4月11日佐野実さんが亡くなりました。



昨日、佐野さんと最後のお別れをしてきました。
純粋に尊敬し、
影まで尊敬し、
憧れた存在でした。

会うたびに、佐野さんがどんどん好きになりました。
僕の30才からのスタートを勇気づけてくれました。
僕の30歳からの道を作ってくれました。
佐野実さんに、ほめられたい、それが、日々の目標になりました。
苦しい時期にそれが、目標になりました。
その目標に走るのが幸せでした。
佐野さんのためなら、すべてをかけて会いに行き
また、青春をできました。


佐野さんのラーメンのイベント
佐野さんカップラーメンのイベント
佐野さんの後ろを佐野さんのものまねで歩くのが
幸せでした。
どんな仕事より
どんな時より
佐野さんの背中の後ろを歩く
幸せであり、勇気が湧きました。


会った時間
一緒にいた時間、すべてが前進していた。
帰り道は、
次会う時はいつだろう。
次会う時はもっと自分が活躍してから会えるように
頑張ろうとおもいました。

気がつけば佐野さんの周りの方まで好きになっていました。
佐野さんの作った
佐野JAPAN

純粋でまっすぐな気持ちのメンバー。
感性が素敵なメンバー。
それは佐野イズム。
その中に僕を入れてくれてありがとうございます。
佐野さんがいなくなりラーメンの悩み
迷い。苦悩。
佐野さんはもういない。
でも、佐野さんは佐野JAPAN。
佐野さんの周りの方を僕につなげてくれました。
ありがとうございます。
僕はそのことを思い目が熱くなりました。
佐野さん、今日もアドバイスもらいました。
前へ進みます。

数を売るんじゃない味を売る。
佐野実

これを僕は少し忘れていたこともあると思います。
すぐに直します。
そして、もっと前へ進みます。
もっと努力します。
もっと、勉強します。


佐野さん、おれ、つけ麺博で佐野さんと一緒に
朝一で喫茶店で食事できたの嬉しかったよ

結果はどうあれ、佐野さん、最後のラーメンイベント「つけ麺博」で
結果発表を隣で腕組みしていれたの
おれ、すごくうれしかった。

佐野さんの隣にいれたの嬉しかった。
なにより嬉しかった。

一緒にお客に割スープを入れれたのあれも
うれしかったなぁ

ラーメンショーで新人賞取った時の電話も嬉しかった。
佐野さんが電話で言ったのは
「一緒に頑張った仲間とみんなで
横浜に来い!優勝の祝勝会だ!」

嬉しかったよ。
おれ、そんとき、凄い悩んでいたんだ。
でも、佐野さんに会うと
なんか、挫折のギリギリのラインを越えれる気がしたんだ。

祝勝会の二次会で俺は佐野さんに
その時何年も悩んでいたことをすべて話した。
佐野さんは
「もう、なくんじゃねーーよ!」
と笑いながら聴いてくれました。

優しい佐野さん。

渋谷でラーメン屋をやり、
ちょっと苦しい時期がありました。

佐野さんと食事した時の帰り道
佐野さんが酔いながら

「おまえなァ~、、寂しくなったら電話しろよ~
なあ~おれ、聞くからなぁ~」


強くならなきゃダメだとあの時思いました。
佐野さんありがとうございます。。


佐野さんからもらったメモ。大事に大事にとっておきます。
佐野さんからもらった佐野JAPANのどんぶり。

佐野さんとすごしたあの時間。

忘れません。頑張らなくてはいけないとき思いだします。

人を許しそして、自分の道を切り開く佐野さん。


佐野さん、ありがとうございました。

2014年4月19日
藤谷拓廊