私の場合、「漂流」をテーマに表現しているのは、

日本がなんの目的、目標もなく、もっと言えば、理念といったものが無く、

地球上で漂ってきた。特に戦後の日本人が頭を使わず生きてきた反省によっている。

 

      具体的な表現としては、災害列島日本の象徴:洪水や津波などの

ものの漂流もダブっている。カオスの状況はあらゆる物やものの

自由な無秩序なあり方、存在として生命が生まれる切っ掛けや

システムや思想が生まれる瞬間を見せてもくれる。

樋口正一郎「漂流」2022 木 

 

      私にとって、効率的なストーリー展開で筋道を考えるのでなく、

カオスの中から漂流の中からある程度の秩序と筋道が形成されていていく表現をとっている。

 

       今回のテーマは一つひとつ厚みや大きさの異なる矩形は、

当然明確な個性を持ち、存在をしていながらも、

全体として当てどもなく漂流し、流れ、動くことに目的はない。しかし、形態や色にしても

領域と体積など、それぞれの存在が溶け、入り混じるほどには個の存在を区別している。

 

        物的、経済的な体面を保つレベルでしか思考が至らず、

日本の国も国民もどんな国にするのか理念もヴィジョンといった創造的なソフトを築くことをしない。

どこに流れつくのか考えもしない歴史のない、のっぺらぼうな国になってしまう。