10秒
そう、10秒あったかなかったか。
暗くなった部屋の中、心の準備はもう与えたとばかりに左の鼻にするりとは入る輝く胃カメラの先端。暗い中キラリと医療器具が輝くってほんとにある。先にライトついてるから。
鼻に入るまで早すぎやろ。
予習にて【目を閉じてはいけない】【唾液は吐く】【リラックス】を学んだ私は必死で目を閉じまいと先生の腹を血走った目で見ていたと思う。
正直、鼻への刺激に身構え第3の教え【リラックス】を怠りまくっていたが鼻への衝撃は殆ど無かった。
看護師さんが「上手よ~」と手を握ってくれる。心強い。心気症諸君は皆一家に一人欲しいと思う、看護師さん。ふと、先生の腹を穿たんばかりに見つめる私の目の端に朧気に先生の手が映る。ズルズルと入っている。
ピントが腹から手にターゲットを変更される。迷いない手がズルズルと行っている。一体あの輝く先端が今どこに来ているというのか、モニターが見えない私には分からない。喉に貯めた麻酔が項を期したかと、少しだけ落ち着いた頭は好奇心で嚥下をいっぱつかます。
その瞬間、"ピカピカゴキゲン先端"原始的体内探検機胃カメラは見事喉を通過したのである。
生理的な苦しみが一瞬だけ。しかしその一瞬、遠くで「上手上手~」と看護師さんと先生の声が聞こえ、がぼりと溺れたような感覚に陥った。あのズルズルはなんやったん?私の鼻の中異次元なん?
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幽門を通過するのがもう一度苦しい、腹を膨らませられるのが苦しい等聞くが私はそれ所では無かった。
第2の教え【唾液は吐く】が出来なかったのだ。
鼻を通す時に「少し身体を上に向けてね」と言われており、私の体は横向きに寝そべったまま顔は斜め上をキープしている状態だった。
唾液は喉に滑りおり、嚥下したくないが反射的にわきわき唾液を飲み込んでしまう。
吐き気こそ無いものの明らかに、あるぜ、喉に。状態で胃カメラは私の喉で存在感を放ちまくっていた。ゴキゲンなのは見た目だけにして欲しい。
私は唾液が滑り降りてこない方法を模索した。実際かかった時間はきっと10分もなかっただろうが体感5時間ぐらいあったので思考するには申し分なかった。
「ウブォア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
声を出す事にした。
声の圧で唾液を逆流させる方法に出たのだ。思考した結果これである。 力こそパワー。
先生と看護師さんは私が苦しいと思ったのであろう。
手を撫でながら「無理に喋らなくてもいいよ」「大丈夫、あと少し」と優しい声を掛けてくれる。
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!とうなり続ける私は悪魔がついていると言っても信じてもらえる程の形相だっただろう。申し訳無かったと思っている。
後々
「何か言いたかった?痛かった?」
「いえ、涎は出せと学んだので」
「そうなの?」
と言う不思議な会話をしたので方針は色々なんやな……と予習の儚さを感じるなどした。
こうして、結果よりも恐ろしい人生初の胃カメラは想像の100分の1程の苦しさで幕を閉じた。当然ピカピカ野郎の勝利だ。
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後日出た結果は世界中に見せびらかしたいほどピンクのツヤテカ内臓であった。
写真見せられた時は「あ、モツっぽいのはちょっと」と思いはしたが、目にした一面のキラキラピンクは世界の胃食道模範生として申し分無かったと思う。
ちょっと胃炎あったね、だからお腹痛かったんだね。と言われたのはピンクの中に小さな赤いポッチがあった部位らしい。
先生その赤いポッチ大丈夫ですか?無くなりますか?って言いそうでちょっと言えなかった。
私は病院行きまくりマンと検査結果聞きたくないマンを兼任しているのである。
「でも逆流性食道炎の跡はひとつもないねぇ」
こうして胃カメラと言う一山どころかエベレスト踏破を成し遂げた私はこの後2ヶ月ほどだけ「病苦不安症ってなんですか?」と言う安息の日々を過ごしたのであった。
成功体験でマシになるのは本当なのかもしれない。
でも胃カメラはもう二度とやらないと思う。