アンガーマネジメント入門によると、

動物の本能は、怒りを目の前にしたとき、戦うか、逃げるの2択だそう。

自分の脅威に対して、立ち向かうか、逃げるってことですね。

つまり下記のようになる。

1.出来事に遭遇→2.怒り

つまりは動物にとって怒りは本能的で、反射的なもの。

でも人間だとこうなるらしい。

1.出来事に遭遇→2.出来事の意味づけ→3.怒りの発生

人間には思考がある分、出来事の意味づけという作業が間に入るため、本能的でも反射的でもない。人間にはワンクッションあるからこそ、アンガー(怒り)をマネジメント(管理)できる!という事らしい。では、そのワンクッションで何をしたらいいかというと、

 

①出来事に遭遇した時、怒りのままに行動せず、相手に不快感を与える言葉を避けながら自分の気持ちを伝える。(これはアサーションだな!?)

対大人に対しては、喧嘩しても良いことはないから、と私はこれはできている(と思っている)。

対子供となると、、出来事に遭遇した時には、自分の頭の中で地雷が踏まれたようなカチッという音が鳴るのが聞こえる。そして土石流のように暴言が始まってしまう。うーん、ここが難しい。これについては、後ほど考える。

 

②出来事の意味づけをする際に、歪んだ「~べき」で判断しないこと。

対大人に関しては、歪んだ「~べきだ」でイライラを持つことはあった。

私の~べき:話すときは笑顔であるべき、目を合わせるべき、LINEであっても相手が不快にならないように丁寧にするべき。

私だって笑顔で話せていないかもしれない、目を合わせるのが苦手な人もいる、ラインが面倒で最低限の内容しか送らないという考える人もいる。そう考えると私の「~べき」は歪んでいるのかもしれない。歪んでいる、というか、~べきは「~の方がいい」レベルだったように思う。その「~方がいい」レベルのことを「~べき」と錯覚し、自分のことを嫌っているのではとか、なんて感じの悪い人なんだと間違った認識をしたことが多かったように思う。私の「~べき」は「~の方がいい」レベルだと認識し、相手には求めず、自分はやる、くらいの気持ちでいないといけない。

そして、またまた難しいのが、子供に対する「~べき」だ。

子供はまっさらだ。まっさらな子供に「~べき」なんて存在しない。

そして、数回伝えたくらいで「~べき」を学べるはずもない。

頭ではわかっていても、先の方まで考えられないから今目の前にある楽しいことを我慢できない。これが子供だ。

子供に対しての出来事の意味づけは「子供だからまだ勉強中だ。」とし、あきらめずに伝え続けることがいいのかもしれない。