夕方に空港に到着。沙耶ちゃんのアパートに直行した。
郵便受けには大量のチラシが入りっぱなしになってる。インターホンを
鳴らしたが返事はなかった。電話は相変わらず電源が切れている。
勘弁してくれよ……
バイト先まで歩き、店長に帰ってきた挨拶と、沙耶ちゃんの欠勤の話を聞いた。
俺が親父の危篤を聞いた夜、沙耶ちゃんはすでに出勤していなかったらしい。
ただ、この日は連絡があった。
翌日の欠勤時、それまで真面目に働いていたこともあって、店長は自ら彼女の
アパートへ足を運んだんだ。でも人のいる気配はなかった。
「女の子の独り暮らしだし、もしかしてと思ってね」
店長は沙耶ちゃんの実家にまで電話を入れた。
父親が出て、『存じません』とぶっきらぼうに切られたそうだ。
「こうまで長引くと心配だね。まこちゃん、沙耶ちゃんの実家に、もう一度連絡を
入れてみてくれないかな。
捜索願を出させたほうがいいかも」
と依頼されたので、「なんで店長がやらんの?」と聞くと、「僕はあのお父さんは
どうも苦手で」と頭を掻いてた。
沙耶ちゃんの履歴書から電話番号をもらってプッシュすると、
平日の夕方だからだろうか、父親ではなく母親らしき女性の応答があった。
警戒心を抱かれないように、できるだけ穏やかな声で伝えてみる。
「私は、沙耶さんにアルバイトに来てもらっている、コンビニの責任者ですが、
沙耶さんがここ数日、連絡なしに欠勤されてるんです。
もしかして、そちらに帰ってらっしゃるんでしょうか?」
H先輩が聞いたら、『小学校からやり直してこい』と言いそうな言葉遣いだな。
でも、母親らしい女性にはちゃんと通じたようだ。
あっさりと『こっちに帰ってますよ。ごめんなさいね。もうそちらには戻らないと
思います』との返事をもらった。
なんだか釈然としない。っていうのも、沙耶ちゃんは以前『実家に居場所が
ないから1人で出てきた』と言ってたんだ。
実は彼女は、父親とその浮気相手の子どもなんだよ。
だから正妻に目の敵にされて、実家にいられなくなったみたいなんだ。
そんな家に自主的に戻ったのか?それとも……
考えるだけ無駄なんで、店長に労いの意味でもらった今晩の休みを、
沙耶ちゃんの実家行きに使うことにした。
少し田舎に下るとはいえ、見事に開拓された新興住宅地の中に、沙耶ちゃんの
家はあった。
立派な門構えとその奥の広い庭が、裕福な暮らしを示している。
沙耶ちゃんの親父さんは、従業員数百人を抱える中小企業の副社長だ。
以前、興味本位に調べさせてもらった。
重役はすべて家族親類という典型的な同族会社の中で、唯一、身内外から
その地位に上りつめた人だ。
女癖はともかく、まあ有能なんだろう。
沙耶ちゃんにお嬢さんな雰囲気があるのも、この家で育ったんなら納得できるな。
カメラつきのインターホンを鳴らすことをためらっていると、左手の路上から
人の話し声が聞こえてきた。
年配の男と若い女の子の声。
「お父さん、今日は帰り遅いよ。家で待ってるのイヤなんだから、もっと早く帰ってきて」
と女の子……あれ?……
「これが普通の帰宅時間なんだぞ。今までは沙耶のために無理して帰ってたんだから」
と……沙耶ちゃんの父親らしき人物……
門に取り付けられた電灯が、2人の顔を照らし始めた。向こうも俺に気づいたようだった。
俺は真っ先に沙耶ちゃんに飛びつきたい衝動を押さえww、父親に頭を下げる。
すると彼から声をかけてきた。
「君は?」
どの立場にするか少し思案してから、答えた。
「沙耶ちゃんの友人です」
沙耶ちゃんは父親の顔を見て、それから俺を見て、首をかしげた。
「わかんない。誰ですか?」
父親が、「事故で名前も家族のことも忘れましてね。たぶん元には戻らないと
思います」と補足した。