「ここで少し待ってていただけますか?」
壮大な音楽と共に城に映し出されるプロジェクションマッピング、
華やかなラストをさらに盛り上げる花火が夜空に打ちあがってからしばらく経ち、城やその周辺にいた群衆が少しまばらになり始めたとき、俺は隣に立つ彼女に言った。
「すぐに戻ってきます。」
『小山さん?』
「ほんとにすぐ戻ってきます。」
プロジェクションマッピング、花火が上がってる間中、心ここにあらずだった彼女の顔が不思議そうなそれに変わり俺を見る。
「ほんっとにすぐ戻りますから。だから少しだけここで待っててください。」
こう言って大勢の人たちの中、なんとかその人たちにぶつからなよう足早にパーク内の目的の店まで向かった。
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「何年ぶりだろう?こうやって花火を見るの。」
少し城から離れた場所、きれいなライトアップされている花たちが植わる花壇のそばに立ち隣に立つ莉夏さんに言った。
「学生時代なんかアトラクション優先でショーやパレードなんてゆっくり見たことないもんなぁ。」
『そうなんですか?』
「えーー、今の口調なんか含みある感じに聞こえたんですけど、・・・。」
『だって、今日一日の小山さん見てるとアトラクション優先って感じじゃなかったから、学生のときも同じだったのかな、・・・、って。』
「あ、言いましたね?」
『ええ、言わせていただきました。』
そう言って莉夏さんはクスッと笑った。
きれいだ。
やっぱりあなたの笑顔はきれいで素敵です。
そして僕はあなたが好きです。
手越が話したことは本当だろうか?
非日常的な景色を見てその場所で過ごせば人の気持ちは変わる。
俺の場合、彼女があの少年のような男のことを忘れ、俺に気持ちをよせてくれること。
俺と一緒にいたいと思ってくれること。
「もう一回お前に騙されてやるんだからな、これでなんとかならなきゃ覚えてろよ?」
『どうかしました?』
「あ、いえ、・・・。」
頭の中の手越と会話してたのが思わず口に出てたみたいだ。
「あれ?」
頭の中の手越を追い出したときこれだけの大勢の人たちが集まる中で、今立ってる花壇の斜め向かいにまるっきり人がいない場所を見つけた。
「あれってなんですかね?」
その場所の方を指さすと莉夏さんは小さくあっ、と声を出した。
「莉夏さん?」
『・・・、プレス専用エリアです。』
小さな声でそう答えた。
「プレス専用エリア?」
『はい。雑誌社とか、新聞社とか、テレビなんかで取材にきた人たちのためのエリアです。』
「へー、そんなのがあるんですね?でも、今夜は誰もいないみたいですよ?誰もいないならあの場所も開放してくれればいいのに。」
『あのエリアに人が入るのはショーが始まる直前だと思います。』
「そうなんですか?」
『取材する人がタレントさんとかだったら大騒ぎになってしまいますから、・・・。』
「なるほどね。」
『あの、・・・、小山さん、ここじゃなくて違う場所に移動しませんか?』
「え?」
『お城からはちょっと離れてしまいますけど、ここよりきれいに見られる場所知ってますから。』
そう言って莉夏さんは俺の手をそっと引いた。
瞬間胸がドキッと跳ね上がる。
十代のガキじゃあるまいし、たかが手が触れたくらいで何を、・・・、って思われるだろうけど今日一日彼女と一緒に過ごして、近くで彼女の声を聞いて、笑顔を見て、俺の心は踊りまくっていた。
心が踊りまくる時間が長くなるにつれ知らない間に欲が出てきていた。
彼女に触れたいという欲が、・・・。
こうして彼女が手を引いてくれたことがたまらなくうれしい。
彼女に手を引かれるまま、彼女が言うきれいに見られる場所へ移動し、そのから二人並んでショーの始まるのを待った。
でもこのときから、いや、思い返せば苦手な絶叫系のコースター型アトラクションに乗ったあと、休憩にとアイスコーヒーを買ってベンチに待たせた彼女の元に戻ったときから彼女の様子はそれまでとどこか変わっていた。
「気になりますか?あの場所、・・・。」
『え?』
「あのプレス専用スペースですよ。」
場所を移動したあと、彼女はさっきより小さく見えるプレス専用スペースにちらちらと視線を向けていた。
「ひょっとしたら誰か有名なタレントがくるのを期待してるとか?」
『そんなこと、・・・。』
「いえいえ、結構ミーハーだったりして?」
『ち、違いますよ。もう、やめてください、小山さん。』
彼女の様子が変わったと認めたくなかった俺が冗談っぽく話すと彼女もまた冗談っぽく返してくれる。
なんだ、これまでと一緒じゃないか。
いや、やっぱり何か変わってしまった。
一人心の中で自問自答を繰り返す。
こうしてる間にショーが始まる数分前になり、プレス専用スペースに人が数人入って行くのが見えた。
ただ距離がある分、誰なのかまではわからない。
隣に立つ莉夏さんの横顔を見ると彼女もまたプレス専用スペースをじっと見ていた。
ショーが始まり、パークが幻想的な雰囲気に包まれても彼女は心ここにあらずだった。
城に映し出されるプロジェクションマッピングや城をバックに打ちあがる花火を見てはいたけど、心はどこか違うところにあるように俺には見えて仕方なかった。
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-お名前とお日にちのご確認をお願い致します。-
店のキャストさんの言葉に目の前に置かれた真っ赤なバラが中に入った小さなガラスドームを見る。
名前と日にち、・・・、
うん、完璧。
”To Rika **年**月**日 From K”
小さなガラスドーム、そこに彫られた彼女と俺の名前と今日の日付。
「大丈夫です。」
-今お包みします。-
そう言って店のキャストは美女と野獣に出てくる真っ赤なバラが入ったガラスドームを丁寧に包み始めた。
このガラスドーム、何か今日の思い出になるものを贈りたいと思っていた俺が彼女がレストルームへ行ったときにエントランス近くの店で買ったものだった。
ガラスドームに文字を入れられると聞き、俺は迷わず今確認した文字をオーダーした。
俺と過ごすようになってからも彼女の首にある”大ちゃん”が贈ったメッセージが刻印された小さなプレートがついたネックレス。
俺もまた何かを贈ることであらためて彼女に想いを告げたかった。
ただ今朝と違って心ここにあらずな今の彼女がこれをどんな気持ちで受け取ってくれるか、いや、ひょっとしたら受け取ってくれないかも知れない。
いや、よそう。
手越に騙されたつもりでここにきたんだ。
マイナスなことは考えないようにしよう。
「ありがとうございました。」
きれいに包んでもらったガラスドームを手に店を出たとき、前方からきた三人連れの高校生くらいの女の子、その右端の子と肩がぶつかった。
「ごめんなさい。」
-あ、いえこちらこそ、すいません。-
-もう、ちゃんと前見てないからよ。-
真ん中を歩いていた女の子が言う。
「いや、僕の方こそちゃんと見てなくて。」
-いいえ、この子が悪いんです。-
-なぁに?そんなに会えたことが嬉しいの?-
-当たり前じゃん、嬉しいに決まってるでしょ。-
肩がぶつかった右端の女の子が左端の女の子に答える。
-すいません、ここ子がファンのアイドルがテレビの取材でここにきてて、その現場見ちゃったから興奮しちゃって、・・・。-
「テレビの取材?ってことはプレス専用スペースにいた人たちの中に誰か有名な人でもきてたの?」
-え?ああ、うーん有名なのかな?。-
-なぁに?その言い方、大ちゃんと光くんは有名だよ?-
肩がぶつかった女の子の言葉にはっとなる。
「待って、今”大ちゃん”って言った?」
-え?-
俺の勢いに戸惑った様子になる女の子たち。
”大ちゃん”
このたった一言が俺の心を捉えた。
”大ちゃん”と呼ばれる人間なんて世の中に何百人、何千人といる。
だけど、今この女の子が口にした”大ちゃん”はなぜか俺の記憶にある”大ちゃん”だと感じた。
彼女の店で俺にくってかかってきた”大ちゃん”の姿が、
彼女の部屋の前で渡したいものがあったと彼女を見た”大ちゃん”の姿が思い出される。
「ごめん、あのさ、きみたちが今言った”大ちゃん”ってどんな人?アイドルだって言ったけど、それって本当なの?えっと写真、そうだ写真持ってる?」
気が付くと俺は三人の女の子たちに矢継ぎ早に質問をしていた。
彼女を待たせていることを忘れて、・・・。