昨日、帰宅した次女は
怒りの感情がいきなりフォルテシモ。
コートの雪と怒りを撒き散らしながら。


その訳は、
何から何まで真似をする友達の
あまりのストーカーぶりに
堪忍袋の尾が切れたという。


服や持ち物、髪形、口癖、
Instagramの写真、
アイデアをの横取り、等々。


それだけあなたが魅力的なのだ、とか、
ほっとけばわかる人にはわかる、とか、
よくあること、などと言ってみたけど、
怒り吹き荒れる次女の耳には届くわけもなく、
言葉は宙を激しく舞い、
窓の外に消えていった。


そりゃそうだよな。
めったに怒ることのないあなただもの。



改めて、思うこと。


やっぱし、
自然の法則的にいうと、
自分で蒔いた種から育ったものは
必ず自分がかりとることになるらしいから、


友達が蒔いたものは、
あなたが蒔いたものと似ていても、
育つものも、刈り取るものも時期も違うということ。


それはおそらく
罪悪感だったり
劣等感のようなものだ。
だけどそれは
友達のものであなたのものではないということ。


だからあなたは、
自分の素直に好き、楽しいに従って、
淡々と、農夫のように
空を信じて、
土を耕して、
種を蒔いて、
水をやって、
ワクワクと収穫を待てばよい。


そして、
怒りも悲しみも恨みも
全部の全部あなたのものだから
認めて、感じ尽くして
そのあとは、
空に放り投げて。




そんな風なインスピレーションを
感じていると、
窓の外にいた黒猫が私のほうを見て、


「お前もな。」
とその目が言っているようだった。


ガラガラシャキーン。(脳がクリアになる音)
わかった。
合点承知の助。


大切なこと。
忘れないように、
色んな出来ごとが運ばれてくる。


ありがとう。黒猫くん。


(お花屋のマトリカリア、春の切り花で一番好き)



「若いひとに」

ひとの真似は、よくても、悪くても
したくないと思うほどの、
こころの潔癖さが、ほしいと思います。
それは、勇気かもしれません。
それなら勇気が、ほしいと思います。


                                                    花森安治さんより



真似や憧れを飛び越えて
執着からよいものは、生み出されない。


自分を信じよう。
自分を輝かせることに集中しよう。


個々を彩るすべての輝き。
インスピレーションは
どんな色でもかたちでも
そのままが美しい。


そこには執着など
入る余地なしなのだ。


さて、
伝えることは伝えて、
娘は見守るだけ。