勉強)をしてるような感じだから、会社としては放っておくわけにはいかねえ。」って話さ。

 

 

何もすごいことはなくて、単純に労働時間長いだけなんだよな。

ほかの人よりも単純に長時間思考しているだけ。本当にそれだけ。

 

 

一人暮らしで生活が“終わってる”からこそできる話。

 

家族がいたら無理だと思うし、家族がいるならこんな働き方は無理に勧めない。

あなたはきちんと人間らしい生活をなさい。

 

 

 

裁量労働制なんてやったことないから、試しにやってみるのはありだろうな。

 

自分がよかれと思って動いてもいいことがないのだから、周りに流されておくのもまあ良いでしょう。

ザ・ギース 卒業式

ジグザグジギー 喫茶店

M-1

コント公演 『 イミノウム 』 のお知らせ (11/17更新)|シアター・コントロニカ

 

 

こちらの公演を見てきました。

 

 

小林賢太郎の公演を見に行くと必ず最初の方に「果たして今日の私は公演の面白ポイント(仕掛け)に気づけるだろうか?」というプレッシャーを感じる。

 

開幕すぐに小林賢太郎が登場し、作品のちょっとした解説。

 

 

ベーリング海の上の方に、小さな島が二つ並んでいる。

片方の島の名前は、ラトマノフ島。

別名:明日の島

片方の島の名前は、リトルダイオミード島。

別名:昨日の島

 

両島は互いに目視できるような距離であるが、時差は約20時間——両島の間に日付変更線があることから、明日の島、昨日の島とも呼ばれるようになったようだ。

 

 

 

何の変哲もない単なる島の話であるが、そこに、意味づけの線が引かれていることによって、明日、昨日という概念が適用されていることに、何かしらのセンチメントや浪漫のようなものを感じてしまう、私みたいな人間もいる。

 

 

 

 

はじめに、観覧者にこの世界観を紹介するような導入コント「意味変更線」

 

開始早々、「なるほど、そういう世界観ね。」と思ったところで一安心し、あとは劇の進行にそのまま身を委ねることができた。

 

そして最終コント『イミノウム』(意味の有無)

 

 

 

 

余談だが、ほんと最近の私は以前に比べて準備をしなくなった。

おそらく、もう人生に驚きがないことをわかってて、せめて私が準備しないで事に臨むことによる“飛躍”を期待しているのかもしれない。

 

 

イミノウムとは「空」の結晶。

 

このイミノウムの周囲の人間は意味を奪われ、、

 

 

私は意味付けを重要視しているタイプの人間である。

自分に起こることには何かしらの意味があるとおもいこんでしまう。

 

 

補足しておくと、私の外面と内面は結構真逆な気がしている。ブログなどに文章書くとこういう感じだけど、職場での振る舞いはサバっとしているような…(なぜ曖昧)。

 

 

仕事のことは仕事の文脈に応じた意味づけをしているし、それは自然なんだが、仕事ではない環境においては文脈がない(近代人の特徴)ので過剰に意味付けをしないと自我が崩壊する気がするんだよな。分裂症、離人症というか。

 

 

でもなんか、自己を抑制するとか、鬱にさせるような意味づけは過剰にする必要はないってのは最近思う。

昔はそういうことも律儀にやっていたけど。

 

 

意味があるのかないのかでさえ私が独断と偏見でやってるんですけどね。

ここぞというときには意味に自覚的になってしまう。

 

 

 

配信チケットを買ったので、もう一回見よう、イミノウム。

 

 

2025年12月20日追記

意味がなくなった世界で、写真を撮ろうと思って撮らなかったシーンと、自然と写真を撮るシーンとがあるんですよね。

 

写真を撮ろうと思って撮らなかったシーンは、イミノウム発見直後にイミノウムを発見したことを証拠として撮ろうとした場面。

 

自然と写真を撮ったのは、ラストシーンでみんなで居酒屋山嵐に向かっているその場にいた人々を背後から撮ったシーン。

 

意味を感じず撮った写真の方が後からよく見返す説あるよね。

 

女性性とは、傷ついた心そのものである。

 

なるほど、と思った。

 

 

私の実感に近いところもあった。

関連するかわからないが、私は比較して自分が劣等であると感じる場所にはいないようにしている。

どうしても参加せざるを得ない場合はあるけれども、自分の意志でその場に行くことを回避できるのであれば行かない。

 

自分が劣等種であることを感じない場所はセーフなだけであって、必ずしも自分が1位になれる場所にしか行かないわけではない。自分が明らかに最下位にならない場所ならセーフってだけであって、たいていの場所では常に傷ついている。

 

 

他人と比較するなというのは簡単だが、女性性は同性から極端に浮くことを抑制する仕様であるということを鑑みると、実践が難しいことがある。

 

ただ、極端に浮くことができる環境というのもあって、それは自分が比較対象から外れて唯一の存在であることを自覚しているとき。

 

例えば、たとえそれが客観的事実ではなくても、自分がその集団の中でもうダントツの地位であること思い込んでいる場合。

 

例えば、絶対に自分の見方をしてくれる伴侶がいる場合。

 

 

 

 

 

「(こういう仕様なのだから、自分の力ではどうすることもできない)これで救われた気がしませんか?

 

という地味変さんの言葉には、

「そうか、そうか、仕様だもんな仕方ないよな。」

 

とは正直ならない。

 

理屈では、仕様から外れた使い方をしては、その装置の性能を十分に発揮できないってのはわかる。

仕様に沿った適切な使い方をしなければならない。それは現在仕事でかかわっているシステム開発の文脈でもそう伝えている。

 

しかし、仕様に沿った使い方ができないのでずっと苦しい。

 

先日ネットの海の中で、「私はこっちの道で幸せになることよりも、こっちの道で後悔すると決めた」というポストをブックマークした。

世界陸上みてるというのを母から聞いたので、まあせっかくだし見てみる。

 

ん、東京なのか!

まさかの国内開催。

 

 

テレビは無いので、TVerで視聴。

 

昨日は100m男女決勝。

 

今地球上で最も速く走れる奴というとっても単純な競技。

 

陸上競技という文化に馴染みのない国や地域にすごい足速い人間が存在しててもおかしくないとは思うんだけど、実際いるのだろうか?

 

 

 

そして、私の世代(1980年代後半生まれ)のスター選手と言えば、ボルトなんですが、女子のシェリーアン・フレイザー・プライスがこの大会で現役引退らしい。

 

あの髪型めっちゃ派手な人ね。

 

今や若手の選手がどんどん出てきて私たち世代はもう現役引退みたいな感じなんですよね、、、

時の流れって早い。

 

 

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世界陸上をTVerで見ているので、TVerで配信されている他の番組もおすすめされる。

 

そこで目に飛び込んできたのが、『監獄のお姫様』

 

 

言わずと知れた2017年TBSのクドカン脚本のわちゃわちゃ系サスペンスコメディというか喜劇というか。

 

 

最近Xで野木脚本の『アンナチュラル』関係の投稿を見ていて「アンナチュラルは精神的にくるやつだから2回目は気が重い」と思っていたところに、『監獄のお姫様』である。

 

これはちょうどいい(何様

 

 

 

ということで三連休最終日、いきなり監獄のお姫様を見始めてます。

 

4話だけ配信終了されていたのが残念ですが、最後まで見切ります。

 

 

 

更生するぞーーーー!こーせー!!

 

 

ばばかよ、財テク、女優、姐御、先生、姫

 

赤羽、別所、千倉、土井垣、井堀、船越、、、