落ちていくモノ(ナナシシリーズ02) | へたれの怖怖日記

へたれの怖怖日記

怖いのほんと苦手なのに、怖い話が大好きという
矛盾に苦しむへたれ男児のつらつら日記です。

あの、悪夢のようなアパートでの事件から数カ月が経ち、

僕とナナシはまたお互いに話をするようになっていた。
初めのほうこそ多少ギクシャクしたが、結局ナナシに

不思議な力があろうがなかろうが、あの女の人がどうであろうが、
ナナシはナナシで、僕の友達だということに変わりはない。


僕はあの日のことは記憶の底に沈め、ナナシと普通に

話すようになった。ナナシも、今までと同じようにヘラヘラ笑って

話掛けてきて、僕らはすっかり以前のような関係に戻っていた。

そんな矢先のこと。


そろそろマフラーやらを押し入から出さないとな、なんて時期の

授業中、それは起きた。教室では窓際の最前列に、目の悪かった

僕と委員長の女の子、その後ろに、ナナシとアキヤマさんと

言う女の子が座っていた。その頃、その窓際席の僕ら4人は、

授業中に手紙を回すのをひそかな楽しみにしていた。
つまらない授業の愚痴や、先生の悪口を小さいメモに書いて、

先生が見ていない隙にサッと回す。もしバレても、委員長が

ごまかして僕らが口裏を合わせることになっていたし、
端とはいえ、前列で手紙を回すのはちょっとしたスリルだった。

 

そしてそれは、たしか3時限目あたりの国語の授業中。
どこの学校にも一人はいるであろう、バーコードハゲの教師が

担当で、今にして思えば大変失礼だが、僕らは彼の髪型を

ネタに手紙を回していた。くだらないことをしていると時間が

過ぎるのは早く、すでに何枚か紙が回され、授業も半ばを過ぎた。
そのときだった。

 

教科書に隠しながら手紙を書いていた僕は、ドン、と何かに

背中を突かれた。どう考えてもそれは後ろの席のナナシで、

まだ書いてるのに催促かよと、僕は少しムッとしながら振り返った。
するとそこには、眉間に皺を寄せた凄まじい形相で、僕に何かを

向けているナナシがいた。手には開いたノートがあり、真ん中に

デカデカとマジックで『窓』と書いてあった。
思わず窓を見ると、
「ひっ…」
人と、目が合った。


蛙のような体勢で落下してきたその人は、顔だけをこちらに

向けていた。恐怖か苦痛か屈辱かわからない、むしろ全て

入り交じったような悶絶の表情を一瞬見せて、その人は消えた。
「うわぁああっ!!!」


僕ではない誰かが叫んだ。叫んだのとほぼ同時に、ドシン、

と音が響く。しばらくフリーズしていた教師やクラスメート達も、

2、3秒して騒ぎ立て、窓に駆け寄り出す。
僕はその様子を茫然と見ながら、フラッシュバックを感じていた。

まただ。またナナシが、人の死を言い当てた。
僕は震えながら、ゆっくりとナナシを見た。
ナナシは震えもせず騒ぎもせず、窓の前に立っていた。
遠い目で窓を見ている。僕はナナシに駆け寄った。
「ナナシ、あれ…」
縋るように駆け寄った僕に、ナナシは振り返ることもせず言った。
「お前、なにか見た?」
なにか。そんなの解りきっているというのに、白々しく尋ねてくる

ナナシに僕は無性に腹がたった。


「当たり前だろ!!お前が窓を見ろって言ったんじゃないか!!
おかげで僕は目が合ったんだ!!見たんだぞ!!あの人が堕ちる一瞬を!!!」
僕は、あの死に行く人と目を合わせてしまったのだ。
悲痛と苦痛に染まった、間もなく死ぬであろう見知らぬ人と、目が合った。
一生トラウマになりそうな表情を見たのだ。
「なら、いよいよオカルトだな」
ナナシは言った。


僕にはその言葉の意味がわからなかった。わかりたくもなかった。
だが、「見てみなさいよ、下」
さっきまで黙っていたアキヤマさんが、僕に言った。
僕は恐る恐る、人を掻き分けて下を見た。
そこには、こちらを向いて目を見開き、苦悶の表情を浮かべながら、

体を不思議な方向に曲げた死人がいた。ドス黒い血が彼女の白い

ブラウスを赤茶に染めていて、僕は思わず目を反らした。
そして、気付いた。

 

僕は彼女と目が合ったんだ。それは確かだ。あの表情は夢じゃない。
蛙のような、這うような姿勢で彼女は落ちて来た。そして僕を見ていた。
…なら、何故彼女は、『こちらを向いて』死んでいるのか。
俯せに落ちたはずの人間が、何故仰向けに死んでいるのか。
空からたたき付けられた人間が、まさか寝返りなどできるはずもない。
まして、あの数秒間で、誰かが動かしたはずもない。
否、それよりも、どんな飛び降り方をすれば、『蛙のような体勢』に

落下することができるのか。


否、どんな飛び降り方をすれば、『蛙のような体制で、こちらを向いて

落下できる』のか。その疑問が浮かんだとき、震えは一層強まり、

首筋に冷たい何かを感じた。不意にナナシが口を開く。


「死んだ先に何がある。救いなんてあるはずないのに。闇から逃れても、

闇しかないんだ」


その言葉には、恐ろしいくらい感情が篭っていなかった。
アパートのときよりも、数倍僕はナナシを怖いと感じた。
赤い海に浮かびながら、僕らを見上げる曲体の死人より、

ナナシの言葉が怖かった。その後、席替えがあり、僕が窓際に

なることは二度となかった。