【沙耶ちゃんシリーズ】16 沙耶の行方2/3 | へたれの怖怖日記

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怖いのほんと苦手なのに、怖い話が大好きという
矛盾に苦しむへたれ男児のつらつら日記です。

いまさら解説するのも間抜けだか、一応説明をつけておく。

沙耶ちゃんの病名は『全生活史健忘』といって、自分に関する事柄を

すべて忘れてしまう症状なのだそうだ。
社会的な通念や技術は覚えていることも多いため、生活には困っていないらしい。

実際、家に上げてもらってから、沙耶ちゃんがお茶を出してくれた仕草などは、
昨日今日習ったという手際ではなかった。
記憶喪失というと=頭部損傷ってイメージがあった俺に、親父さんは主な原因は

心因性だと教えてくれた。

つまり沙耶ちゃんは、過去を忘れてしまうほどのストレスを受けた、ということなのか。
「どこで?」の質問には答えてもらえなかった。
「どんな事故?」の質問にはやんわりと帰宅を促された。
食い下がることもできたが帰ることにしたよ。
沙耶ちゃんが無事でいることがわかっただけで収穫だしね。

門まで見送ってくれた彼女に手を振ると、なぜか泣きそうな顔になって

「ごめんなさい」と謝られた。

それからの半年は、本当に忙しい時間を過ごしたと思う。

 

バイトはやめたが、
本腰を入れた出版社の仕事(+いろいろとやらされたがww)のせいで、就労時間は変わらなかった。
わずかでも時間が取れれば、沙耶ちゃんの顔を見に行ったよ。
親父さんは警戒心バリバリだったけど、お袋さんはわりとすぐに打ち解けてくれた。
「こんなことを言うのはなんだけど、私は沙耶が病気になってくれてよかったと思ってるの」
印象に残ってるお袋さんの一言だ。
「あの子にはずいぶんひどいことをしてしまったから、恨んでるだろうなと、

ずっと気にしてたんです。
今は全部忘れて慕ってくれるので助かります」
その微妙な関係、俺にはよくわかるよ。

 

最低限の人間関係を維持しながら、俺がメインに時間を使っていたのは、

事故の解明についてだった。
休日のたびに、心当たりのある場所や機関を回って情報をせがんだ。
あのトンネルのある市の警察や消防署の窓口。救急病院の受付。
同業の地域情報誌発行元の会社まで回ったこともある。
結果わかったことは……日本の守秘義務を舐めちゃいけない、ということだけだったorz
行く先々でたしなめられたよ。原因なんて些細なことを今さら蒸し返すんじゃないって。
今、問題なく……むしろ以前より幸せに過ごしているんなら、それでいいんじゃないか、と。
そうかもしれんね。


たしかに、沙耶ちゃんは明るくなったよ。いい意味で甘え上手にもなって、

みんなに可愛がられてる。
復帰した大学でも、友人が増えた

(男がダントツに多いっていうのが気になるがww)と喜んでいたし。


でもさ……じゃあ、以前の沙耶ちゃんはどこに行ったんだろう。
生真面目で不器用だったけど、彼女の本質はそれだったような気がするんだよな。
以前、出版社の仕事で、突風の被災地の写真を撮りに行ったことがあった。
えっと……ああ、『復職』で書いてるな。
そのときに沙耶ちゃんの写真を一枚撮ったんだが、
彼女の周りに集まってた光だけが写ってて、沙耶ちゃん本体は写っていなかった。
今の沙耶ちゃんは、陰のない光みたいな存在だと思う。
だけどそこに、彼女の本体はいない気がしてしょうがないんだ……

珍しくH先輩だけが俺の行動を肯定してくれた……
というか、先輩の言によると、俺の行動が正しいとしか言えなくなるんだけどねw
『全生活史健忘』は記憶が戻ってくることがほとんどらしい。
意志の力で封じ込めているようなものなので、傷が癒えれば自然に解放されるんだろう。
そのときに理解者が周囲にいないというのは、ものすごい悪影響になるそうだ。
沙耶ちゃんの今の状況を手放しで喜んでいる彼女の家族が、
記憶の戻った沙耶ちゃんをちゃんと受け入れてやれるのか。
「顔も知らん俺でも心配になる」と、H先輩は初めて善人らしいことを言った。

先輩からモチベーションを維持する力をもらった俺は、
あの日も例のトンネルの地区を管轄している駐在を訪ねた。
すっかり顔馴染みになった40代の巡査部長が、奥の座敷に通してくれたときは、

思わず『やたっ』と心の中で叫んだよ。

以下は、巡査部長とその後に訪れた市警の担当者の話を総合して書く。

半年前の6月の終わり頃のこと。深夜にかかろうかという時刻に、交番を一組の

親子連れが訪れた。


母親は小さな幼児を抱いていたらしい。
雨が降っていたので、2人ともずぶ濡れだったようだ。
巡査部長は2人をこの座敷に上げ、わけを聞いた。
母親は早口で「山中に若い女性が放置されている」という旨のことを告げた。
「地図を指し示して、場所まではっきりと教えた」と、巡査部長はその地図を

広げながら語ってくれた。
眠っている幼児を抱えた母親を連れまわすのは気の毒だったので、

彼は一人でパトロールに出かけたそうだ。
目的の場所は、トンネルから脇に逸れた林道の途中。


滅多に人の入るところではないので、ふだんは立ち入ることもない。

狭い林道をミニパトでとっつきまで走り、何もないのを確認して折り返す。
このとき巡査部長は、あの親子に騙されたと思った。こんな道を徒歩で

入る人間がいるわけがない、と。
サーチライトさえ吸い込まれそうな真っ暗な山道を慎重に進むと、

前方に何か動くものが見えた。
それは左の木々の間に消えていった。

「あの親子連れに見えたから、驚いてな」
俺の前で巡査部長は鳥肌の立った腕をさすって、熱い茶を飲んだ。

彼は車を止めて後を追った。薮が左右に分けられていて、確かに

人の通った跡があった。
その先で沙耶ちゃんが見つかった。
全裸で、絞首の痕があって、仮死状態だったそうだ。

沙耶ちゃんは市内の総合病院に運ばれてから意識を取り戻した。
市警の女性警察官が彼女の担当になり、事情聴取をした。
前夜、トンネルから徒歩で帰ろうとしたところを、見知らぬ集団の車に

押し込まれたこと。その後に乱暴されたこと。


そこまで話して、沙耶ちゃんは別人になってしまったらしい。
何を聞いても「わかんない」「ありえない」を繰り返した。

「暴行は親告罪じゃないのよね……」
女性警察官はぼそっと言った。
犯人を捕まえれば無条件で起訴になる。そして、沙耶ちゃんは証人として

裁判所に呼び出される。
沙耶ちゃんの親父さんは、「捕まえなくていい」と即答したようだ。

帰り道。運転しながら、いくつかの選択肢を描いた。
沙耶ちゃんが事件を思い出す→精神の崩壊の危機→そばにいないと。
沙耶ちゃんが事件を思い出す→意外に平気で乗り越える→微力ながらそばで応援。
沙耶ちゃんが事件を思い出さない→遠慮なくゲット。
……俺って、つくづく自分勝手な発想しかできないらしい……