オーナーさんの突然の入院・手術、獣医師さんたちとのトラブルがようやく落ち着いたと思ったところで、台風による大雨。引き続いて梅雨入り。

山道を登る道は、普段から使う人が少ない(ほぼいない)ので、大雨による土砂の流出の後片付け、倒木の処理は進んでおらず、加えて「牧場」に向かう道は私道なので市や町が面倒を見てくれるところではなく、ほぼ放置されたままになっている。

台風でなくても、少しの雨で泥濘んでしまう山の中の「牧場」に行くのは、容易なことじゃないのに、長雨の続くこの時期。

 

オイラの移動手段といえば、愛車1号は雨の日に乗る気にはなれず、愛車2号は6Vで頼りない。愛車3号の自転車で山道登れというのはそもそも無理。

農家からお借りしていたアクティ・アタックは、大雨の後処理やら農作業やらで駆り出すタイミングではなし。

歩いていける距離でもない。

馬たちは(牛もだけど)、とても敏感で気が弱く、人の気持ちを良く聞いてくれる、心優しい生き物なので、台風が続いて大雨が降り強風が吹く状態の中、屋根が一晩中ガタガタいう状態は、きっと心細いだろうなと想像に難くありません。

 

そういえば、日本ダービーでゴール直後に急死してしまったレース馬には涙しかありません。

騎乗していたジョッキーやレースを運営している人たちは、金儲けの手段としてのみ馬を扱っていたことが明らかです。

なぜなら、第3コーナーあたりで喘いでいたのだからその時に競走を止めれば良いのに、そこから更に鞭を入れてゴールまで走らせるジョッキーの鬼行。

走れない状態なのに、真面目で、気持ちの優しい馬は、なんとかして人間の期待に応えようとゴールを目指したのでしょう。

3歳馬という若馬が、人間の勝手な都合で走らされ、心臓麻痺で命を落とす。

理解できません。

レース中に調子を落としたあたりでレースを終えていたならば、もしかしたら命をなくしてしまうことはなかったのかもしれないと思います。

酷い話です。

 

そういえば、同じ日本ダービーで、スタートのゲートが開いた直後にジョーキーを振り落としたのにゴールまで走り切った馬もいました。

この馬も、きっと人間の期待に応えよう、ゴールまで行こう、という気持ちで走り切ったのでしょう。

馬とは、なんと優しい生き物でしょう。頑張り屋さんです。

 

馬は人の望みに応えようとします。人間とは違います。人間と馬は上下関係にある生き物でもありません。そうした人間の奢った「上から目線」が今回の悲劇を生んだ根本のように思います。馬は嘘を言いません。嫌いな人間は嫌い、好きな人間は好き、とはっきり意思を表します。人間は自分を優先します。面倒な人や訳の分からない人は放置され、他人を無視して自分を守るのが人間という生き物です。馬とはまるで違う生き物です。

多くの人間には、馬たちや牛の気持ちがわからないのでしょう。普段からのやり取りを通じてお互いの気持ちを理解していないのでしょう。

博打に興じる人間の精神レベルの低さ。バカ丸出しです。みっともないです。

 

エリート馬であるレース馬であれば、人の気持ちを理解して応えようとする気持ちは、他の馬に比べても高いものだろうと思います。

「馬の老人ホーム」にいる老馬たちからは、彼らの気持ちが素直に伝わってきます。

彼らは元レース馬ですので、彼らは彼らの気持ちを人間に伝えてきます。オイラですら分かります。世界でも有数の人間嫌い、人見知りのオイラですから、動物の気持ちはなおさら良くわかります。

彼らには、人間の言葉は確実にわかっているし、(多分)馬同士で会話しているのではないかなということを感じる場面があります。

お互いに気持ちが通じてくると、イタズラしてくる馬もいますし、甘えてくる馬もいます。へそ曲りの時もありますし、元気一杯の時もあります。

でも馬は嘘をつきません。正直な可愛いやつです。

 

そんな馬の「人の期待に応えよう」という正直な気持ちが、こんな悲劇を招くとは。

「牧場」の馬たちも、かつては単なる金儲けの手段として扱われてきました。性格が悪い、とか、勝ち目がない、とかの人間の勝手な理由で去勢されてしまったり、乗馬馬に売り飛ばされたり、肉になってしまいそうだったのをオーナーさんが救い出したのです。

今はゆったりと、競争社会から離れたところ、理解のない、お金にしか興味のない人間たちから離れたところで、安心して生活できていることで、性格も健康も大幅に改善しています。鞭で打たれることも、無茶苦茶走らされることもないです。なにしろ相手しているのがご老人(オーナーさん)とオイラ(極度の人見知り)ですから、痛い思いをすることはありません。穏やかなものです。

ちなみに「牧場」にいる牛は、ジャージー牛のオスで、「オスは乳を出さない」(だから無駄)という理由で、生まれた直後に殺されて畑の肥料にされるところをオーナーさんが助けた牛です。牛の場合も「金儲けの手段」としてしか考えられていないのですね。人間って、どこまでバカなのでしょう。「牛乳が余っている」とか大騒ぎしている人がいますけど、そもそも売れないものを作りすぎ、金を掛けすぎて高コストになりすぎで、ビジネスとして成り立っていないだけのように思います。農協の指示通りに生産して卸せばお金(補助金)が手に入るというぬるま湯に浸かった「茹でガエル」と言っても良いかもしれません。牛の顔面に蹴りを入れる人がまともな管理ができるとは到底思えませんし、ましてや牛の気持ちがわかるわけありません。もっと頭と心を使いましょう。

 

いわゆる競馬馬には月あたり最低でも50万円からの育成費用が必要だと言われていますし、中央競馬ならば尚更お金がかかるでしょうから、金儲けにならない馬、勝ち目のない馬、扱いの難しい馬は「不要」という烙印を押されてしまうのは、人間の勝手な都合に過ぎず、馬の命の扱いを単に「カネ」の尺度にしてしまってるとしか思えません。

 

でも、「牧場」の馬たち、牛は、金儲けからは離れたところで生活していますけれど、人間の管理下にあることには変わりなく、病気明けの、しかも高齢のオーナーさんの手に委ねてしまっている状態にあります。しかも梅雨入り以降は、手助けすべきオイラが牧場に行けない状態が続いています。

なんとか行って、様子を見たいところですが、どうしようもありません。

軽トラ四駆を購入しようかな、中古で十分だし、なんて、お金のやりくりをしてみたりして、なんとか出来ないものかと心配の日々を過ごすオイラです。