「今話せる?」
いつもの明るい声。

「これから仕事!終わったら後で!」

「わかった!」

「すぐに電話する!」


話ってなんだろう。
少し電話をするのが遅れてしまった。
でもきっと、
電話をとったあなたは
機関銃のように話して、私を笑わせるだろう。



だけど、それっきり。
あなたの声を聞けないなんて。
あなたに会えないなんて。


春の風がびょうびょう窓の外でなっている。
ピアノの蓋をあけた。


ずっと口ずさむことが出来なかった
あの歌を歌ってみた。

           
「春の木漏れ日の中で君のやさしさに
        うもれていた僕は弱虫だったんだよね」


最後にあなたの姿を見たのは
春の嵐が吹き荒れた日だった。


そして、
あなたは煙になった。


あの日から手放せなくて握りしめていた思いが、
静かに放たれた。
とめどなく、溢れて、頬を濡らしていく。


窓を開けた。
再びピアノに向かい、
もう一度静かに歌った。


春の嵐が私の思いと涙をさらって、
窓の向こうに消えてゆく。


ふと、そこにあなたがいるような気がして、
窓の外を見た。


どのくらいそこにいたのか、
さっきまでの嵐はやみ、
風は静かに優しく枝の先を揺らしていた。


「泣くな、泣くな」と。



「すぐに後で」と言った私。

「わかった、待ってる」と言ったあなた。


儚さを知った。
後悔を知った。
いつものあわただしいあの日の午後。


今、
あなたが残した後悔の色は、
絆という色に変わってゆく。


柔らかで激しい春の風。
いつもの春の光。


桜の咲く頃、
私は笑顔で
46になるよ。