客観的に話す | アバウト福田のこんな感じ

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インターネット活用コーチ 福田浩です。
コーチングのこと、インターネットのことなど、思いつくままにお話しします。

夢をカタチに インターネット活用コーチの福田浩です(^_^)v

 

5年生になった姪っ子に感想を聞いてみると、教科書が分厚くなったとのこと。

家庭科で裁縫道具を買うんだそうです。ボタン付けとか家の中の係が増えそうですね。

 

この本を読了しました。

原題は「Do The Work」ということです。

著者はハリウッドの脚本家ということで、わくわくドキドキしながら全編を読みました。

 

僕は本を読むときマーカーで線を引きます。

最初はね。重要だと思うところに線を引いていたのですが、だんだん線を引くところが増えてきてね。

「うん!分かった!」と思うところに線を引くようになりました。

 

この本に関しては「全行」線を引いてしまいました(^_^;)

 

線を引いてから一度読み返す。そうすると頭に入るんです。

でも、全行に引いたんじゃねぇ(>_<)

 

さて、「話し方の心理学」ですね。

 

今日は、「客観的に話す」としました。

 

「言葉」は、事実を表現することよりも、個人の経験や反応を表現することに長けています。

人は自分の経験をあたかも客観的な事実のように伝えてしまいます。

ところが自分の経験を言葉にするとき、人は客観的な視点に立っていません。

自ずと会話の中には歪められた情報がやりとりされることになります。

 

会話から歪みを除くためには、実際に有ったことにそれに対する自分の思い-願望や期待、感情-を分けなければなりません。

そのためには、話の内容についてお互いの解釈を確認するといった対処が必要であることはすでに述べました。

 

思考を歪めないための工夫として、本書では五つあげています。

  1. 何を前提に判断しようとしているのかを知る
  2. 修飾語を数字に直す
  3. 白か黒かで分けず、グレーゾーンの中に位置付ける
  4. 頭から決めてかからず、一つ一つについて柔軟に考え、正確に判断する
  5. 誰かの意見を聞いたときには裏付けを取る

何を前提に判断しようとしているのかを知る

私たちは自分が慣れていることや予想が付くことを標準とし、そこから逸脱するものだけに気付きます。その人の「標準」によって表現は変わります。

私たちのものの見方は、価値基準、見通しや願望・期待、現在の心境などにも左右されます。

 

相手に非現実な期待を抱いているとき、事実を歪めがちです。

人のことを判断したり批判したりするときは、まず自分自身に問いかけましょう。

「自分は相手に何を期待しているのだろうか」

自分の状態をあらかじめ言葉にして認識しておけば、現実を歪めてみる傾向も減ります。

 

自分がこの状態をこう見ているのが、他の人にはどう見えるだろうかと自問してみましょう。

同じ状況を他の言い方でどう伝えることが出来るだろうかと考えてみるのも良いでしょう。

 

個人的な反応を付け加えることは悪いことではありませんが、どこまでが客観的な事実を述べたモノで、どこからが自分の解釈なのかをわきまえておきましょう。

修飾語を数字に直す

修飾語に認識にズレが無いか気をつけましょう。

特徴の有無だけでは無く、どのくらいのレベルなのかを数字で表現しましょう。

数字が得られない場合は、およその量で代用しましょう。

 

自分が与えたり受け取ったりする情報から主観的な要素を出来るだけ取り除き、具体的な情報にしましょう。

確定できたところで、それがどれほどの意味を持つのか、実際にどれくらい重要なのかを考えてみましょう。

白か黒かで分けず、グレーゾーンの中に位置付ける

真実はたいていグレーゾーンのどこかにあります。

ものごとは部分的には真実で部分的には真実ではありません。

ところが私たちはどうしても、有るか無いかで考え、表現してしまいがちです。

また、有りもしない境界線を引いて強引にカテゴリーに分類しようとします。

それが実に便利なので、ついつい頼ってしまいます。

現実にはこのような明確に分類することは出来ないし、人によって境界線の線引きはバラバラです。

この不確かな世界では、それは危険な行為です。

 

白か黒かという表現が出たら、その中間地帯について考えてみましょう。

100%白とも黒とも言いきれない部分がないか探ってみましょう。

頭から決めてかからず、一つ一つについて柔軟に考え、正確に判断する

人は、そのつど決断を下すことを避けて、一般化したパターンを作ってしまおうとする傾向が有ります。

一つを選択すると選択しなかったモノがよく見えてきます。

決断を間違えると自分が判断を間違ったという思いに苦しめられます。

そこでルールを設定し、正確な判断よりも安全を採るというわけです。

しかし、そのことによって想定外の状況に重要な要素を切り落としてしまうことがあります。

 

現実には想定外の要素はあまりにも多いだけでは無く、現場の状況は刻一刻と変化し、現実と想定とはますます乖離していきます。

実態に即した判断であるのか、既存のパターンに当て嵌めて考えて居ないか、問いかけてみましょう。

誰かの意見を聞いたときには裏付けを取る

私たちの感情はとても巧みに願望を事実とすり替えます。

事実に基づく客観的な結論のつもりで、じつは自分に都合の良い結論を導き出すのはそのためです。

誰かの発言が真実であるかどうかを判断するときに、発言そのものの信憑性よりも誰がそれを主張しているかで判断しがちです。

一つの好ましい特徴を見て、それだけを根拠に他の部分も好ましいと思ってしまったり、逆に嫌いな人物についての悪い情報を頭から信じてしまうというようなこともありがちです。

 

事実に基づかない発言や決めつけに出会ったら、発言者の感情や願望が込められているのではないかと確認してみましょう。

 

個々の発言が実は何を意味しているのか吟味する習慣を付けましょう。

この人が言っていることには、どんな感情や願望が混じっているのか考えてみましょう。

そのためには、話を端折らずにたくさん質問をして、具体的で明確な言葉を引き出すことを心がけましょう。