東芝メディカルシステムズの売却スキーム分析 ~米国会計基準における連結判定と連結納税の取扱い~ | Accounting, Tax and M&A

Accounting, Tax and M&A

会計、税務、M&A等の話題についての分析、雑感、というか趣味の備忘録です。もちろんインサイダーではありませんので、全て開示情報と報道に基づくもので、推測を含みます。暇なときに更新しますので、頻度は低いです。ご了承下さい。

東芝がキヤノンに東芝メディカルシステムズを売却するようですが、トリッキーなスキームが話題ですね。

twitterでも色々な議論を拝見させて頂いたのと、連結納税絡みの話も面白いので、ちょっと纏めておきます。

・・・

1.開示資料から読み解く売却スキーム

基本的なスキームは、東芝が100%子会社である東芝メディカルシステムズ(東芝メディカル)の全株式をキヤノンに譲渡、但し、キヤノンが各国での独禁法のクリアランスを取得できるまでは独立第三者のSPCであるMSホールディング(MS)が議決権を保有する、というものです。

このSPCに一旦議決権を保有させるトリッキーなスキームは、東芝が何とか今年度に売却益をPL計上できるよう、東芝とキヤノンのリーガルアドバイザーが編み出したようです。但し、売却益計上できるかどうかは依然精査中とのことです。

面白いですね。

売却対価は6,655億円で、東芝の売却益は連結・税前で約5,900億円とのこと。単体ベースですが、東芝メディカルの純資産が700億円程度なので、そんな感じですね(のれんはほとんどなし)。

両社の開示資料から何点か気になる記載を確認します。

「東芝は対価を受領済み」
もちろん、前払いしてもらったからといって売却益が計上できるわけではありませんが、決済は完了しているそうです。

「議決権はMSが保有」
MSが保有しているのは議決権であり、株式とは書いていませんね。MSの事業目的は「株式の保有及び運用」とのことですが。ちなみにMSは個人3名が取締役兼株主で、資本金は3万円です。

「普通株式取得日は未定」
キヤノンが東芝メディカルの普通株式を取得する日は未定となっています。少なくとも「普通株式」はまだキヤノンは保有していないことになります。但し、キヤノンの取得する株式数は134,980,000株、議決権の個数は134,980,000個とあるので、無議決権株等を利用しているわけではなさそうです。

「キヤノンと東芝が締結したのは株式等譲渡契約」
譲渡されるのは必ずしも株式だけではないようにも読み取れます。株式を信託受益権化して、受益権を売却しているようなことも考えられそうです。

「クリアランス取得まで子会社にしない」
キヤノンは実質的に対価を支払い済みですが、独禁法のクリアランスを取得してから子会社にするとされています。

「東芝メディカルの株式が確定的に譲渡された」
東芝の開示で、「確定的に」という文言が2回出てきます。確定的に当社の子会社ではなくなる、株式が確定的に譲渡された、という感じなのですが、それが事象として既に生じたのか読み取り難い記載です。ただ、この「確定的」という文言には強い意志が感じられます。もしかすると、クリアランスが得られないような事態に陥っても、買戻義務は負っていないというようなメッセージなのかもと勘繰りました。ただ、キヤノンがそんなリスクを取れるのか、という気もしますが。

これらを踏まえると、想定されるパターンとしてはこんな感じでしょうか。

①株式はMS、経済的持分はキヤノン
②株式はMS、経済的持分は東芝
③株式は東芝、議決権のみMS、経済的持分はキヤノン
④株式は東芝、議決権のみMS
⑤株式はキヤノン、議決権のみMS

議決権行使の権利のみを付与する契約、信託受益権化、種類株等を利用すれば、いずれも実現可能と思われます。

でも、⑤は普通株をキヤノンが保有していることになってしまうので、開示と矛盾しますかね。独禁法上も、キヤノンが議決権付きの株式を保有することになるので、契約によってMSに議決権を移転させているとしても、よりグレーさが高まる印象もあります。

すると①②③④当りなのでしょうか。

尚、少なくとも取得対価の出元はキヤノンでしょうから、①②の場合は、一旦MSへの融資(無利息?)を経由しての取得なのかも知れません。東芝はMSとの資本関係や取引関係はないと開示していますが、キヤノンは開示していないんですよね。(キヤノンから)独立している、とは書かれていますが。


(3/27追記)
またtwitterでも色々ご指摘頂きましたので追記します。

やはり個人的には③説が有力だと思いますが、具体的にはこんな感じです。

東芝メディカル株式を信託譲渡し(委託者:東芝、受託者:信託銀行)、受益権をキヤノンに譲渡。議決権は東芝がMSに付与する契約。そして、クリアランスの取得を信託の解除事由としつつ、同時に株式譲渡の停止条件にする、という感じです。

「株式等譲渡契約」の「等」は信託受益権を指すと。

これなら、キヤノンが開示資料でMSについて全く触れていないこととも整合的ですし、MSが資金フローに入る必要もありません。独禁法のグレー度合いもまだ薄めかなぁと。

(追記終了)



2.東芝メディカルを連結するのはどっち?

このままクリアランスが得られずに期末を迎えたら、両社はどのように会計処理するのでしょうか。

ちなみに、両社はいずれも米国会計基準を採用しています。

あまり得意分野ではありませんが、米国基準での連結判定というと、議決権モデルとVIEモデルですね。

契約関係がわからないのでほとんど想像ベースですが、東芝メディカルは議決権と経済利益の持分がイレギュラーになっていますので、おそらくVIE(Variable Interest Entity:変動持分事業体)として連結判定を行うものと思われます。

つまり、議決権を保有しているMSではなく、東芝かキヤノンのいずれかがPB(Primary Beneficiary:主たる受益者)としてVIEを連結する可能性が高いものと想像します(もちろん、いずれもPBではないという可能性もありますが)。

議決権は形式的にMSが保有しているとしても、MSはPBのagentとして行動するとみなされるということです。

ただ、経済的持分を有しているのはどちらなのかはわかりません。

対価は支払い済みですが、ただの前払いの可能性もあるので、経済的持分(受益権)がキヤノンに移転しているのかははっきりしません。とはいえ、東芝の売却益計上の意図からすると、移転済みにしているような気がします。(スキームの①③ですね)

もう1つ気になるのは、クリアランスを得られなかった場合の買戻条項の有無・内容です。買戻条項があると、経済的利益はまだ移転しておらず、東芝がPBとなる可能性が高いように思います。ただ、クリアランスが得られない蓋然性が極めて低い、或いは、買戻条項は努力義務のみとなっている、又は、買戻しはその時の時価で行う、等であれば、リスク・リターンはキヤノンに移転しているという主張も可能かも知れません。

なにせ「確定的」ですから。

しかし、これで東芝がPBでないとすると、キヤノンがクリアランス取得後に子会社にするという開示と齟齬が出てしまいます。独禁法を盾にして、MSの議決権行使に対して本当に何ら影響を与えられず、MSはagentではないとの主張なのでしょうか。

うーん、難しいですね。



3.連結納税における取扱い

さて、もう1つの話題は税務上の取扱いです。

東芝、キヤノンともに連結納税を採用しており、東芝メディカルは現在、東芝の連結子法人と思われます(全株式を東芝が保有)。

東芝メディカルは資本金と資本準備金で240億円程度、純資産で700億円程度なので、連結納税における投資簿価修正を考慮した上での株式簿価もこの間のどこかくらいと思われます。

なので、単純に東芝が株式売却した場合の課税所得は6,000億円程度と思われます。

かなりの繰越欠損金(及び場合によっては当期も欠損?)を抱えているとはいえ、相当な課税インパクトですね。繰越欠損金は今期でも65%、来期だと60%分しか控除できませんし。

税務上の株式譲渡益の認識タイミングは約定日基準ですが、今回はいつになるのでしょうかね。

一方で、キヤノンが全株式を取得した場合、東芝メディカルは今度はキヤノンの連結子法人になります。

連結納税の離脱と加入が同時に起きる珍しい事例です。

連結納税に加入する際、東芝メディカルでは保有資産の時価評価が必要です。純資産700億円に対して時価6,655億円ですから、場合によっては何千億円という巨額の「営業権」の含み益に対する課税が生じることになりかねません。

しかも、東芝メディカルの税前利益は200~300億円程度ですから、もし何千億円もの営業権が計上されたら、その償却費を消化することすら難しいことになります。(もちろん、連結納税の法人税ではキヤノングループの所得と通算することは可能ですが)

これって、東芝連結納税グループとして、東芝の株式売却益と二重課税じゃないの?という印象もあります。課税所得の源泉は同じ東芝メディカルの事業の価値ですから。

ただ、ここで面白いのが、もし東芝からキヤノンに直接株式譲渡される場合、東芝メディカルの資産の時価評価課税はキヤノン連結納税グループ加入の前日に行われます。そして、その前日は、東芝メディカルが東芝連結納税グループから離脱するみなし事業年度になります。

すると、東芝メディカルにおける時価評価益が、東芝の保有する東芝メディカル株式の投資簿価修正に跳ね返り、その分だけ二重課税のインパクトが相殺されることになりそうです。ただ、投資簿価修正は東芝メディカルにおける評価益の税引後相当分だけですので(利益積立金の異動分)、完全に相殺されることにはなりません。

しかも、株式の引渡しが4月1日(=その前日である3月31日が事業年度末日)とならない限り、東芝メディカルの時価評価益は東芝連結納税グループの所得や繰越欠損金との通算が出来ませんので、かなり不利な扱いになってしまいます。

一方で、もし株式譲渡が一旦MSに対して行われるとすると、時価評価益が投資簿価修正に含まれることはあり得ませんので、二重課税が発生することになります。

ま、キヤノンは東芝メディカル株式の一部を第三者か海外法人に保有させて、連結納税グループには加入させないのかも知れませんけど、この営業権の時価評価課税の規定はホント問題だと思います。。


・・・

ということで、今回はここまでです。

ちなみにキヤノンと争った富士フィルムは「このようなことが認められるならば、競争法が形骸化するのではないかと懸念する。オープン・フェア・クリアな企業行動方針をもつ我々にとっては、考えられないやり方だ」とこのスキームを非難しているようです。

このまま案件が成立するのか、会計処理がどうなるのか、まだまだ楽しめそうですね。


(関連ツイート)

東芝メディカル売却スキームと会計処理関係メモ