下手っぴ弾き語りストの歳時記 -3ページ目

下手っぴ弾き語りストの歳時記

自他ともに下手っぴと認める弾き語りストの変なオッサンが、好きなことを好き勝手に書き連ねるだけのブログです。スルー激しく推奨♪

坂元昭二さんは、私にとって、本当に特別な存在だ。
長年、さだまさしコンサートのバックバンド『亀山社中』で、アコースティックギターを担当されていて、さだまさしよりさだまさしの曲を知っている「歩くさだまさし」と評された、名ギタリストである。
さだマニアのアコギ弾きである私には、もう神以外の何者でもないのだ。
 
その坂元昭二さんと…実は一緒にギターを弾いて歌ったことがある。
それはもう15年は前のことだ。
西暦2000年を過ぎた頃、インターネットを始めた私は、当時、自分のホームページを持っていた。
『Pontaの里』という名称(ちなみに今は、Pontaって名前は封印していて、音楽に関しては本名を使ってるんですけど…まぁ、当時はPontaだったので、その表記を使います)で、さだまさしファンのサイトの管理人をしていて…そうした縁で、全国のさだまさしファンとの交流を持っていた。
そんな折、福井県の芦原温泉(今は、あわら温泉)にある『銀河食堂』という店でオフ会が何度か行われて…よく参加していた。
 
そのオフ会の席で、さだまさしさんと交流のある落語家:柳家一琴さんの落語会があったり…そして我らが坂元昭二さんのライブが行われたりしていた。
坂元昭二さんに会える?しかもギターが聴ける?
当然の参加申請で喜び踊っていた私だが…その当日、娘を目医者に連れて行かなければならず…その診察に異様に時間が掛かってしまった挙げ句、到着したのは坂元さんのライブが終わったあとだった…という、実に切ない経緯があるのだが…。
 
「あれ?今頃着いたの?」そんな『銀河食堂』の大将の言葉で迎えられ、意気消沈の私が、オフ会&ライブの会場である2階へ行こうと階段に向かった、その時…トイレから出てきた人影こそ、坂元昭二様で…
「もう終わったよ?」
神との初遭遇は、そんな台詞で始まったのだった…。
 
その後、飲み会が始まる。
オフ会ではいつもギターを持っていき、参加者と一緒にさだ歌を歌う、そんなスタイルが恒例で…その宴が日付変更線を過ぎても続く。
ライブのあとは、坂元さんを囲んでの飲み会だったが…
Pontaは完全に意気消沈している。
しかも、坂元さんが隣の席にいたのだ。
弾けるわけがない。
 
なのに、もう顔馴染みになっている他の連中は容赦がない。
「あれ?弾かないの?」だからぁ~。弾けるかっての、この状況っ!
その上、「Pontaくん?弾いてよぉ」との声は、見るからにニヤニヤ顔の坂元さん…。
 
「窮鼠猫を噛む」という言葉をご存じでしょうか?
ええ、そうですとも。弾きましたよ、この状況でっ!
針のむしろって言葉は知っていたけど、実感したのはこの時が初めてかもしれません。

酒の力を借りて弾き始め…みんなで歌い始めて…その大合唱に坂元さんは大笑い。
「こんなさだ狂いの連中なんか見たことがないっ!」
もう本当に楽しそうに…さだマニアの乱痴気騒ぎを一緒に楽しんでくれた。しかも…
 
「ちょい、Ponta?これ…できる?」いきなり話しかけられて驚いていると…大将のギターを手に取り、臨戦態勢の坂元さん。
「え?え?」わけのわからないままに私は、坂元さんと一緒に、『長崎小夜曲-Nagasaki City Serenade-』を弾いていた。
「歌うの、Pontaね♪」そんな無茶振りを言いつつ…下手っぴでテキトーな私のストロークに合わせて、華麗なリードを奏でる。
現実感のないままに…そんな、夢にさえ見たことのない光景が繰り広げられていった。
 
「じゃあ、次…『前夜』ね♪」
今思えば、明らかに自分が弾きたいだけだろ?的なリクエストに…拒む術などないPonta。
下手っぴながらも前奏から弾き始め…歌い疲れ&酒枯れの声で歌わされる。
もう自分で何をしているのか、まったく判らない。
それでも何とか全部歌い終えて後奏までこなして、青息吐息。
 
そんな私のパニックとは無関係に、もう場は異様な盛り上がりを見せ…坂元様に命じられるままに『飛梅』が始まる。
もう私は声が出なかったけど…さだ狂の大熱唱に支えながら、最後のストロークを合わせて弾き終えた時には、完全に興奮の坩堝だった。
 
私はそれまで、20年近くギターを弾いていたのだが…あんな状態は初めてだった。
全身総毛立つというか…血湧き肉躍るというか…上手く言葉になんかできない。
とにかく、その場にいた全員が一体となり絶叫した、あのヒトコマは…時が過ぎても色褪せることがない。

もう既に時間も時間だったので…そのまま、お開きの時を迎える。
「俺はずっと『歩くさだまさし』って言われ続けてきたけど…これからは、お前が『歩くさだまさし』だ。その呼び名は、Pontaに譲るよ」
こんなこと…言われてごらん?
ずっと憧れていた神の如きギタリストに…面と向かって、この殺し文句でっせ?
死なないわけがないと思いませんか?
 
そしてPontaは死にました。
いや、私は生きてますよ?
こうやって、つまんない駄文を書けるくらい、ピンピンしてます。
死んだのは…アコギ弾きのPontaです。
それ以来…ギターが弾けなくなりました。

こういうのを、燃え尽き症候群と言うのでしょうか?
弾きたいって、まったく思わなくなったんです。
とにかくギターさえ触っていればしあわせで…上手くもないのに好きで堪らなくて、かみさんに喧しいと罵られながらも弾き続けていたのに…弾けないんです。
 
当日、聴くことが叶わなかった坂元昭二さんのライブに後日、足を運んで…その圧倒的なギターの音色に酔いしれる傍らで、こんなスゴい人と一緒にギターを弾いたという実際に存在した現実が、どんどん遠ざかる感覚…。
なんか…上手く言葉にできないことばかりだけどさ。
ただ私はどんどんギターから遠ざかり…触らないことが日常になっていく。
と、同時に坂元さんはますます神格化されて…ライブがあっても聴きに行けなくなっていった。
 
7年くらい前に、当時中学生の長男がギターに興味を持って…まぁ、すぐに諦めたんだけど(笑)…それをダシにして、坂元さんのライブに連れて行ったんだけどね。
でも…やっぱりギターは弾けないままだった。
だからもう…ギターを弾くことは、もう二度とないんだろうなって…ずっと思っていたんです。
 
弾けないままの状態で10年以上の月日が流れた後…4年ちょっと前、本当に久しぶりに、師匠から連絡があった。
高校時代の同級生で…私にギターを教えてくれた師匠と何年かぶりに再会したのだ。
そういう意味では、師匠もやはり私には特別な存在で…時間が一気に高校時代に戻ることで、ようやく私はまたギターが弾けるようになった。
もし師匠と再会することがなかったら…私は今でもギターは弾けないままだったと思う。
だからすごく感謝してるんだけど…だからって何も返すことなんか、できもしないんだけどね。
 
とにかく本当に坂元さんって…私にとって特別な存在なんですよ。
憧れであり、神であり…そして私からギターを奪う悪魔なんです。
いや、坂元さんが悪いわけじゃないんだけどさ(笑)。
悪いわけじゃないんだけど、それでもやはり…坂元さんってトラウマであり魔性であり劇薬なんだな…。