今回は「魔王」「グラスホッパー」「魔王 JUVENILE REMIX」に続き、先輩からお借りした伊坂幸太郎さんの「モダンタイムス」を読みました。

魔王」を読み終わった後、「モダンタイムス」もぜひ読んでみたいと思っていたので、楽しみに読み始めました。

 

なるほど!

”「魔王」の続編”という私の認識は誤りで、”同じ時系列上にあるほぼ別の話”でした。

魔王」から見れば”後日譚”と言えるかもしれません。

 

しかしこれを独立した作品として捉えると、とても重厚なテーマを取り扱った物語であり、その中でも伊坂節ともいえる読みやすい文体と生き生きとしたキャラクターたちが織りなす物語はとても面白かったです。

 

読んでいる途中は「ゴールデンスランバー」と系統が似てるな~と思っていました。

コールデンスランバーは2007年、モダンタイムスが2008年に発売なので近い時期に執筆されたためテーマが似たのだろうかと思っていました。

 

そうしているうちに読み終わって、巻末のあとがきで伊坂さん自身が「類似点がある」とおっしゃっているので、この頃の伊坂さんはインターネットの発達や在り方、さらには国家の在り方に不安や思うところがあったのでしょう。

 

そして政治問題、インターネット問題や社会問題を文字にすると、この日本の将来はどうなってしまうのか不安で仕方がありません。

 

『知らないことにぶつかったら検索する』は現代社会ではみんなやっていますし、現実にサーチエンジン側で特定の言葉が検索されたら検索元を割り出すことは造作もなくできることだと思います。

しかも最近では某会社のネットワーク製品を使うと、その製品を通った情報がすべて本国へ送信されているのではという報道がありましたから、物語の話も荒唐無稽だとは思えません。

 

情報社会は居ながらにして情報を集約できる半面、全てを管理できてしまうので使う側のモラルが問われます。

作中でも検索システムは潤也が犯罪抑止になるならと導入に関わっていたそうですが、結局国家の監視の道具に使われてしまうので、これも使う側(国家や政治家)のモラルの問題でしょう。

 

またこの作品において後半は『システム』という言葉が多用されます。

そしてゴッシュの会社見学で渡辺は”悪者はいない”という感想でしたが、情報収集から拷問、殺人までを「システム化」した悪人はいるのではないでしょうか。

そしてこんなことは日本では恐らく政治家またはその政治家に働きかけた黒幕(大富豪など?)しかできないと思います。

 

結局、国家の存続という大義名分を唱えて「そういうシステム」と言い訳をしても、それを政治家か官僚か、それとも大富豪か分かりませんがシステム化した人間がいつの時代にもいるはずです。

そしてその人間は国家存続のためではなく、自分たちの存続という私利私欲で動いているはずです。

しかしそれさえも”国家”から見たら、存続のための変化の一部だというのでしょうか・・

 

その動きや変化の全体像が国民には知らされないから、国民はその部分だけ切り取って「そういうシステム」と言うしかないのでしょう。

もっとも国民は全てを知らない方が幸せなのか、それが国家として正しい在り方なのか。

難しい問題だと思います。

 

さてテーマが難しく考えされることが多かったですが、ここから私のどうでもいい雑感を書いていきます。

 

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佳代子はいったい何者なのでしょうか?

私が今まで読んだ5つの伊坂さんの作品には異色のキャラクターのオンパレードでしたがその中でも異色な感じです。実態がつかめなさ加減は半端ないですね。

 

なお私がこの物語で一番胸がスカッとした展開は、国際パートナーホテルで佳代子が緒方たち相手に戦ったところでした(笑)。

 

作中に出てくる『井坂好太郎』はあとがきで『名前を考えるのが億劫だった』とおっしゃっていますが、多少なりとも伊坂さんが思ってることを言わせているのではないでしょうか。

 

特に小説を映画する時の話は視聴者みんなが思っていることを的確に表現しています。

伊坂さんの原作が映画化されるとき、伊坂さんはもしかして「ここは削ってほしくないんだよな~」とか思っているのでしょうか。

 

ゴールデンスランバー」に似てると上述しましたが、この作品も同じように得体の知れない何者(国家?)はやることが回りくどいと思います。

 

人を一人陥れるのに、役割分担するの関係者(この物語の中では「部品」)が多いのも非効率です。

絶対に自殺しなさそうな加藤課長を自殺させたり、大石倉之助にちなんで電車で47人で婦女暴行と言うのをでっち上げたり。

(ちなみに電車の中では省略すると「電中」(でんちゅう)になるから「殿中」にかけたのか・・)

 

緒方が『負のエネルギーや感情は伝播する』と拷問してから生かして返せば、その恐怖が伝播し反旗を翻すものがいなくなる様な事を言っていましたが、この方が禍根を残すと思うんでけどね。

なんにしても回りくどいことをやっているな~と思うばかりです。

 

そもそも播磨崎中学校で超能力の研究をしていたそうですが、日本でやっていたなら外国はもっと大規模にかつ秘密裏にやっていることでしょう。

そして独裁国家や一党が強力な支配体制を敷いている国家は、人権を無視した方法で超能力部隊を組織していることでしょう。

というより国家レベルで重要なら日本は堂々と「超能力者募集!」とやればいいのではと思いますね。

 

グラスホッパー」にも通しますが、伊坂さんは“胡蝶の夢”がお気に入りなのでしょうか。

渡辺がゴッシュに向かう途中の車内で”元に戻る夢を見るという夢を見た”という入れ子構造のややこしいエピソードが挟まれてますし(笑)。

 

”指導者や英雄は鍋の出汁、料理に貢献するが料理には入らない”という見方はとても斬新に感じました。

しかし支持する国民から見たら指導者は”料理の中心”だと思うでしょう。

国民がそう思うならいいのですが、当の指導者たちは”自分がメインディッシュ”と思ってそうですし、その役割を国家や国民のためと思っているかどうかも分からないのが不安ですが・・

 

上述で「国民は全てを知らない方が幸せなのか、国家として正しい在り方なのか」と書きましたが、素人の私は国民目線で見た、国家と国民の理想的な在り方は、中国の神話の名君である「」のエピソードの『帝力何ぞ我に有らんや』にあるように、国民が国家や政治を意識せずに平和に生活できることかな~と思います。

 

そしてこれは物語の中の「指導者は鍋の出汁である」と同義ではないかと思います。

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さて伊坂さんの作品は「マリアビートル」を借りています。

グラスホッパー」が面白かっただけに実に楽しみです。

 

(個人的評価)

面白さ    ☆☆☆

登場人物   ☆☆☆☆☆

重々しさ   ☆☆☆☆☆

政治への不安 ☆☆☆☆☆