ちょっとバタバタしていて投稿が途絶えてました。すみません。
とはいえ、今年はなぜか去年に比べて暇ぎみ。週2〜3日はジムに通える今のペースがいちばん余裕あっていいかなとも思うけど(ほっといてもハイシーズンにはこれが週1になってしまうし)、あと週2〜3コマぐらいは入っててくれててもいいかな? もしご依頼がありましたらどうぞ。(関西方面で興味ある向きはわたしのプロフィールページをご覧ください。)
さて、こないだからのお話の続き。なんでわたしが受験学年のみの差し迫った指導はしたくないか、です。答えはズバリ、読解力をじっくり養っていきたいから。一朝一夕では無理。できれば1年以上、2年3年かけたいんです。
最近のお子さんたち、もちろん例外も多いのですが、そもそも本や新聞・雑誌などの文章を読む習慣がない。読んでもLINEとかテレビのテロップとか短い文章にしか慣れていません。かつて「この頃の子どもは本を読まずにマンガばかり」と嘆かれたものですが、この頃はマンガすら読まないお子さんもいるみたいですね。本を読まない子は、そもそもそのご家庭が本読まない家庭であることも多く(親御さんたち、自分が本読まず語彙少なく子どもにだけ本読め語彙増やせってお尻叩いたってダメですよ!)、こんな環境こんな習慣の中で育ったお子さんが読解力壊滅状態になっても不思議ではないと思います。それなのに受験となるといきなり、やたら難しい文章が出題される。するとどうなるか? そもそも文章読むことを諦め、なにやったって合格点さえ取れればいいやになってしまいます。で、世間によくある受験のための国語テクニックの数々に飛びつくわけ。わたし、ああいうの、軒並み大嫌いです。
例をあげると本文をやたら傍線や記号で汚す読み方のテクニック。わたし自身も、読むときにキーワードやキーセンテンス、設問の解答部分などに傍線引いたりマルで囲んだりはしますが、そもそもそういうことができるのも、ある程度読解力がついてからの話。読む力がつく前に機械的にすべての接続詞に記号つけるとか、すべての「である」に記号つけるとか、ああいうことをして読解の助けになるのか、わたしは疑問だと思います。(だから、前回「基本的にどんな生徒さんも断らない」と書きましたけど、最初のカウンセリングのときにそういう受験技術を求めていらっしゃる方は、わたしの指導方針をお話ししたうえでお断りするようにしています。)
わたしの指導方針は、一にも二にも「本物の国語力」をつけること。国語力ってなに?「読む力」「書く力」です。(あと「聞く力」「話す力」もありますが)。そして、なんにもない状態から書けるわけないんであって、何よりも「読む力」がそのベースです。あらゆる良質の文章をしっかり読みこなすことが、ゆるぎのない国語力を養います。もちろん読むといってもボーッと読んでちゃダメです。棒読みしてたらダメです。考えながら読まないといけません。なにを考えるのか?どのように考えるのか?以下また明日以降に・・。