真如苑3
応現院、検索していただくとお分かり頂けるだろう、とんでもなく広い。立川は4年ほど前、色々あって結果、一日中酒を飲みながら廃人のようにさ迷い歩いた土地なのでよく覚えている。立川、国立、どちらも名前を聞いただけで憂鬱になる。
パンフレットの中を見てみる。
「永劫の聖地・親苑の荘厳を推進し まことの行いで融和世界を築く」
まず開くと上記の意味不明な文章が目に入る。続いてフォントが小さくなり、一段落挿入される。
「聖地はとこしえに変わらぬ洪徳の源、顕幽ひとつの魂の故郷です。不動明王勧請の立教から親苑は、教導院様のお命の上に真澄寺が、真導院様ご帰幽に接心道場が、そして、摂受心院様、摂受の大道を拓かれて発祥精舎が落慶。さらに真如教主様の常住還着により、万生(いっさい)鎮まる真如霊ちょうが建立されました。親苑こそ・海外全国の依処の始まりで、この度の荘厳は全ての仏舎が常住功徳の霊線に結ばれる尊い機会でもあります。」
全く理解できなかった私は、阿呆なのだろうか。写真がいくつか載っているが、それに関しては正直どれも素晴らしい。見事な写真だ。
応現院の入り口あたりに色々なオブジェがあって、結構見応えがある。最近「パワースポット」なんて気色の悪い言葉をよく聞くが、まさにパワースポット然としている。夥しい人の数で、9割は中年以上の女性だが、ここには若い人もかなりいる。
建物に入る直前に、社長が私に「お袈裟を首にかけなさい」と言った。周りの人々は皆、「真如苑」と書かれた袈裟を首にかけている。私はこの時、底知れない恐ろしさ、気味の悪さを感じて、嫌な気持ちになった。生理的に、受け付けられなかったが、これをかけないと中に入れないらしいので嫌々かけた。
中は図書館のような静けさで、信者が行列を作っている。団参の信者は、その県ごとに固まっている。並んだ先には、券売機が数台ある。食券?いや…あれは…「接心カード」を買い求める機械だ。接心にはいろいろ種類があるようで、「向上接心」「相談接心」「特別相談接心」「鑑定接心」などが ある。機械を見た瞬間、私は金のことを考えた。券売機、イコール、金の匂いがする。最低額は「向上接心」で1000円、たいした金額じゃないが、この会場に居る信者が全員1000円払うとなると…それ以外にも事前に払った1000円、法具の代金…
真如苑の信者はおよそ80万人と言われている。200万という数字もあるが、これは私みたいなにわか信者を入れた数字で、実質活動している信者は80万人。これは公式に真如苑から発表されている数だ。「向上接心」については月1回は行うべきだそうだ。それだけで80万人から月8億円。それ以外にも普段から「徳」を積まなければならないらしく、教団は「三つの歩み」として信者に義務付けている。「歓喜」、「奉仕」、「お救け」だ。それぞれ私なりの言葉で置き換えると「寄付」、「ただ働き」、「布教、勧誘」となる。
さて、応現院はとにかく広く、私は社長に連れられていろいろな部屋を廻り、その度に拝んだ。当然独特の拝み方があって、教わりながら行った。
正座の状態から数珠を取りだし、シュッとこすりあわせて、2回礼をする。礼をするタイミングで両手の平を上に向けて頭上にかかげる。ものすごく恥ずかしい。恥ずかしいけど大勢の信者がそれぞれ一心不乱に拝んでいるので、拝まない方が明らかに浮く。
それから、トイレに行くときも独特で、まずお袈裟をはずさなければならない。そして何やら念仏を3回唱える必要がある。私はひとつひとつ社長に教わった。非常に熱心な方だ。彼は本当に私を救いたいのだろうか。あるいは、上の位に行くには「お救け」にて何人勧誘するかが重要なので、私をどうしてもカウントしたいのかもしれない。後日、彼の息子から聞いた話だが、社長は「霊能者」になりたいと常々口にしていたそうだ。
色々拝み廻った後、最後に大広間に行った。総合体育館のような広さで、少なくとも1000人以上は集まっている。これだけいるのにほとんど私語を漏らすような信者はいない。
正座して10分ほどで、位の上の人だろう、壇上にあがり、演説を始めた。演説?説法?まあどちらでもいい。とにかく話始めた。どうやら事務の偉い方のようだ。大広間の向かって左右に、巨大なモニターがあり、その事務の男性を大きく映し出している。
その後、ソニンに似た若い女性が壇上に上がり、プルーフという行為を始めた。プルーフとは、語源はよくわからないが、自分の生い立ちから家族共々不幸になっていく話、そして真如苑と出会って人生はこのように変わった、素晴らしい、伊藤家に感謝です、という話を15分くらい行い、それから読経に入る。読経では彼女がリードボーカルならぬ、リード読経を務める。
大広間に彼女の声だけが響き渡り、絶妙なタイミングで他の信者が一斉に読経する。その声は皆本気で、しっかりとした音程をとっている。私はいきなり起こったその読経の凄まじい勢いに完全に飲み込まれてしまった。悪寒がした。体に読経の音が刻み込まれる、ここは日常の世界ではなく、非日常の世界であることがはっきりと伝わった。信者を見回すと、号泣している人が何人もいる。
私が立川で見たその行事は月3から4回行われる「法要」、だそうだ。
パンフレットの中を見てみる。
「永劫の聖地・親苑の荘厳を推進し まことの行いで融和世界を築く」
まず開くと上記の意味不明な文章が目に入る。続いてフォントが小さくなり、一段落挿入される。
「聖地はとこしえに変わらぬ洪徳の源、顕幽ひとつの魂の故郷です。不動明王勧請の立教から親苑は、教導院様のお命の上に真澄寺が、真導院様ご帰幽に接心道場が、そして、摂受心院様、摂受の大道を拓かれて発祥精舎が落慶。さらに真如教主様の常住還着により、万生(いっさい)鎮まる真如霊ちょうが建立されました。親苑こそ・海外全国の依処の始まりで、この度の荘厳は全ての仏舎が常住功徳の霊線に結ばれる尊い機会でもあります。」
全く理解できなかった私は、阿呆なのだろうか。写真がいくつか載っているが、それに関しては正直どれも素晴らしい。見事な写真だ。
応現院の入り口あたりに色々なオブジェがあって、結構見応えがある。最近「パワースポット」なんて気色の悪い言葉をよく聞くが、まさにパワースポット然としている。夥しい人の数で、9割は中年以上の女性だが、ここには若い人もかなりいる。
建物に入る直前に、社長が私に「お袈裟を首にかけなさい」と言った。周りの人々は皆、「真如苑」と書かれた袈裟を首にかけている。私はこの時、底知れない恐ろしさ、気味の悪さを感じて、嫌な気持ちになった。生理的に、受け付けられなかったが、これをかけないと中に入れないらしいので嫌々かけた。
中は図書館のような静けさで、信者が行列を作っている。団参の信者は、その県ごとに固まっている。並んだ先には、券売機が数台ある。食券?いや…あれは…「接心カード」を買い求める機械だ。接心にはいろいろ種類があるようで、「向上接心」「相談接心」「特別相談接心」「鑑定接心」などが ある。機械を見た瞬間、私は金のことを考えた。券売機、イコール、金の匂いがする。最低額は「向上接心」で1000円、たいした金額じゃないが、この会場に居る信者が全員1000円払うとなると…それ以外にも事前に払った1000円、法具の代金…
真如苑の信者はおよそ80万人と言われている。200万という数字もあるが、これは私みたいなにわか信者を入れた数字で、実質活動している信者は80万人。これは公式に真如苑から発表されている数だ。「向上接心」については月1回は行うべきだそうだ。それだけで80万人から月8億円。それ以外にも普段から「徳」を積まなければならないらしく、教団は「三つの歩み」として信者に義務付けている。「歓喜」、「奉仕」、「お救け」だ。それぞれ私なりの言葉で置き換えると「寄付」、「ただ働き」、「布教、勧誘」となる。
さて、応現院はとにかく広く、私は社長に連れられていろいろな部屋を廻り、その度に拝んだ。当然独特の拝み方があって、教わりながら行った。
正座の状態から数珠を取りだし、シュッとこすりあわせて、2回礼をする。礼をするタイミングで両手の平を上に向けて頭上にかかげる。ものすごく恥ずかしい。恥ずかしいけど大勢の信者がそれぞれ一心不乱に拝んでいるので、拝まない方が明らかに浮く。
それから、トイレに行くときも独特で、まずお袈裟をはずさなければならない。そして何やら念仏を3回唱える必要がある。私はひとつひとつ社長に教わった。非常に熱心な方だ。彼は本当に私を救いたいのだろうか。あるいは、上の位に行くには「お救け」にて何人勧誘するかが重要なので、私をどうしてもカウントしたいのかもしれない。後日、彼の息子から聞いた話だが、社長は「霊能者」になりたいと常々口にしていたそうだ。
色々拝み廻った後、最後に大広間に行った。総合体育館のような広さで、少なくとも1000人以上は集まっている。これだけいるのにほとんど私語を漏らすような信者はいない。
正座して10分ほどで、位の上の人だろう、壇上にあがり、演説を始めた。演説?説法?まあどちらでもいい。とにかく話始めた。どうやら事務の偉い方のようだ。大広間の向かって左右に、巨大なモニターがあり、その事務の男性を大きく映し出している。
その後、ソニンに似た若い女性が壇上に上がり、プルーフという行為を始めた。プルーフとは、語源はよくわからないが、自分の生い立ちから家族共々不幸になっていく話、そして真如苑と出会って人生はこのように変わった、素晴らしい、伊藤家に感謝です、という話を15分くらい行い、それから読経に入る。読経では彼女がリードボーカルならぬ、リード読経を務める。
大広間に彼女の声だけが響き渡り、絶妙なタイミングで他の信者が一斉に読経する。その声は皆本気で、しっかりとした音程をとっている。私はいきなり起こったその読経の凄まじい勢いに完全に飲み込まれてしまった。悪寒がした。体に読経の音が刻み込まれる、ここは日常の世界ではなく、非日常の世界であることがはっきりと伝わった。信者を見回すと、号泣している人が何人もいる。
私が立川で見たその行事は月3から4回行われる「法要」、だそうだ。
真如苑2
バスはゆっくりと走り出した。私はどんな服装で行けばいいのかわからなかったので、スーツにコートを羽織った格好だ。社長はあらぬ方を虚ろな目で眺めている。それから彼は携帯電話を使って誰かと会話した。私はバスの進行方向に向かって左側の一番前の窓側の席で、右隣に社長が座っていたが、小声で何を話しているのか聞き取れなかった。専門用語を多用しているせいで尚のこと会話の意味は理解できなかった。彼は電話を切ると、それから10分程黙ったままだった。それから、思い出したように「これ」と、法具一式を私に手渡した。
私はあらかじめ用意していた5,570円を社長に渡した。
そして、これから行くという、「応現院」のパンフレットを渡された。どうやらこのバスは立川に向かっているらしい。
A6サイズに折りたたまれたパンフレットの表紙だが、黄土色の背景全体に雪のようなドットが控えめに印字され、真ん中に「聖地親苑応現院団参」と、見栄えのいい明朝体、その左側に、英文字筆記体のフォントで「Shinnyo」と書かれている。また、「聖地親苑応現院団参」の下に縦横1mmくらいの英文字で、「Visit to the Sacred Site of Oyasono and Ogen'in」とあって、これはエキサイトの英文和訳によると、「OyasonoとOgen'inの神聖なサイトを訪問してください。」との意味だそうだ。
私は渡されたパンフレットの中身をサッと目を通そうとしたが、すぐに止めた。バスは真っ暗だったので、全く文字が読めなかったからだ。だから、後に応現院にて、「団参の方はこちらの列に並んでください!」などと案内のボランティア(’奉仕’という用語にあたる)が叫んでいるのを聞いた私は、「ダンサン?…ああなるほど、そういうことか。へへっ。ダンナサン的な意味ね。なるほど、信者はこういう呼び方されるんだな。」と大きな勘違いを起こしてしまうことになる。
バスは新潟駅、長岡、上越など県内各地を回り、信者を乗せて走る。県外に出たころにはバスは満員だ。9割方女性で、70歳代くらいの方が多い。若い子は一人もいなかった。
バスの中は出発時の陰気暗さはなくなり、高齢者の慰安旅行のような雰囲気に変わった。私は際立って若いので、信者から色々と話しかけられた。「シンジョウさんがね」というフレーズが頻繁に信者からは飛び出してくる。皆、野球好きなんかな、と最初は聞き流していたけれども、その「伊藤真乗」こそ、真如苑の開祖、創始者である。
彼は元飛行機技師で…というのはよそう。気になった方はwikiで調べてください。私は、私の見たこと聞いたことを書く。
到着したのが翌朝7時くらいだから、10時間くらいこの空間に居た。私は車酔いはしないのだけれども、バスは苦手で、この日は一睡も出来なかった。
車中、信者方の身に起きた不幸、そして奇跡の話を井戸端会議的に皆、次々と話す。このバスの中には不幸な人間ばかりがいる。社長も不幸な人間だった。私はそのことについてはよく知っていた。10年ほど前、社長の商品は店舗販売では全く売れなくなり、経営困難な状況に陥っていた。そして彼自身、奥さん、祖母と、皆病気になった。
話によるとその頃、すがる思いで「真如苑」に入信したらしいが、そのあたりの経緯は詳しくはわからない。
入信後、経営不振から抜け出し、裕福な生活を送れるようになったそうだ。ネット通販が上手くいった。ここで通常なら、成功したのは自分で考え、行動した結果だと、悦に入るのが人間だと思うのだが、社長は違った。「信仰のおかげだ」と考えたのだった。そういった傾向は彼だけでなく、信者全員に共通しているようだった。
バスが到着した。各県から団体で来ているようで、その人数の多さに驚いた。たくさんの奉仕の方々が我々を迎える。応現院に入る。
「おかえりなさいませ」
と、奉仕の方々に声をかけられる。因みに帰るときは、
「いってらっしゃいませ」
と言われる。
メイド喫茶の発祥の地であろうか。
続く
(誤字、脱字が多いかと思いますが時間があまりないのでご容赦下さい。)
私はあらかじめ用意していた5,570円を社長に渡した。
そして、これから行くという、「応現院」のパンフレットを渡された。どうやらこのバスは立川に向かっているらしい。
A6サイズに折りたたまれたパンフレットの表紙だが、黄土色の背景全体に雪のようなドットが控えめに印字され、真ん中に「聖地親苑応現院団参」と、見栄えのいい明朝体、その左側に、英文字筆記体のフォントで「Shinnyo」と書かれている。また、「聖地親苑応現院団参」の下に縦横1mmくらいの英文字で、「Visit to the Sacred Site of Oyasono and Ogen'in」とあって、これはエキサイトの英文和訳によると、「OyasonoとOgen'inの神聖なサイトを訪問してください。」との意味だそうだ。
私は渡されたパンフレットの中身をサッと目を通そうとしたが、すぐに止めた。バスは真っ暗だったので、全く文字が読めなかったからだ。だから、後に応現院にて、「団参の方はこちらの列に並んでください!」などと案内のボランティア(’奉仕’という用語にあたる)が叫んでいるのを聞いた私は、「ダンサン?…ああなるほど、そういうことか。へへっ。ダンナサン的な意味ね。なるほど、信者はこういう呼び方されるんだな。」と大きな勘違いを起こしてしまうことになる。
バスは新潟駅、長岡、上越など県内各地を回り、信者を乗せて走る。県外に出たころにはバスは満員だ。9割方女性で、70歳代くらいの方が多い。若い子は一人もいなかった。
バスの中は出発時の陰気暗さはなくなり、高齢者の慰安旅行のような雰囲気に変わった。私は際立って若いので、信者から色々と話しかけられた。「シンジョウさんがね」というフレーズが頻繁に信者からは飛び出してくる。皆、野球好きなんかな、と最初は聞き流していたけれども、その「伊藤真乗」こそ、真如苑の開祖、創始者である。
彼は元飛行機技師で…というのはよそう。気になった方はwikiで調べてください。私は、私の見たこと聞いたことを書く。
到着したのが翌朝7時くらいだから、10時間くらいこの空間に居た。私は車酔いはしないのだけれども、バスは苦手で、この日は一睡も出来なかった。
車中、信者方の身に起きた不幸、そして奇跡の話を井戸端会議的に皆、次々と話す。このバスの中には不幸な人間ばかりがいる。社長も不幸な人間だった。私はそのことについてはよく知っていた。10年ほど前、社長の商品は店舗販売では全く売れなくなり、経営困難な状況に陥っていた。そして彼自身、奥さん、祖母と、皆病気になった。
話によるとその頃、すがる思いで「真如苑」に入信したらしいが、そのあたりの経緯は詳しくはわからない。
入信後、経営不振から抜け出し、裕福な生活を送れるようになったそうだ。ネット通販が上手くいった。ここで通常なら、成功したのは自分で考え、行動した結果だと、悦に入るのが人間だと思うのだが、社長は違った。「信仰のおかげだ」と考えたのだった。そういった傾向は彼だけでなく、信者全員に共通しているようだった。
バスが到着した。各県から団体で来ているようで、その人数の多さに驚いた。たくさんの奉仕の方々が我々を迎える。応現院に入る。
「おかえりなさいませ」
と、奉仕の方々に声をかけられる。因みに帰るときは、
「いってらっしゃいませ」
と言われる。
メイド喫茶の発祥の地であろうか。
続く
(誤字、脱字が多いかと思いますが時間があまりないのでご容赦下さい。)
好きな子が出来た。
好きな子が出来た。
僕は右手に煙草を持ち、左手でパチンコ台を叩いた。バンッと、台は跳ねて揺れて、振動検知異常と画面に印字した。一斉に周囲の客は音に驚いてこちらを見た。もういい加減にうんざりした。このまま台に向かって頭突きしてその結果、死んでしまいたい、もしくは入り口に油を撒いて放火して眺めたい、そんな気持ちで帰り際、京楽の確定音が耳に入り、そいつを方向を睨み付け、冬のソナタ、「最初から今まで」が流れ始めるが何食わぬ顔で外に出る。煙草がまずい、梅雨前線が活発のようだ、外はずっしりと湿った空気で、ひどい雨だ。煙草が雨に濡れて憂鬱になる、うつむき加減に煙草が濡れないように吸う。
彼女は今日はいなかった。僕の好きな彼女はこんな陰気な湿った日に仕事したりしない。きっとこんな日には図書館にでも行って、流行りの推理小説を読みながら時おり外を眺めて、明日の天気のことを考えているのだろう。しんとした図書館に見事に溶け込んでいることだろう。僕は車のキーをくるくると手元で回して煙草を捨てる。踏みつけるまでもなく煙草は雨に打たれる。
僕はつくづくつまらない人生を送っているようだ。何故なら僕以外の人間は一様に幸せそうに見えたし、幸せだと言わんばかりの顔をしている。ホームレスの老人でさえ、さも幸せそうな顔をしている。目が悪いわけじゃない。また、客観的に見ても僕の人生は実にくだらない、ありふれた人生なのだろう。僕の頭の中では素晴らしいメロディーも素敵な映画も、綺麗な女性も何もかもがセピア色や灰色に寂しげに感じられる。
彼女の後ろ姿が僕は好きだ。彼女は綺麗で、セピア色で灰色で寂しげだった。僕が話しかけると、じっとこちらを見つめて首をかしげて、下を向く。パチンコの効果音がうるさすぎて聞こえていないのだと考えて僕は「君はどんな音楽が好きなの。」と繰り返し同じ質問をするが、彼女は黙ったまま踵を返す。言葉が通じなかった。韓国人だから。きっとそうだ。そうなるに違いない。
彼女が日本にやってきたのは5年前、ちょうど内戦が始まる前だ。5年前の内戦で日本の人口は3分の1に…というのは大袈裟か。彼女が日本にやってきたのは3ヶ月前、日本の文化に憧れて…いや、そんなはずはない。彼女は生まれたときから韓国人で僕は日本人だ。
車のキーを回すのを止めて、店に引き返した。彼女は客からの呼び出しがあったのだろう、玉で一杯の箱を空箱に交換していた。やっぱり、思った通り彼女は居た。僕は早歩きして斜め後ろから彼女に近づいて「君はどんな音楽が好きなの」と質問した。彼女は作業を止めて僕の方を見た。「えっ」と言って、明日の天気のことを考えた。「やっぱりそうだ、君は韓国人だ」と呟くと、鞄からキムチを取り出して彼女に「好きだ」ど、キムチを投げつけて抱き締めた。
僕は右手に煙草を持ち、左手でパチンコ台を叩いた。バンッと、台は跳ねて揺れて、振動検知異常と画面に印字した。一斉に周囲の客は音に驚いてこちらを見た。もういい加減にうんざりした。このまま台に向かって頭突きしてその結果、死んでしまいたい、もしくは入り口に油を撒いて放火して眺めたい、そんな気持ちで帰り際、京楽の確定音が耳に入り、そいつを方向を睨み付け、冬のソナタ、「最初から今まで」が流れ始めるが何食わぬ顔で外に出る。煙草がまずい、梅雨前線が活発のようだ、外はずっしりと湿った空気で、ひどい雨だ。煙草が雨に濡れて憂鬱になる、うつむき加減に煙草が濡れないように吸う。
彼女は今日はいなかった。僕の好きな彼女はこんな陰気な湿った日に仕事したりしない。きっとこんな日には図書館にでも行って、流行りの推理小説を読みながら時おり外を眺めて、明日の天気のことを考えているのだろう。しんとした図書館に見事に溶け込んでいることだろう。僕は車のキーをくるくると手元で回して煙草を捨てる。踏みつけるまでもなく煙草は雨に打たれる。
僕はつくづくつまらない人生を送っているようだ。何故なら僕以外の人間は一様に幸せそうに見えたし、幸せだと言わんばかりの顔をしている。ホームレスの老人でさえ、さも幸せそうな顔をしている。目が悪いわけじゃない。また、客観的に見ても僕の人生は実にくだらない、ありふれた人生なのだろう。僕の頭の中では素晴らしいメロディーも素敵な映画も、綺麗な女性も何もかもがセピア色や灰色に寂しげに感じられる。
彼女の後ろ姿が僕は好きだ。彼女は綺麗で、セピア色で灰色で寂しげだった。僕が話しかけると、じっとこちらを見つめて首をかしげて、下を向く。パチンコの効果音がうるさすぎて聞こえていないのだと考えて僕は「君はどんな音楽が好きなの。」と繰り返し同じ質問をするが、彼女は黙ったまま踵を返す。言葉が通じなかった。韓国人だから。きっとそうだ。そうなるに違いない。
彼女が日本にやってきたのは5年前、ちょうど内戦が始まる前だ。5年前の内戦で日本の人口は3分の1に…というのは大袈裟か。彼女が日本にやってきたのは3ヶ月前、日本の文化に憧れて…いや、そんなはずはない。彼女は生まれたときから韓国人で僕は日本人だ。
車のキーを回すのを止めて、店に引き返した。彼女は客からの呼び出しがあったのだろう、玉で一杯の箱を空箱に交換していた。やっぱり、思った通り彼女は居た。僕は早歩きして斜め後ろから彼女に近づいて「君はどんな音楽が好きなの」と質問した。彼女は作業を止めて僕の方を見た。「えっ」と言って、明日の天気のことを考えた。「やっぱりそうだ、君は韓国人だ」と呟くと、鞄からキムチを取り出して彼女に「好きだ」ど、キムチを投げつけて抱き締めた。
真如苑1
さて、突然ですが私はこれから「真如苑」について、語ります。特定個人・団体への誹謗中傷をする訳ではありません。ひとつの読み物、物語と考えて頂きたい。それでは、よろしくお付き合いお願い致します。
昨年平成21年10月初め、私は会社を休職することになった。同年12月初めに復職した。この期間に私は「真如苑」に関わった。
11月18日、某販売店が新店舗を建てる計画があり、その店舗の店長として私を迎えたい、という話が以前からあり、それにのってみようと思い立った。
その販売店の社長には小学生の頃より色々面倒を見てもらっていて、中学、高校と付き合いは続いていた。祭りの大好きな人で、酒でよく体を壊していた。彼の長男は私の同級生だということからも、私と彼ら一家との付き合いが深いことは理解して頂けるかと思う。中学、高校とコンピュータに堪能だった私は幾度となくwebに関する質問を受け、またそこでの対応における信頼を得ていた。
私は「話をうかがいたい」と連絡をとり、改築したばかりの事務所で、社長とお茶を飲んでいた。社長の奥さんは、何やらそわそわと落ち着きのない様子で私の周囲を歩き回り、ときおりお茶をつぎ足した。こういう理由で私は休職することになり、また、このように考え、その仕事を是非引き受けさせていただきたいと申し出た。
「そうだなあ、ある程度仕事を覚えるまでうちで働く必要があるな。○○(社長の長男)がやる気にならないと、店舗は出せない。また、病気に関しては治していただく必要がある。治療については、今まで通りの医者にかかっているだけでは完治しないと思うな。何故なら君はその医者にかかって既に4年にもなるが未だ何も改善されていないし、結果的に今回のように酷い状況に陥った。だからまず病気をどうにかしないといけないのだけれども…そうだ、俺にいい考えがある。」
と私に何やら紙を差し出した。
「この紙に君の名前と住所、生年月日を書き込むんだ。」
私はこのとき全てを理解した。
「君にとって絶対にプラスになるよ。真如苑はまさに君のような救いを求めてやってきた人に、ちゃんとした道筋を示してくれる。目から、耳から、とんでもなく鱗が落ちるような、もうとにかく救われるんだ。騙されたと思って、連いてきてみないか。…うちが真如苑を信仰していることを、君は知っていたのか。」
私は知っていたが、知らなかったふりをした。
11月19日、社長の奥さんよりメールがあった。
「こんばんは、○○です。昨日の約束覚えていますか?社長は、マジです!21日の21時10分に○○の駐車場が集合場所です。温かい支度してきてください。ちなみに車は、そのまま○○の駐車場に置いておきます。それでは、待っています。」
社長の妻からメールがあった。私は返さなかった。というのも、昨日既に打ち合わせ済みの内容だったからだ。またその際、千円支払った。参拝する際の料金だったのだろうか。よくわからない。
私はとりあえず行ってみることにした。
仕事も何も、何もかもないのだ。
11月20日、奥さんよりメール。
「○○ですね!メール届いていますよね?明日は…大丈夫ですか?」
「了解です、時間通り向かいます。」
11月21日、私は約束の時間まで近くの居酒屋でひとり酒を飲んでいた。これから東京にバスで向かう。バスで寝付くことが非常に苦手なので、酒の力を借りて寝てしまおうと考えたのだ。というのは後付けで、ただ酒が飲みたかっただけ、でもある。
時間通りにバス乗り場に向かう。辺りは当然真っ暗闇で、バスの灯りだけがボンヤリと浮かんでいる。まるで片道の、二度と戻ってこれないような…「オリエント急行殺人事件、死の片道切符」みたいなタイトルがつきそうなバスだ。私は急に不安になって…ということは全くなくて、酒を飲んでいるし、抗鬱剤、安定剤も飲んでいるので、特に不安も感じずバスに乗り込んだ。
乗り込むなり、「酒飲んだな。」と社長に言われた。酒は基本的に駄目な宗教らしい。抗鬱剤や安定剤はいいのだろうか。
バスは40人乗りだが、私と社長、運転手と信者1人の4人だ。
「まあいい…では運転手さん、出発して下さい。皆さん、出発します。」
もう一度申し上げるが、私たちは全員で4人だ。
続く
昨年平成21年10月初め、私は会社を休職することになった。同年12月初めに復職した。この期間に私は「真如苑」に関わった。
11月18日、某販売店が新店舗を建てる計画があり、その店舗の店長として私を迎えたい、という話が以前からあり、それにのってみようと思い立った。
その販売店の社長には小学生の頃より色々面倒を見てもらっていて、中学、高校と付き合いは続いていた。祭りの大好きな人で、酒でよく体を壊していた。彼の長男は私の同級生だということからも、私と彼ら一家との付き合いが深いことは理解して頂けるかと思う。中学、高校とコンピュータに堪能だった私は幾度となくwebに関する質問を受け、またそこでの対応における信頼を得ていた。
私は「話をうかがいたい」と連絡をとり、改築したばかりの事務所で、社長とお茶を飲んでいた。社長の奥さんは、何やらそわそわと落ち着きのない様子で私の周囲を歩き回り、ときおりお茶をつぎ足した。こういう理由で私は休職することになり、また、このように考え、その仕事を是非引き受けさせていただきたいと申し出た。
「そうだなあ、ある程度仕事を覚えるまでうちで働く必要があるな。○○(社長の長男)がやる気にならないと、店舗は出せない。また、病気に関しては治していただく必要がある。治療については、今まで通りの医者にかかっているだけでは完治しないと思うな。何故なら君はその医者にかかって既に4年にもなるが未だ何も改善されていないし、結果的に今回のように酷い状況に陥った。だからまず病気をどうにかしないといけないのだけれども…そうだ、俺にいい考えがある。」
と私に何やら紙を差し出した。
「この紙に君の名前と住所、生年月日を書き込むんだ。」
私はこのとき全てを理解した。
「君にとって絶対にプラスになるよ。真如苑はまさに君のような救いを求めてやってきた人に、ちゃんとした道筋を示してくれる。目から、耳から、とんでもなく鱗が落ちるような、もうとにかく救われるんだ。騙されたと思って、連いてきてみないか。…うちが真如苑を信仰していることを、君は知っていたのか。」
私は知っていたが、知らなかったふりをした。
11月19日、社長の奥さんよりメールがあった。
「こんばんは、○○です。昨日の約束覚えていますか?社長は、マジです!21日の21時10分に○○の駐車場が集合場所です。温かい支度してきてください。ちなみに車は、そのまま○○の駐車場に置いておきます。それでは、待っています。」
社長の妻からメールがあった。私は返さなかった。というのも、昨日既に打ち合わせ済みの内容だったからだ。またその際、千円支払った。参拝する際の料金だったのだろうか。よくわからない。
私はとりあえず行ってみることにした。
仕事も何も、何もかもないのだ。
11月20日、奥さんよりメール。
「○○ですね!メール届いていますよね?明日は…大丈夫ですか?」
「了解です、時間通り向かいます。」
11月21日、私は約束の時間まで近くの居酒屋でひとり酒を飲んでいた。これから東京にバスで向かう。バスで寝付くことが非常に苦手なので、酒の力を借りて寝てしまおうと考えたのだ。というのは後付けで、ただ酒が飲みたかっただけ、でもある。
時間通りにバス乗り場に向かう。辺りは当然真っ暗闇で、バスの灯りだけがボンヤリと浮かんでいる。まるで片道の、二度と戻ってこれないような…「オリエント急行殺人事件、死の片道切符」みたいなタイトルがつきそうなバスだ。私は急に不安になって…ということは全くなくて、酒を飲んでいるし、抗鬱剤、安定剤も飲んでいるので、特に不安も感じずバスに乗り込んだ。
乗り込むなり、「酒飲んだな。」と社長に言われた。酒は基本的に駄目な宗教らしい。抗鬱剤や安定剤はいいのだろうか。
バスは40人乗りだが、私と社長、運転手と信者1人の4人だ。
「まあいい…では運転手さん、出発して下さい。皆さん、出発します。」
もう一度申し上げるが、私たちは全員で4人だ。
続く
