不思議なものだなぁと。

 

過日、特にプランを立ててという感じではなくフラッと東京に行った時の事。

思い立って、以前会った事のあるSNSのフォロワーさんに連絡を取った。

そのフォロワーさんはバスの運転士さんだった事を思い出したので、行路さえ合えばそのフォロワーさんの運転するバスに乗ってみたくなったので。

 

 

で、当日。

一番後ろで、そのフォロワーさんの運転している姿を見ていると、その姿はまさに「格闘」だった。

いや、まあ車両固有の「クセ」が乗務員に「格闘」させるような運転を求めてくるので、そうなってしまうのは仕方ない事ないのかもしれないが、それにしても「激しい」動きだった。

終点についてあいさつ後、一言二言言葉を交わしバスを降りる。

 

実はこのフォロワーさんに会ったのは初めてではない。

以前は別の会社のバス会社に勤めておられていて、その時僕はまだただのバスオタク・・・フォロワーさんの運転操作を見ても「へー」くらいにしか思えてなかった。

 

で、今回。

ただのバスオタクが、乗務員になっての再会になったものだからその一挙手一投足が全て「業務」に直結するものと思うと以前のように「へー」と感心するだけでは済まなかった。

それだけにフォロワーさんがどれだけ大変な事を毎日していたのか、自分が同じ世界に入ってみて痛感するものがあった。

それと共に自分の知ってる人が、同じ仕事をしているという「連帯感」を感じると、その人がまったく縁もゆかりもない会社に所属されつつも、不思議とエールを送りたくなる。

 

* * * * *

 

それからしばらくして、今住んでるところの隣町のバスに乗りに行った時の事。

そのバス、といっても僕と同じ会社の「同期」入社の人の話で、偶然その「同期」の運転するバスに乗る機会があった。

 

配属された営業所こそ別だけど、座学と訓練前半まではまさに「同期」と一緒にカリキュラムをこなしていた。

「訓練車」と呼ばれていた教習に特化した車両で色々やっていくうちに、同期だけが別メニューを課されるようになっていた。どうやら不得手な事があったようだ。

そのうち営業所が別という事もあって、同期とは離れ離れになって訓練を続けていった。

 

その時の教官役の指導乗務員の「見極め」も受けて離れて、実際の路線で訓練。

そして僕は「独車」となった訳だが後日、その指導乗務員に会う機会があって同期の動向を聞いた。

「だいぶ手こずったけど、何とかモノにはなってようやく資格者横乗りで路線に出たよ」

との事。

 

正直、僕は心底ホッとした。

仕事じゃなく、なんなら時代も違うが学生時代に同窓生がベイルアウト(退学)していく姿を見て、すごく嫌な気分になった事を思い出したからだ。

同期の言動や、カリキュラムの進み方にその学生時代にベイルアウトした同窓の事がラップした、という事もあったからかもしれない。

 

で、しばらく自分の事で一杯一杯な日々を過ごして同期の事は忘れていたが、ふと暇が出来たので近場のバスを乗りにいった。

しばらくしていくうちに、その乗務員の案内や所作に共感するものがあって

「ああ、僕でもこういう場合ならこういう案内や操作をするな」

って感心しながら運転席を眺めていた。

そして終点近くに、その乗務員を目があった。

「お久しぶりです」

そう声をかけてくれた。

同期だった。

 

 

学生時代みたいにテンションが上がったけど、同じ会社で同じ仕事をしているもの同士。

とりあえず終点で「業務合間」を見つけ、短い間だったけどぽつぽつ話し込んだ。

 

どうやら一週間前に「独車」になったそうで、今乗っている路線も3回目くらいだとか。

僕よりも半月ほど長めに訓練して、ようやく資格者付きで路線に出れたとの事。

 

ホント良かった。

自分の事ではないのに、同期が無事「独り立ち」出来たことが自分の事のように嬉しかった。

昨今バス運転士不足が叫ばれている中だから、尚更だ。

 

途中のバス停で僕は同期の運転するバスから降りた。その時に

「うちの路線にも乗りに来て」

と思わず同期に言った。

これは社交辞令でも何でもない。

仕事を通じて出来た「縁」に対する敬意とお互いの無事を確認しあう自然なやりとりとして出た言葉だ。

 

直近に仕事に関する「縁」の不思議さを感じた一件。