『どうぞ。』
たくさんんの花たちに囲まれた店の中。
その店の隅にあるテーブル。
そこに座ってる光くんに莉夏さんがアイスコーヒー置いた。
『ありがとうございまーす。』
『大丈夫?それで3杯目だけど?』
『大丈夫!だって莉夏さんが淹れてくれるアイスコーヒー、めちゃくちゃ美味いもん。やめらんない。』
『もう、光くんったら、・・・。』
「明日は火曜日だぞ?生放送中、腹が痛くなっても知らないからな。」
楽しそうに話す莉夏さんと光くんをカウンターに肘をつきながら眺めてた俺はムスッとしてた。
『大丈夫だよ~。莉夏さんのアイスコーヒーで腹は壊さな~い。』
まったく。
莉夏さんのお願いじゃなきゃ今夜光くんがここに来るなんてこと、俺が許さなかった。
『光くん、ありがとう。』
アイスコーヒーが入ったグラスをテーブルに置いた莉夏さんは光くんの前に座って頭を下げた。
「え?何?」
『今回のこと、本当に感謝してます。あの日、光くんが誘ってくれなきゃ私、大切な人の素敵な姿、知らないままだった。大切な人の大切な仕事のこと、知らないままだった。』
莉夏さん、・・・。
光くんに言った言葉を聞いて光くんの前に座る莉夏さんを見る。
きれいな笑顔。
きれいな瞳。
もう何度も思ってることだけど今夜は特にそう感じる。
『いえ。どういたしまして。莉夏さんにはいつも世話になってるから。』
そう答えたあと俺をちらっと見る。
『うちのおっちょこちょいがさ。』
「おい!」
『でさ、どうだった?』
俺を無視した光くんは莉夏さんの方へ身を乗り出す。
『初めてのライブ、どうだった?』
「あのさ、どうだった?じゃなくて、どうでした?だろ?莉夏さん、光くんより年上だぞ?」
『ねね、どうだった?』
まったく、俺のことは無視か?
『すごく素敵だった。』
莉夏さんが笑顔で言うと光くんの表情が一層明るくなった。
『すごく素敵で、すごくかっこよくて。そして徹底的にプロだった。』
一昨日の夜、ホテルのバーで俺に言ってくれた言葉と同じ言葉を光くんに話す莉夏さん。
『真剣な眼差し、真剣な表情。光くんがベースを弾く姿、本当にかっこよかった。』
『でしょ?うん、俺も自分で思ってたんだ。あの日の俺は最高だったって。』
『ふふ、・・・、そうね。最高だった。』
確かにステージでベースを弾く光くんはかっこいい。
それは認める。
けどそれを自分で言う?
『いつもこの店で見てる光くんはあのステージにいなかった。いつもと違う光くんにちょっとドキドキしちゃった。』
「ちょっと、莉夏さん。」
今の莉夏さんの言葉に慌ててカウンターから立ち上がろうとした。
『あはは、・・・、妬くなって。』
立ち上がった俺に大声で笑う光くん。
『莉夏さん。』
『はい?』
『なんかありました?』
『どうして?』
『んー、なんて表現していいか分かんないけど、なんか、・・・、自信に満ちてるって言うか、なんて言うか、・・・。』
『え?自信?』
『うん。悩みとか迷いとかなくなって、何があっても大丈夫、・・・、ってみたいな自信。』
『そうかな?そんな自覚ないけど。』
『それに、・・・、』
『それにって何?まだあるの?』
『すごくきれい。莉夏さんのこと、きれいだなっていつもそう思って見てたけど、今日の莉夏さんは今まで以上にきれいに見える。』
『もう何?そんなにおだててもアイスコーヒー以外なんにも出ないよ?』
『いや、お世辞じゃなくてマジでこう思ったんだ。』
『光くん、・・・。』
『なんだろ?莉夏さんの自信とそのきれいさ。なんでそう見えるんだろ?』
『んー、光くんにそう見えるんだったら、それは、・・・、大ちゃんのおかげかな?』
光くんからカウンターに座ってる俺を振り返った莉夏さん。
振り返り、俺に微笑む莉夏さんの胸元には一昨日ツアー先で贈ったネックレスが輝いてる。
ゴールドの月とその月にちょこんと乗ってる白い小さな真珠。
夜空に浮かぶ月のように俺のそばにいて欲しい。
そして俺もまた月のように莉夏さんのそばにいる。
こんな想いを込めて贈ったネックレス。
”永遠の愛を込めて”
・・・、と刻んだ小さく丸いプレートもまた真珠とともに莉夏さんの胸元で輝いてる。
『いつも大切な人がそばにいてくれるから。だからそう見えるんだと思う。』
クスッと笑って俺からまた光くんを見る。
すると光くんはたった今莉夏さんが淹れたアイスコーヒーを一気に飲み干した。
『ごちそうさまでした。』
そう言って席を立つ光くん。
『光くん?』
『アイスコーヒーとおのろけ、ごちそうさまでした。』
『そんなつもりで言ったんじゃないのに。』
『いいえ、じゅうぶんそんなつもりでしたよ?』
茶化すようにそう言った光くんは俺の方へやって来た。
『感謝しろよ?嬉しいかな俺らのライブの影響で泊まるとこが少ない中、それでもなんとか大ちゃんのため部屋探し出してやったんだから。』
「はっ!何恩着せがましく言ってんだよ?光くんがしたのは部屋探しただけだろ?料金は誰が支払ったと思ってんだ?」
『いやいや、大ちゃん。あなたの懐を考えるとあの部屋の宿泊費くらいいくらでも支払えるでしょ?なんならスイートルームでもよかったくらいだよ?』
「ちょっ、光、・・・、」
『あ、莉夏さん、そいつ持って帰ります。』
ひらりと身を翻して光くんはカウンターの端っこに置かれた鉢植えを指さした。
『預かってる間、一応液体肥料あげておいたから。』
『ありがとうございます。』
「なぁにがありがとうございます、だ。ペットじゃあるまいし、そんな観葉植物たった3日家空けるくらいで莉夏さんに預けることないだろ?」
『俺にはかわいい子なの。俺がいない間かわいい子に何かあったら大変じゃん。だから莉夏さんに預けたんだよ。』
ツアーで先週末家を空けるからと、かわいがってる観葉植物、えっとなんてったっけ?
ああ、モンステラってやつだ。
そのモンステラの鉢植えを週末の地方公演の間預かってて欲しいと莉夏さんに頼んだ光くん。
理由は植物のプロの莉夏さんならきちんと世話をしてくれ、かわいがってくれるから。
『こいつのかわいさ、大ちゃんには分かんないだろうね。』
「ああ、分かんないよ。分かろうとも思わない。」
こう言うとモンステラの鉢植えを抱えた光くんは店の裏口に向かいながらまた憎まれ口をたたいた。
『明日は生放送の前に雑誌のグラビア撮影とインタビューだぞ?莉夏さんと仲良くしすぎて遅れるな。』
「余計なお世話だ!」
『じゃ、莉夏さん、またね。』
最後に莉夏さんにだけ挨拶して光くんは帰って行った。
『ふふ、・・・、大ちゃんと光くんって兄弟みたい。』
光くんが出て行ったあと、莉夏さんは笑いながら店の後片付けに取り掛かるためモップを手にした。
「あのさ、前にも言ったけどそれ言うのやめてよね?光くんと兄弟だなんて絶対イヤだから。」
裏口を閉め、莉夏さんについて店へ戻る。
「あーー、やっと賑やかなのがいなくなってほっとする。そうだ、後片付け手伝うよ。」
『え?いいよ。大ちゃんもさっきまで仕事してて疲れてるでしょ?』
「ぜーんぜん。」
莉夏さんの手からモップを取る。
さっさと後片付けして今夜も莉夏さんと過ごしたいんだ。
昨日公演後にスタッフさんに頼んで買って来てもらったものを一緒に食べたいんだ。
そんでそのあとは一昨日の夜、セミスイートの広いベッドでしたことの続きがしたいんだ。
『何か企んでる?』
しばらくモップで床を拭いてると背中に莉夏さんの声がした。
振り返るとカウンターに広げたまんまだったハサミで切られた花の茎とか、アレンジメントを作るとき落ちてしまった葉っぱなんかを片付けてた莉夏さんが手を止めて俺を見てる。
きれいだ。
光くんが言ったとおり今夜の莉夏さんはこれまで以上にきれいに見える。
それってやっぱりさっき言ってくれたように俺のせいなのかな?
俺といることできれいだった莉夏さんがこれまで以上にきれいになったとしたら男としてやっぱすごくうれしい。
『ね、大ちゃん、教えて。何企んでるの?』
「あ、・・・、えっと、・・・。」
『隠してても分かるんだから。大ちゃんに隠しごとは無理。』
莉夏さんが腰に手をあて俺を睨んでる。
きれいな莉夏さんが睨むとちょっと怖いんだよな。
「んー、どうしよう?」
『何が?』
『言うと莉夏さん、絶対怒るもん。』
「もう、大ちゃん?」
『分かった、話すよ。今夜これから俺んちへ来てほしいなって。で、昨日買って来たバニラアイス、一緒に食べたいなって。』
ここまで言って口を閉じる。
一昨日のセミスイートでの続きがしたい、ってところはあとで俺んちで実行すればいい。
「莉夏さんに何かお土産って思って、薮くんに会場近くのスイーツ店のリスト作ってもらったんだ。その中でバニラアイスを扱ってる店があったからそこのアイス買って来た。この前みたいに一緒にアイス食べたいなって。」
口移しでアイスを食べさせてくれたあの夜の莉夏さんの姿が胸によぎる。
あの夜みたいに今夜も莉夏さんの香りとバニラアイスの甘い香りに包まれたい。
だけど、その前に聞かなきゃなんない言葉がある。
-何もいらないって何度言ったら分かってくれるの?-
この言葉を。
『ありがとう。』
え?
てっきりいつもの答えが返ってくると思ってたのに今日は違った。
『私も今夜は大ちゃんと一緒にいたい。』
「莉夏さん?」
『わがままを言えば朝まで一緒に過ごしたい。』
うーーん、マジか?
超嬉しいんだけど?
バニラアイスの甘い香りに包まれ、セミスイートの広いベッドで体を重ねた一昨日の夜の続きがまたできる。
天にも昇る気持ちってこれを言うんだよ、きっと。
「うん!そうしよう!」
あれ?
見ると莉夏さんがうつむいてる。
待って、まさかまた、・・・。
また見えないカゲに怯えてる?
ダメだよ。
胸元で輝くゴールドの月と白い真珠とメッセージが刻まれたプレート。
いつも俺をそばに感じてほしくて贈ったネックレスからうつむいてる莉夏さんの肩にそっと触れた。
「ダメだよ、莉夏さん。俺、約束したじゃ、・・・、」
『恋焦がれてる。』
俺の言葉を遮り莉夏さんが呟く。
『大ちゃん、私はあなたに恋焦がれてる。』
そう言った莉夏さんは俺の手からモップを取り俺の手をギュッと握りしめた。
『今朝ね、テレビをつけたら大ちゃんが映ってた。演技が高く評価されたことに大ちゃん、うれしそうに感謝してて、その評価や演技について話してる大ちゃんを見てたら胸が痛くなるほどキュンとした。』
「莉夏さん?」
『テレビだけじゃない。雑誌とかで大ちゃんを見ても胸が苦しくなる。それだけ私はあなたのことが大好きなの。あなたに恋してるの。』
えっと、こんなときなんて言ったら、・・・。
思いもかけない莉夏さんの言葉になんて返事したらいいのか分からない。
『ふふ、・・・、どうしてそんな顔するの?』
「えっと、なんて言っていいか分からなくて、・・・。」
『もう、大ちゃんはほんとに正直ね。こんなときはウソでもいいからうれしいよ、とか俺もだよ、とか言うものよ?』
うれしいよ。
莉夏さんの方からそんなこと言ってくれるなんてこれまであんまりなかった。
俺に恋焦がれてる?
一緒にいるようになってずいぶん経つのに、胸が苦しいくらい俺に恋焦がれてる?
うれしいよ。
うれしいに決まってるじゃないか。
『大ちゃん、私はあなたに恋焦がれてます。私はあなたが大好きです。』
きれいな笑顔で莉夏さんは俺にそっとキスをした。
「俺も莉夏さんが大好き。」
こう言って俺もまた莉夏さんへキスを返す。
莉夏さんの唇を感じたとき、ゴールドの月とその上にちょこんと乗っかってる白い真珠が一層輝いたのが視界の端に映った。
Vanilla Ice 番外編 ~約束~ Epilogue
~Fin~