初めまして。これからと今までの悶え打つような地獄の日々を綴っていこうと思います。


毎日「一体何と戦っているんだ」のそれですが、同じ立場の人がいれば笑ってもらえたり1人じゃないんだと思って欲しい。そんな思いで書いていこうと思います。






これは序章を通り越してしばらくした頃の胃カメラの話




咳と胸の痛みがとまらねぇ。もうダメだ肺か心臓が終わってるんだと大騒ぎしていた今年の春、桜も見れず仕事を少し休みベランダに上半身を投げ出し日向ぼっこに勤しんでいた頃の話である。




左胸に縦に走る強烈な痛み(一瞬)、空咳に軽い呼吸困難。病気不安症になって1番体調が悪かった頃、まさにポカポカ陽気の中不安が大満開であった。いい加減にして欲しい。

この頃まだ心療内科に通い始めた頃で半夏厚朴湯を毎食むしゃむしゃしていた。

半夏厚朴湯は喉に張り付くとめちゃくちゃ喉が変になるので皆様におかれましてはちゃんと水を沢山飲んで頂きたい。



そんな中健康診断の心電図がひっかかりやがったのである。心房?なんとか?と言う今ではあまり記憶に無いがそのような病名の可能性があるので来年また健康診断受けてくれよな!との事だった。

もちろん心にそんな余裕はないのだ。私は玄関で健康診断の結果が入った封筒を震える手でビリビリにしながら開きそれを見て即ブリッジした。怖すぎた。終わったわ!!!と。

慌ててかかりつけに走っていく中で最悪のルーティン(病気検索)も忘れない。


私のかかりつけは病院は専門分野があるのだが色々見てくれる町医者のような立ち位置の人物で、何より最新機器をこれでもかと持っているのが自慢であった。あの小さい病院のどこにそんなもんあるねんと思っていたものだが実際後日頭のCTを撮ることになりそれには遭遇した。いやほんまにあるんかい。と思ったことはまたいずれ記事にしたいものだ。

結果として心電図は4回取り直した。

筋肉がガチガチに緊張していたらしくそれだけで波がむちゃくちゃになるらしかった。

健康診断中も不安で挙動不審だった為問題が生じたくさかった。ずっと呼吸困難でひっひっふーしていた。


しかしこれなら大丈夫と言われて納得するならば、冬から姿の見えない敵と戦っていないのである。



ならこの胸の痛みと咳はなんなんだ!これは心不全ではないのか!(※心不全とか言われてない。検索したら書いてた。すぐこれ)とパニックな私に先生は無情にも若いから大丈夫!多分肋間神経痛!咳は喘息でも無さそうだしレントゲン引っかかってないじゃん!咳止めだしとくな!と下したのである。今思えば真っ当だが私はダメだった。コンクリに落ちた蝉だった。常に駄々こねるか顔が生気を失ってるかの二択だった。


次に向かったのはこれまたお世話になっている消化器内科だった。何故消化器内科にしたか。

それは数日後喉を逆流する何かに気がついたからだ。また悪い癖で検索すると逆流性食道炎とやらの可能性があるらしい。これは胸の痛みと咳にも関連するやっかいなやつでこれやろ!!と思っての決断だった。単純である。

尚この病院は病気不安症序章を記事にする時に登場することになると思う。おそらく。


先生はサンバの化身である。

彼はめちゃくちゃ腕も見たてもよく毎日沢山の患者に接し忙しくしている正に名医というやつだ。口調は砕けているが目は全く笑っていない。鋭い眼光に秘めた熱意で「今全部調べるから全部言いなさい、直ぐに結果出すよ」と言ってくれる頼りがいのある医師である。


ただいつも踊りながら診察室入ってくる。

私は彼を変人の天才と密やかに呼んでいた。実際そうだと思うし彼くらいの名医は踊らねば務まらないのだろう。


今回私の話を聞いた先生は「ふぅむ、症状は随分多いが逆流性食道炎かも!酷くなさそうだから薬出しとくね!熱とかでたらすぐ来なさい!」

私も安堵でサンバを踊った。病名が出るとなんか納得するのだ。これはなんかそういう精神疾患なのである。

余談だが私が肋間神経痛で納得しなかったのは肋間神経痛になったことがあるからだ。こんなんじゃなかったもん!!!という思いがいい歳の女を蝉にした。


尚その夜私は食欲を失った。検索した結果食道〇〇だのバレット食道だのが出てきた瞬間もうダメだと思い込んで食事が取れなくなったのだ。なんて欠陥品な脳なのだろうと私は食卓でセミファイナルの如くぐるぐると暴れ狂った。



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結果、薬が少なく効いた感じはあまりしなかった。
正確には胸の痛みと咳が止まらなかったのである。むしろ咳止め飲んでも咳が止まらないので私の心は再び地に落ちた蝉だった。


再びサンバ師に救いを求める事を検討した。が、問題が発生した。
私は異常な程に胃カメラを恐れていたのである。

嘔気に異常なほどの恐ろしさを覚えるタイプなので胃カメラの管?を想像したりイヤホンのプラグと大きさを比べては「お"っ」っとオットセイのような声を噴門から捻り出していた。医学は日々進歩していると言うが頼むからここに9割くらい予算割いてくんねーかなと思う程にはまだ知らぬ胃カメラに恐怖を覚えていた。

故に私は胃カメラに挑む心の準備が出来ていなかった。サンバの化身はサンバだけでなく内視鏡が得意ニキだった。(実際サンバが得意な訳では無いと思う)
私は「絶対やられる」、と次の病院へ走り出した。今思うとここで終わらせておけば胃に関しては話が早かったのにあまりにも愚かだった。


次に向かったのは呼吸器内科である。とりあえず胃がどうとかでは無いので咳の正体をつきとめにきたのだ。
初めての病院だが先生はおっとりとしたゴールデンハムスターの様でいてとても親身で的確だった。話もよく聞いてくれる先生で、哀れ私の中で1番のお気に入りとされてしまった。
肺の機能にもレントゲンの結果にも問題がなく、咳は他の理由だね。肋が痛いのは神経かな?と言いつつ見てくれた結果、やはり病名に逆流性食道炎が浮上する。
結果薬をたんまり貰いここで咳と肋の痛みが殆ど消失することとなった。


その2ヶ月後突如痔を患うことになる。
お食事中の方がいたらここで読むのをやめて頂いた方が良いと思われるのだが、便がスポーツ用品店のジャージのような柄になってしまったのである。(※血で線が入りました。)
もちろん血便だ!!!直腸〇〇だ!!!!!と大慌てで肛門科のある新しい消化器内科に行くことになる。転がるように走るってこれかと思った。

これが苦悶の胃カメラに繋がることなどその時の私は(回転する蝉になりすぎてて)想像もしていなかったのだ。