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「春の嵐」のような人は、
私の心をまるごと預けれた一人の親友でした。
いつも私の一歩先を歩いて、
その道を照らす「光」のような存在でした。
あれから13年。
私の気持ちは
後悔と悲しみから
彼女を失った喪失感と、
彼女が生きられなかった時間を
私はこうして生きているのだ、という
ありありとした「生」の感覚、に変化しました。
春は私の産まれた季節であり、
最後に親友と笑った季節でもあり、
よろこびとかなしみがいりまじった、
色とりどりの美しい、
特別な季節なのです。
人は
草木が芽吹き、
花が咲いて、
常に再生されるこの季節を世界を
楽しむこともできるし、
散りゆく季節に喪失を嘆くこともできる。
そして、
死は生の対極にあるんじゃなくて、
死は生の延長にあると。
そんなことを教えてくれた親友に
百万回でも伝えたいです。
「ありがとう」
「あこがれ」
夕暮れのオレンジ
のびてゆく影
やわらかな胸に映し出される
心痛むのは生きているから
落ち葉を一枚
頬に張りつけて
泣いたふりして笑った
この世の全ての悲しみが
雨になって、ふる
あなたの瞳から
さらさらと、ふる
まっすぐなその瞳に
夕焼け空に
あこがれた
氷の三日月
星屑のダンス
温かな手の平落ちてくる
探してしまうのは生きているから
星屑指さし
手でピストル真似て
撃ち抜き笑った
この世の全ての喜びが
光になって、ふる
あなたの肩に
きらきら、ふる
前をゆくその背中に
波打ち際に
あこがれた
閉じ込めていた想いを
開け放ちたくなって書きました。
たくさん泣いて、
今日の青空のような澄んで軽やかな心地です。
読んでくれて、ありがとうございます。


