先の私の記事、最後の文がやたらと長いのに気づかれましたか?
語りかけに近い文章、それも最後の決めの文ということで、書くほうとしては計算して長くしてあるわけですが…。
もしこれが作文だったら、「一文が長い」と添削が入っているところですね。

一文がやたらと長い文章、常体と敬体が入り交じった文章、俗語や卑語、方言…これらは、作文に使ったら必ず朱が入るところです。
でも、そうした禁じ手も、どんどん使って構わない場面、また使うことによって文章がより強くなるケースもあります。
だけど、作文や論文では直す。それは、受験や学校教育のなかにおける作文というものは、「文章のうまさ」「文章じたいの強度」を競うものではないからです。
作文が試験に出る場合、何が採点対象になるのか?
合格作文と不合格作文の差はなんなのか?
そもそも、誰がその作文や論文を見るのか?
…そういうことを考えて書かなければ、受験という場における「合格作文」は書けません。

また、文章力のある子ならどんな応用もきくのですが、それほど文章力のない子でも、きちんとした文章(いわば日本語の標準的な文章)が書けるようになるため、基礎の基礎を叩きこんでおくという意味もありますね。

さて、今回のこの記事も、もし受験作文として書いたのなら、どこにどれだけ朱が入るでしょうか?(笑)