「担当」ついての備忘録 | プロデューサーの備亡心録(びぼうろく)

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自分が何を考えていたか、なぜ好きだったのか…。
いつか思い出せるように、思いついた時に書き留めることにしました。
なんら客観性を持たない、個人的感想と偏見しか書きませんのであしからず。

備忘録を作るのを忘れて3年。本末転倒にもほどがあるだろ。

 

この間余りにも色々あったけどそれは置いておいて、今年になって考えることが増えた話をしたいと。

 

最初の記事に書いたとおり僕の担当は765の律子、シンデレラの菜々さん、杏、裕美の4人。

実はこの顔ぶれ、約6年変わってない。最後に担当になったのが裕美でちょうど初ボイスのオータムクラフトが出る直前だったので。

この間にも好きになったアイドルはたくさんいたんだけど、どうしても担当と名乗ることができなかった。その理由といきさつを書き残したいと思う。

 

アイマスを初めてたぶん約1年半くらいした頃には律子の担当になっていて、ここだけは揺らいでいない。

同じ頃にデレマスに触れて、最初の1~2年(デレアニが始まるくらいまで)はなんか右往左往していた。まだ担当ということに何の考えもなかった時期で、なんとなくその時好きな子を書いてた感じで。だから当時のツイートは毎月のように担当が入れ替わるという今ではありえない状態なんですよね。

 

それで、デレアニ1期の頃に一人めちゃくちゃ好きなアイドルができて、この子の担当を名乗り始めた。誰よりも可愛いと思ったし愛らしいと思ったんだよな。その後2期で杏がめちゃくちゃ好きになって、しばらくデレは2人担当の時期が続いてた。ちなみにMOIW2015で初めてグリに触れたけどやっぱり当時は担当の基準が雑で、3rdの頃に作った名刺では星梨花と杏奈とかを載せてた気がする。ちなみにその直後には律子に統一された。

 

で、1年くらいそれで安定してたんだけど、2017年に安部菜々メモリアルコミュ4に出会った。この時に「この子だけは僕が支えてあげたい」という初めての感情になって、菜々さんの担当を名乗るようになった。この出会いから担当観が変わって、「自分が支えてあげたい、輝かせたい」と思う子が担当だと考えるようになった。この時点から自分の中でバランスが崩れ始めていたんだと思うんだけどまだ気づいてなかったな。

 

その少し前から関裕美に少しずつ触れていって徐々に好きになっていって、ボイスが実装される直前の頃に「担当になりたい」と思ったところで、考えてしまった。

 

「自分は担当をきちんと愛せているのか?」と。

 

僕は元々、物理的にも金銭的にもキャパシティが極端に少ない。平等に接しているつもりでもいつの間にか傾きが生じ、何かがこぼれていく人間。それまで楽しいだけでやり過ごせたけど、担当というものを考えた上で向き合った時に、明らかに注ぎ込んだリソース(物理・感情の双方)にバラつきが出ていると気づいてしまった。それは人によっては当たり前で気にすることじゃないのかもしれないけど、自分にとってはそれが申し訳なくて情けなかった。

このまま関裕美を担当に加えたとして、きっと愛情にはさらに大きな溝ができてしまう。それがわかっているのに担当を名乗り続けることは、そのアイドル自身にも、他の担当Pにも失礼な気がした。

 

結局1週間くらい悩んで、関裕美を担当することを決心した。それと引き換えに、1人のアイドルの担当を名乗るのを辞めた。シンデレラで最初の担当で、本当に大好きだったけど。いや、今もすごく好きだけど。それでも、このまま担当を名乗る自分が許せなかったし許されないと思った。

 

この時の罪悪感と苦しさがあって、「担当には平等でなくてはならない」という自分の中の鉄則ができたのは確か。物理的にはどうしても時々で差異が出てしまうことがあるけど、せめて感情だけはそうであろうと。もう二度と過ちを繰返さないために。

 

※あくまで担当へ平等に接することができなかった自分の過ちに対するものであって、裕美の担当になったことは間違ってなかったと確信しているし、少しの後悔もありません。裕美にはそれまでの3人にもなかった喜びや幸せをたくさん分け与えてもらって、本当に感謝の思いでいっぱいです。

 

あれ以来誰かを好きになっても「これ以上担当を増やしたってもう今までの4人のように愛せないだろう」と心のどこかで冷や水を浴びせてくる自分がいる。その声に自分は従わざるを得ない。だって、感情のままに手を広げた結果1人を手放したという罪があるのだから。

 

今年になって、「この子が担当だったらどんな感情になったのだろう」と思う瞬間が増えた。特にミリオンは、ちょうどミリシタが始まってやっと39人のことを掘り下げていけるタイミングで上記の件があり、律子の存在も相まって担当を決めるタイミングを逸してしまったから、ある種担当Pがうらやましくも見えたしどこか寂しいと感じる自分がいて。

我ながら薄情だなと思うし、実際心の声はまだ自分を許していない。けど、もしかしたら、いつかもう少し自分の器が大きくなったらば、あるいは…と思う自分もいる。どうなんだろう。いつか変わる日がくるんだろうか。その日が来ることを自分は望んでいるのだろうか。この備忘録を書こうとしたということは、そういうことなのかな。

 

とりとめが無いのでこのあたりで。

最後に、いないと思うけどもしここまで読んでいる人がいたらば、この記事のことは忘れて、自分が好きだと思ったら是非その子を担当にしてあげてほしい。僕みたいな悩み方をするのはきっと例外中の例外の異常者で、好きが広がっていくのはとてもいいことのはずだから。

自分が最も幸せだと思うやり方で、担当をプロデュースして、愛してあげてください。