バッハの無伴奏チェロ組曲全曲演奏を過去に聞いたのは、2013年4月7日のみなとみらいホールと2014年10月12日のサントリーホールにおける堤剛の演奏だけです。演奏当時、堤剛は70歳、円熟した演奏でした。今回の演奏者上野道明は、まだ27歳。若々しい演奏でしたが、素人目にも、確かなテクニックに裏付けられ、十分に弾き込んだことが分かる完成度の高い演奏だったと思います。今後、堤の歳になるまで数多くの演奏を行うことでしょうが、どのように変遷していくのでしょうか。古希を過ぎた私には、次の全曲演奏会を聴くことができるかどうか定かではありません。

 この曲を聴きたびに思うのですが、バッハが作曲したのは約300年前、その時代に、現在の演奏家と同様の演奏を行うことができたのでしょうか。上野道明が使用する楽器は1758年製造ということなので、楽器自体は当時もあったに違いはないのですが、あれだけの演奏を当時の人たちが行えたとは思えません。そんな曲を300年前に作曲しバッハの頭の中はどうなっていたのでしょうか。彼の頭の中で今私たちが聞いていると同じ演奏が聞こえていたはずだからです。天才以外の何者でもないのでしょう。

 今回の演奏は、順番通り、その代わり、プログラムのように3回の休憩をはさみ、1時開演で4時10分終演という3時間に及ぶ演奏会でした。若い上野でもやり切った感が強い曲なのですが、70歳の時の堤は、淡々と演奏し、演奏の最後には、カザルスの鳥の歌をアンコール演奏していました。改めて、堤剛のすごさを感じた演奏会でした。それにしても、今、最も注目度が高いチェロ奏者に違いない上野道明の今後が楽しみです。