名もない林の中に
そのお店はあった。
都会の喧騒から
少し離れた林の中。
7月の陽気の中、
アリス・ペンドルトンは
いつものように店の戸を開けた。
店の中では
いつものように
レナードが新聞を広げて
珈琲を楽しんでいる。
「やあ、アリス・・・
その格好、舞踏会にでも行くの?」
中世風のドレスで着飾ったアリス。
上品にアップされた髪は
貴婦人のそれだった。
くるくるとステップを踏みながら
嬉しそうに話す。
「聞いて、レナード♪
オーディションで受かって役をもらったの♪」
「すごいね! 何の役?」
「台本では『貴婦人D』って書いてある。
まあ、脇役よね・・・」
はにかむアリスに
レナードは微笑んだ。
「何にしてもおめでとう♪」
「この衣装・・・ 一度着たら脱げないのよね・・・」
「貴婦人には努力が付き物だよ」
屈託のないレナードの笑みに
アリスも中世風のお辞儀で応えた。
ふと辺りを見渡すと
シェルドンの姿がない。
「レナード?
今日はシェルドンいないの?」
「シェルドンなら教会のバザーで
ボランティアに行ってるよ」
「残念!
甘いものが欲しかったのにな・・・」
レナードはアリスの姿を見ながら
少し考えた。
「・・・ショコラは貴婦人の飲み物だ」
「?」
「試してみよう、きっと気に入る」
ショコラ=ココアの原料となる
カカオをコロンブスが持ち帰ったのは
大航海時代のことだ。
以来、カカオは金貨に相当する
貴重なものになった。
この高価な飲み物は
ルイ14世の時代に
サロンの貴婦人たちの間で
密かなブームになった。
レナードは、
ショコラ専用に用意していた
バラの柄のカップを用意して
小さなピッチャーと、クリームを添えて
アリスに差し出した。
「これってココア?」
「そうとも言うね。 まずは香りを楽しんで」
アリスは、
言われた通りに香りを嗅いだ。
きめの細やかなカカオの風味に
泡の上にかかったシナモンが
ほんのりと香る。
飲む前から
溜め息の出る安らぎだった。
ひとくち飲めば
身体の隅々まで
充足感が沁み渡る。
「美味しい~」
アリスのにこやかな笑みを見て
レナードも笑顔になる。
ふとピッチャーを見たアリスが問う。
「これはおかわり?」
「まあ、二杯目のお楽しみだね」
飲み終えたカップに
ピッチャーからショコラを注ぐ。
レナードの指示で、今度は
クリームをたっぷりとスプーンですくい
ショコラに浮かせてみた。
一杯目とは
明らかに違う味わい。
チョコレートの味にとても近く、
マイルドなコクが楽しめた。
「お楽しみって、このことね♪」
アリスの可愛らしい微笑みを見て
レナードは言った。
「貴婦人の午後ってのは
こうあるべきだ」
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