久しぶりにまともに花火を見た!!大阪の淀川にて。

 

ドカーン

 

この音と

光に

心がゆさぶられるのは何なのだろうか。

 

始まってから移動したので人は多かったけど、穴場がいろいろあって、川辺の草原で座ってみれて、大感動。

都会だとなかなか座ってみれるなんて事前に席取りしてないと、ほぼ難しいもんね。

 

花火師さんが花火にかける思い。

きっと打ち上げの瞬間はわが子が旅立つように

ハラハラ

緊張感と共に

見守ってるのかなぁ。

 

あの一発に込められた思いはどんなものなのでしょうか。

花火のルーツをちょこっと探ってみました。

 

花火の

https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00377/

http://www.shirotori-kids.com/colum/fireworks

 

織田信長の時代に火薬が導入され、徳川家康の時代に中国から今の花火の形が入ってきたのではないかというのが有力なようですね。

江戸時代に花火大会という文化にまでなっていったという。「鍵や~たまや~」というのは、江戸時代の名残の声かけのようですね。

 

また花火にかかわることで以外と知られていないのが、鎮魂花火といわれるものです。

江戸時代中期の1732年ころに発生している、大飢饉と、コレラの大流行によって、非常に多くの人が亡くなりました。

そこに対する鎮魂と悪霊退散の意をこめて、当時の徳川吉宗が始めたものが文化として継続されているのが隅田川の花火大会だそうです。

 

私はこのことを知った時に、びっくりショックでした。花火は魂のシンボルのように見えることもあります。

光を思い切り輝かせて消滅していく。その輝きが人の心に残る。

人の国づくりにも似ているなと思います。どのように美しく輝くのか。一人ひとりもありますが、花火は集合体です。

美しい集団の意思が、多様な色彩の個性を輝かせながら、どのように形づくられるのか、としてみた時に、輝きの球としてだれも欠かせない要素なんだなと感じます。

 

また別の意味合いで、大阪の天神祭の花火は、奉納花火といわれるものです。

大阪の天満宮から神輿が出るのですが、約3000人の行列からなる陸渡御を行ってから

次にお神輿をクレーンで釣り上げて船に乗せるんです。

そこから、約百隻の船が水上を渡御する船渡御が始まるのですが、天神様にも船の上から奉納花火をみるんですね。

初めて天神祭に行ったときに、神輿が船に乗っているのを初めてみたので、すごく新鮮で

霊魂と共に生きる日本文化を感じました。

 

花火の話からいろいろ広がってしまいましたが、こんな夏の風物詩を

少し背景までほりさげてみると、ただきれいだなと思うだけではなく

人の意思の蓄積や思いを感じて、感慨深いですね。

 

私たち一人ひとりからも、後世に何を残していきたいのか、それも意志によってつくられます。

例えば、日本として、どんな花火を打ち上げたいのか。そんなことを語り合うのもいいですね。

 

 

 

 

 

 

 

龍のお話でした。
十二支の中でなぜ 龍だけ架空の生物なのか。
検索するとやっぱり似たような疑問を持つ方がいました。

この方の解説は詳しいです。
https://believeitornot666.com/junishi-ryu/

①古代中国では龍は実存していた。
(いわゆる恐竜のようなもので、龍の骨と言われるものも残っていたそう)

②昔の人は龍が見えていた。

③誰かが龍の物語をつくって神格化して信仰した。

などの説がありそうですね。

スピリチュアルな世界で龍神様とよく言われますが
日本では実際に目に見えないものの力というものは
古来の人々の間ではその方が自然なことだったようですよね。

それが科学物理学がメジャーとなって
目に見える世界から説明共有、再現できることが求められるようになり、
目に見えない世界は「怪しい」とか言われるようになってしまいましたが。
結局は科学物理学では、宇宙の始まりや人間の心の始まりが説明できずに
そこは神という概念に依存することになる
という限界がありますよね。

何をもって「怪しい」というのか
目に見える世界も部分的で曖昧で、よっぽど怪しいのに。

映画「天気の子」を見ました。
晴れ女を探すシーンで、占い師のところに取材に行ってましたが、そこで
雨女は龍神の力を使い
晴れ女は稲荷の力を使う
というようなことを表現していました。

根拠は何かと尋ねたらきっと
伝説や言い伝えということになるのでしょう。

けれどいま
量子力学のような世界観で
意識が現実化していく
つまり
認識が世界を創る
という世界観からみると

エレメント(要素)を集結させるために象徴をつくり、その象徴に人間の意識を集中させることによって、エレメントが圧縮して、現象化していく。
というようなことが起こっているということも
構造で説明できる世界になるのでしょうね。

いまここでは、超おおざっぱにしか書いていませんが。

さらに「天気の子」で、すごいなと思ったのが、
昔は、一人の人よりも自然を崇拝していた時代があったとするならば
今は、一人の人の意思が自然すらも動かす時代になっているよ
という
メッセージを持っているなということ。

それを単なるファンタジーでみるのか、それとも近未来でみるのか。

人間が自然も神も超える時代

一人一人が自分の中に宇宙を持つ時代

あなたはどんな時代と世界をつくりたいですか。


龍に興味をもったのは
十二支でなぜ龍だけが架空の生き物なんだろう?
ということに疑問を持ったからでした。

そして
ある人のポエムとともに
自分の中にいる龍が目覚めた感じを受けたからです。
こういうことを言うとなんだかスピリチュアルな世界でよくわからないと言う人も出てくると思いますが
いまの時代はどんどん
目に見えないものの方が実は
根元であることが
証明されてくる時代になります。

そして
その目に見えない世界をいかに
意識化して使うようになるのか
その道具として
どこに自分自身のアンテナが反応するのか
それはなぜなのか
を解明していくことが大切だと思っています。

アメリカでは科学物理学とスピリチュアルを融合していく流れが知性の先端に起こっているそうです。

日本国内でスピリチュアルを抽象的とか
怪しいと遠ざけていると
本来の自分とつながるプロセスが
遅れてしまいます。

物質文明から精神文明へのシフトが起こる時代です。
みんなのために頑張る
誰かのためなら頑張れる

美しいですよね

人間的な魅力も高く感じるでしょう

だけど実は落とし穴があります

みんなのために
だけになると

役に立つための
役に立つことで自分の存在意味を確かめるための
対象が常に必要で
その対象がないと虚無的になったり

逆に役に立ててないとか
傷つけてしまったとか
思う現象が起こった時に

自分を責めてしまうという
反作用が起こってしまうんです

実は
For(〜のために)
で生きる世界は限界なのです

そんなこと知らなかったら
無意識で
ずっと繰り返してしまう
なのでまずはパターンを
知ること
そして
自分ごととして認識すること
それがまず最優先

その上で次のステップ
どうすればいいのか

Of(主体)とBy(構造:〜によって)
を理解すること。

Ofは、この頑張る主体はいったい何なのか
幸せや達成感や絶望や
いろんな気持ちを生み出す主体
考えを生み出す主体
脳を動かしている主体
つまり「私」を生み出しているもの
それは何?ということ。
それを知って理解する。

Byは、主体はなぜ、どのようにこの世界を生み出しているのか、その仕組みを知って理解すること。

OfとByを理解させてくれるのが
認識テクノロジーなのです。

主体が変わると
まずは自らの尊厳性がゆるぎなくなるので
不動心が身につきます。

判断する基準も、いろんな観点の中で不信不安恐怖が生まれてしまうのですが
すべての基準を生み出す基準から整理するようになるので
解析が変わってきます。

私がつくってる私の宇宙
みんながそこから始まろう。

興味のある方は令和チャンネルでどうぞ!

「自分が全てを解析する主体になる」
https://youtu.be/iei0XcHaa58

身体のトレーニングというのは
こういう稽古をすれば必ずうまくなる
ということを
指導する側は断言できる。
指導される側はその言葉を信じることができる。

何をすれば、どうなるのかが
明確なので
指導する側も的確な指導ができ
指導される側もやることをやれば変化が「目に見える形で」実感できるので
モチベーションになりやすい。

できないことができるようになった達成感がもたらす、身体的快楽
を求めてさらに頑張ることができる。

実は
思考も同じようにトレーニングができる
ただし、身体との違いは
目には見えないということだ
言葉を表現する時に記入するとか、見える化することはできるけどね。



作家の内田樹さん曰く
ーーーーーー以下抜粋ーーーーー
「学問に人間を向かわせる動機づけになる強烈な身体的快楽とは、
強いていうと「脳が加速する感じ」なのであるが
これは経験したことのない人間にはどうやっても説明することができないし、
そもそもこの世にそのような快感があるということさえ学生たちは知らない。
でも、武道も哲学も集中的な修行や、それがもたらすブレークスルーを可能にするのは、ある段階で経験した強烈な快感の記憶であることには変わりはない。
身体運用を動機づけるのが「私の身体にはこんな動きができる潜在能力があったのか!」という発見の快感であるのと同じように、知性の運用を動機づけるのは「私の脳にはこんなことを思考できる潜在能力があったのか!」という発見の快感である。
ーーーーーーーーーーー

内田さんがいうように、体験(脳験?)したことがある人には、感覚として共感できる世界があるのでしょう。
某テレビCMで
「イヒっ」
というひらめき脳の💡象徴で使ってたキャッチコピーがあったけど
これともまた若干異なる感覚で
脳の進化パターンに通じることなのかもしれない。
イヒ効果が、脳のソフトウェアの進化なら
加速度体験は、脳のハードウェアの進化
みたいなものなのかもしれない。

進化というのは、ある一定条件が揃った時に発動する。
その条件が、なんとなく確率で起こるものだにとどまるのか
科学的に検証できるのかによって
底辺からのアップグレードの比率を増やせるかが変わってくる

どうせみんなが持っている機能であれば
みんなで進化していこうではないですか。

で、思考の進化を生み出す
その根本原因は心ってことになるなら
心と繋がることが一番進化が底上げできるっていうことなのかなと。

どこからいくのか
最終的にいきつくところに先にいくのか
プロセスでいきつくのか
お好みなんだけど
もういまはスピードで先にいっちゃうのが
時代のトレンドぽいですかね。