山中三日目の朝は、やはり満点の星空の下だった。
夜半に風が強まりテントのバタつく音で目が覚めていたので天候悪化を心配したのだが杞憂だったようだ。
なにせ天気予報ではこの数日後に台風がやってくるという話だ。
早めに影響が出たのかと焦ったではないか。

今日も朝暗いうちから行動を開始する。
前日の剱岳のように渋滞を心配しているわけではなく、今日は単純に行程が長いからだ。
奥大日岳経由で称名滝まで、およそ1600mを下っていかなければならない。




三日目の朝、行動開始! 




まずは新乗越まで登り大日岳方面への縦走路へ 




盛んに噴気を上げる地獄谷 




稜線に出る頃には白白と夜が明けた。
朝日が山々を染め上げ、我々が向かう道のりも天空に浮かび上がる。
右手には剱岳が天を突いて聳え立ち景色の中で圧倒的な存在感を放っている。
昨日、別山乗越を越えるところで見納めかと思っていたが、まだしばらくはその勇姿を眺めながらの山行ができそうだ。





稜線散歩♪ 




剱岳にまた会えた! 




室堂乗越から室堂への道は廃道となっている 



なだらかな道が続く

 

 

ところどころにある水たまりは残雪の名残だろうか?




やがて完全に夜が明けて夏の日差しが山々を照らし始めた。
強い日差しが山並みに陰影を描き、地形がくっきりと浮かび上がる。
空は青く透き通り北アルプスの山々もスッキリとその姿を見せてくれた。
今日も天気は良さそうだ。
やはり稜線歩きは天気が良くなくては魅力が半減…半減どころの話ではないな。



あーたーらっしーぃあーさがきた!
  


陰影くっきり


 

北アルプスの山々



青空へと続いていく稜線の道




特に難所も苦しい登りもなく、鼻歌交じりに稜線をたどっていく。
すると目の前に三叉路が現れた。
なんと奥大日岳の山頂への入り口だった。
あまりにもあっさりと着いてしまい拍子抜けだ。

これで今回目標にしていた立山・剱岳・奥大日岳の三山の頂を極めたことになる。
最近、立てた計画が思惑通りに進むことが少なかったので今回の山行は久々に気持ちよく決まった。
なんだか「やりきった感」に浸ってしまったが実のところ先はまだまだ長いのだ。
気を引き締めてかからねばなるまい。




なんとなく歩いていると三叉路が




奥大日岳山頂 




大日小屋や大日岳に続く稜線



称名川の対岸に弥陀ヶ原の平野が見える 





あまり話題になることはないが奥大日岳山頂直下は事故多発地帯らしい。
室堂で登山計画を提出した時、剱岳についてはなにも言われなかったのだが奥大日からの下りは注意するようにと念を押された。
つい最近も転落死亡事故があった、などと聞かされたからには警戒してかからねばなるまい。

実際、山頂付近でいきなり登山道がゴッソリ崩壊していたり、不安定なガレ場の急下降が連続していたりと最初から難しい場所が続く。
メインルートではないとはいえ、北アルプスの一角なので整備は行き届いているのが救いだ。


怪しい場所には太い鎖が架けられているし、鎖だけではどうしようもないところにはハシゴさえかけられている。
しかしそれでもなんとなく怖い場所だ。
なんだろう、地質の影響なのか地面が不安定な気がする。
うっかり変な場所を踏もうものなら足をすくわれそうな…嫌な感じだ。

その他にも風が強かったら怖そうな痩せ尾根や、大きな岩伝いに池塘を避けていく場所など全体的にアスレチック要素が強く大荷物を背負った我々は次第に削られていった。
奥大日岳から大日小屋にかけての区間はこのルートの核心部と言って間違いなさそうだ。
剱岳を制した我々に怖いものなど無いわ!などと思っていました。
傲りでした、すんません、すんません。




奥大日岳山頂直下は事故多発地帯

 

急ながれ場 



連続する鎖場

 

緑に覆われているが痩せ尾根だ



落ちたらあの大亀裂に吸い込まれそうな錯覚を覚える



道が消えた… 



…上に行けってことらしい



勝手に命名、ライオン岩! 



再び、岩場の急下降 



ハシゴもある



このあたりは崩れやすく足元が心許ない 



ソーメン滝?
誰だよ、こんなすっとぼけた名前付けたの

 

なんとか無事に奥大日岳から下りきって一安心。
いやぁ、やばい下りだったぜぇ…。
足場が悪いのに重い荷物が後ろからズンズン押してきて…何度と無く嫌な汗をかかされた。
なるほど、たしかにここは要注意箇所だわ。納得。

鞍部から大日岳に登り返す。
このあたりの山肌には中世ヨーロッパの古城を思わせるような岩が屹立していて独特の景観を成している。
「七福園」と名付けられた天然のロックガーデンなどもあり目に楽しい。

ふと振り返ると立山、室堂がだいぶ遠くになったことにも気づく。
七福園のある小ピークから少々下降するとすぐに大日小屋だ。
大日小屋を過ぎれば長々と続いてきた稜線歩きも終わりとなり、下界へと向かって降りていくことになる。
気分的にはこのあたりで北アルプスの旅も終了といったところか。




鞍部まで降りてきて一安心 



古城を思わせるような岩峰 



七福園 



立山・室堂もはるか彼方へ

 

大日小屋が見えてきた




大日小屋に到着するとちょうど布団干しタイムだったようでテラス前は生活感ただよう空間になっていた。
昭和感漂う寝具も相まって写真を見せながら「昔の長屋の中庭の様子だよ」って説明しても信じてもらえそうだ。

テラス周りは下町のようだが、そこからの景色は絶品!
奥大日岳とその奥に剱岳がどっしりと鎮座している。
このテラスでビールでも飲みながら夕景の剱岳を眺めたりとかしたら最高だろうなぁ。
残念ながら「よし、ここでもう一泊」という時間でもないので、ベンチをお借りして休憩だけして小屋を後にする。


  

満艦飾の物干し台

 

剱岳の眺めは絶品だ 





大日小屋を過ぎると道はいよいよ下界へと向かって下降を開始する。
空の青から大地の緑へ、視界を染める色彩も標高とともに移ろっていく。
眼下に広がる大日平はまるでふかふかの絨毯のようで我々を優しく受け止めてくれそうな印象。
しかし実のところ足元の登山道は存外に急な下り坂で気が抜けない。
泥と苔が付着して滑りやすい岩も多いので安易な一歩は怪我の元だ。




大日平に向けて出発

 

穏やかな景色だが…

 

道は存外に急な下降路 



700mの標高差を一気に下り振り返ると見上げるような斜面が視界を埋めた。
この大斜面を一息に下ってきたのかと思うと感慨深いものがある。
しかし疲れてきたことも否めない。
標高が2000を切ったことと南に面して地形が開けていることで気温が急激に上昇。
道も険しかったが、それ以上にこの気温の上昇が疲労に拍車をかけてくるのだ。

大日平に入っても暑さは変わらず、楽なはずの平坦地歩きもなかなか厳しい。
むしろ湿度が高いからなのか不快指数は増したような…。
湿地帯ながら花の姿もあまり見かけない。
端境期なのかシーズンが終わってしまったのか…。
花を楽しみに歩いているツートンの足取りもこころなしか重いような気がする。





壁のような斜面

 

日当たり良好、大日平 



大日平山荘にて休憩
 


花の姿も乏しい



歩きにくい木段 



標高が下がってくると樹木が優勢に

 



登山道脇の樹木の間に深い谷が見えてくると称名滝に向かって最後の下りとなる。
「牛の首」という、なにやら不吉な名前をつけられた場所を過ぎると急な下り坂が始まった。
すぐ隣にある(であろう)称名滝と競うように、谷底へ谷底へと転げ落ちていくようである。
滝が削り取った急峻な斜面を行き来する道である。
やや強引に作られたと見えハシゴや急な階段も多い。

この最後の下りは疲れた体にはなかなか厳しかった。
上昇する気温、高まる湿度にヤラれまくりとうとう軽い熱中症の症状が現れた。
登山口まであと1キロも無い場所で長い休憩が必要になったほどだ。
これほど高温多湿になったのは南から台風が接近しているからのようだ。
暑さに弱い私には最悪のコンディションである。
休んで回復したから良いものの、今後に教訓を残す出来事だった。





樹木の向こうに深い谷が見えてきた 



道も激下り開始

 

落ち葉や苔で滑りそうで怖い

 

牛の首

 

あれは…称名滝の観瀑台だろうか?



あともう少しで下山できる、というものの… 



なかなか厳しい道が続く… 



若干熱中症の気配が… 






結局、予定より1時間遅れで下山完了となった。
最後はグダグダになったがなんとか無事に生還。
いや~、歩きごたえのある道だった…。




お疲れさまでしたー!!! 



せっかくなので称名滝を見にいく 



大迫力!



4度目の正直で挑んだ剱岳。
長らく待った甲斐あって絶好の好天に恵まれた最高の3日間だった。
最難関の百名山というイメージが自分の中で大きく膨らみ、とんでもない難所を想像していたのだが、思ったより冷静に登ることができた。
それでもちょっとした躓きが即死に繋がる場所なので緊張感は常につきまとってはいたが、快晴無風というこれ以上ない最高のコンディションで挑むことができて本当にラッキーだった。
登頂に成功したときは感無量であった。
登る前は一度登れれば十分と思っていたが今はもう一度登ってみたいとか思ってしまっている。
なんかこう、魔性の魅力を持ってるな、剱岳は。


おしまい