1968年7月24日夜、新宿駅に集合し、人生初めての遠征(昆虫採集)に出かけました。ちょうど50年前の今日です。
 当時、私は神奈川県立多摩高等学校の1年生で生物部に所属しており、夏合宿が長野県の入笠山で行われるということで、夜の新宿駅に駆け付けたものでした。新宿駅は、23:55発の中央本線の最終鈍行で山に出かける若者であふれており、いたるところで荷物のパッキングが行われていました。今どきのザックは高性能で、適当に詰めても歩くのに不自由はないのですが、当時は、キャンバス地のキスリングザックとかワイドザックとか呼ばれていたもので、布地をザックの形状にカットして縫い合わせただけのものでしたので、うまく詰めないと担ぐこともできない代物でした。私も、見よう見まねで詰めて持って行ったものを先輩に詰めなおしてもらったものでした。生物部の合宿なので、荷物を担いであることはあまりなかったのですが、荷物自体はかなりの重さでした。その主因は、テントでした。高校で貸し出してくれるテントは米軍払い下げのもので布地はすごくしっかりしたものなのですが、フレームは重い木製でかなりの太さがあり、1張のテントを数人で張分担して持ったのですが、とにかく重かったことだけよく覚えています。今は、テントもザックも性能がよくなっていて、若い方には当時のことは想像もできないでしょう。
 新宿発の最終鈍行は、山梨県内の韮崎や日野春あたりのスイッチバックの駅でかなり長い時間停車し、時間調整していました。入笠山に入る拠点の青柳駅には十分に明るくなってついたように記憶しています。今では入笠山の拠点は富士見駅となっていますが、当時は諏訪交通(だったように記憶しています)の定期バスが青柳駅と入笠山を往復していました。ボンネット型のバスに揺られ、昆虫であふれていた入笠山に入りました。今では信じられないくらいの量の昆虫を目にし、圧倒されました。
 合宿は、入笠小屋の前の鐘打平のキャンプ場にテントを張って行いました。テントでの生活も、キャンプでの自炊も初めての経験でした。というよりも本格的な昆虫採集というのも初めての経験でした。私は、大半の虫屋さんのように幼いころから昆虫採集をしていたということではなく、中学3年の夏に突然昆虫採集を開始しました。今となってはどのようなきっかけで昆虫採集を行ったのか定かではありませんが、その当時、母に保育社の簡単な「蝶・蛾」と「昆虫」の図鑑を買ってもらっていて、それを読んで刺激を受けたこと、高校に入学とともに生物部に入って夏合宿を経験したことが、その後の50年のライフワークの原点になったことだけは確かです。入笠山夏合宿がなければ今の私はなかったでしょう。
 50年後、私はマレーシアのLangkawiに滞在して連日セセリの採集を行っています。当然、1968年7月24日夜、新宿駅に集合した時の私には50年後の姿は想像もできませんでした。