警察署内で「聞き取り」を受けるオイラ。

「オイラさんがご存知かどうかわかりませんが、部屋で一人で亡くなってしまった場合、まずは第一の連絡先としては警察となります。

警察で「事件・事故」か「事件・事故ではないか」かを判断します。「事故・事件」となれば継続して警察で捜査しますが、「事件・事故ではない」となった場合、この場合は病気が主ですが、死因を特定するために法医解剖の対象になることがあります。解剖の結果、改めて「事件・事故」の捜査に着手することもあります。もっとも「事故・事件」の場合と判断した場合でも死因を明らかにするために司法解剖されることがありますけどね。」

「そうですか・・・」

「オイラさんはこれまで□□さんの様子で変わったところに気づきましたか?例えば病歴とかご存知でしたか?」と警察の方。

「確か、以前はすごく太っていて、糖尿病の薬と痛風の薬を飲んでいるというようなことは話していましたけれど、そうして数年経ったうちに急激に痩せてしまった記憶があります。とは言っても、年に一度会うか会わないかの繋がりですので、随分前の話ですけど・・・」

「最近会ったのはいつ頃ですか?」

「この数年、ずっと会っていませんでした。最近も、確か去年の春先、連休ころ、花見に行こうと誘われたのですけれど、すっぽかしているうちに桜がすっかり散ってしまって、それきり会わずにいたので、もう何年も会っていなかったです。」

「それが何故、今回□□さんの部屋に?」

「□□からメールが来たからです。暫く会っていないけれど会おうよ、コロナだけど正月だから会いたいね、って。年末だし、暫く会っていなかったし、たまには会っても良いかなと思って。これがそのメールです。」

と言って、□□からのメールを見せる。

メールの発信日は昨年の12月23日の午後、部屋に来るように指定された日は28日。

23日午後の時点では□□は生きていたということになる。

「なるほど。ところで□□さんのご家族とか親しい方とかご存知ですか?」

「いいえ、特に親しい人とか聞いたことないです。ご家族も、確かお兄さんがいるとかいないとか、聞いたような気もしますが、はっきりとは覚えていません。」とオイラ。

 

そうして、書面にサインをし、「ご協力ありがとうございました。今後、また何か教えていただく場合にはこちらから連絡します。進展ありましたら可能な範囲でお知らせします。」と言われて、警察署を後にする。

 

自転車に跨るのだけれど、何故か気持ちがクサクサして、自分の部屋に直行する気になれないので、警察署から少し離れた河川敷に向かうことにする。

それにしても警察の「聞き取り」ってのは、どう考えても「すべての人を疑っている」やり取りとしか思えない。言葉使いは丁寧を通り越してやり過ぎだけれど、そのやり過ぎ度合いが度を過ぎていて、そのくせ目つきだけはギラギラしていて、オカシサを増長してしまっている。無機質な、人間味の無い気分、まるで画面に向かって翻訳機と会話しているような気持ちになる。

オイラはこれでも営業の分野で丁々発止をしてきた人間。日本人とも外国人とも日本語、英語を使って世界中と「喧嘩」してきた人間だ。当然、痛い目にもあっている。その経験から、相手の心をやり取りの中から汲み取るように訓練されているのさ。だから、こちらの心の隙は絶対に見せないようにしているのさ。どんな時も。

そして、もし仮に、そのオイラの「隙のない」受け答えが、あなた(警察)の「猜疑心」を生んでいるとしたら、それはそれであなた(警察)にも他人の心を知ることができるようになってきているということなのさ。つまりそれが「経験」ってものだよ。まぁでも、まだまだオイラは発展途上だけど、この警官はオイラと渡り合うことができるレベルじゃないけどな、ハハハ。

 

自転車で走る途中、何も考えずに走っていることがあり、あぁ、自転車に乗るとこういう気持ちになるのね、暫くぶりだなと感じる。何故か寒風が気持ちいい。

 

河川敷には誰も居ない。

そりゃそうだ。この寒風じゃ、誰も来やしない。

おまけに小雪がチラチラと舞ってきているんだから、人なんか河川敷に来るわけない。

オォ〜!と大きな声を出してみる。

大きな声を出しても、冷たい風にかき消されるだけだ。

それでも、何故か気持ちがスッとする。

 

それにしても、部屋で死ぬのはのちのち面倒なことになるのだな。

オイラの同居人はインコさんだけ。インコさんはオイラの話し相手にはなってくれますが、他人との関係性はありませんから、オイラが死んでも誰かに報せることはできません。お腹を空かせて、オイラと一緒に天に昇るだけです。

半同居人のカゴ猫さんは、自由気ままな自由猫ですので全く頼りになりません。カゴ猫さんも話し相手にはなってくれますし、時々助言してくれますが、それもカゴ猫さんの気分次第です。オイラが居なくても、恐らく近所の誰かが今まで通りに面倒を見てくれるでしょうし、オイラが死んでも自転車があれば寝床はあるのだから一向に構わない生活が続くでしょう。

勤務先からも離れて(辞めさせられて)しまっていますので、勤務先から「出勤状況」の確認がされることはないですし、そもそも緊急連絡先すらありません。

今や頼れる近くの人は馬の老人ホームのおじいさん、遠くは故郷のお袋しかいないのだという現実に気づきました。車仲間には良い人もいますが、とんでもない「迷惑老人」もいます。油断大敵。個人情報は渡せません。

 

あぁ、人間関係って大切。

それに、部屋で一人きりで死ぬのって、警察沙汰になるんだね。

法医による解剖ののち、死亡診断書が出てこない限り、葬儀すら出せないんだからね。

面倒なことになるし、そもそも一人で死ぬのは寂しすぎるよな。

それにしても□□の葬儀は誰がやるのだろう。

オイラ?

いやいや、オイラはただの知り合いで、友人でも、親類でもありませんから、他人の葬儀の段取りをつけるなんて勘弁です。

死亡診断書の受け取りを警察から依頼されたとしても辞退します。

 

気ままな一人暮らしも良し悪しだな。

そんな正月を迎え、今年の目標に「信頼できる人を見つける」を追加したオイラでした。(終)