いわゆる多数決において、自分が望んだ結果にならなかった、自分とは違う投票をした人のほうが多い、そんな時、騙す(騙される)人が多かったからだ、と言い出す人が少なからず湧いてくるのだけれども・・・

 

 

●古謝氏、完勝

 

沖縄県知事選挙、古謝氏が当選しました。

 

 

 

 

現職玉城デニー氏は、前回339,767票から、今回276,060票へと、激しく票を減らしています。

 

この結果を見る限り、およそケチの付けようがないくらい、はっきりと“ノーモア・デニー”という“民意”が示された、ように私は思います。

 

思いますが、それでもケチを付けずにいられない人というのは、何時でも何処でもいるもので。

 

 

●「認めたくないっ」

 

こんなポストがありました。
 

 

 

いや、もう、何でいきなり「騙した」とかいう話になるんですかね。

 

そりゃアナタご自身は、ずっと「面従腹背」で周囲の人間を騙してきたから。

 

そして、概ね騙すことに成功してきたから、そっち方面へ思考が向いちゃうのかも知れませんけれども。

 

 

だいたい、「騙した」と言う以上、騙したのは誰なのか、その誰かがどんな嘘を言っていたのか、あるいは、何か重大な隠し事をしていたのか、そこら辺を具体的に示さなければ、単なるボヤキでしかありません。

 

というか、投票前に、その嘘や隠し事を指摘すれば良かったのです。

 

それをしなかったなら話にならないし、していたと言うならばその指摘に説得力が無かったというだけのことでしょう。

 

 

●「真実」は1つじゃない

 

そもそも、アナタとアタシとで、見えているもの、信じているものが違うとき、ソコを、騙している、騙されている、と表現したところで、あまり意味のあることでもないですしね。

 

そういう表現をするに相応しいのは、全く利害関係のない第三者か、あるいは「神様」だけでしょう。

 

 

意図して騙した人がいる(かもしれない)、うっかり騙された人がいる(かもしれない)、そのこと自体は否定しません。

 

が、そういう人が選挙結果に影響を与えるほど大勢いたと考えるのは、どうなんだろうと思います。

 

ご自分が、何につけ騙そうとする人に囲まれているのか、あるいは、何につけ人を騙そうとしてそれに成功してきたか、そのどちらかなのではないかと、つい勘ぐりたくなりますね。

 

 

世の中は、騙す人と騙される人とで溢れていると考える。

 

自分が望んだ選挙結果であれば、そこはダンマリ。

 

望まぬ結果になったときにだけ、「こんなの選挙じゃない」と負け惜しみを言う。

 

だったら、一体どんなのが選挙なのだ?

 

自分が望む結果になったものだけが選挙だ、ということなのでしょうか。

 

 

●ヤバい人々、続々。

 

選挙後、タガが外れてしまった感のある人々に関する情報続々ですが、こうやっていろんなことが「見える化」するのは良いことです。

 

騙す、騙される、は、選挙の時だけではありませんしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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3ヶ月ほど前、豊橋の住民投票について色々蒸し返す人がいたので、少しばかり連投したことがあります。

 

 

 

 

 

 

 

私としては、住民投票に限らず、民主主義(本当は“民主制度”と表現すべきもの)の危うさを指摘しつつ、それを承知で折り合っていくしかないよ、ということを言いたかったのですが・・・

 

 

なぜ、ソコへ行く? こちらはそんなこと欠片も言ってないのに、な人。

 

 

 

まさしく「見ているものが違う」の世界なのですが、当時、一応反論しました。

 

 

 

 

こちら、具体的な指摘もなしに「出鱈目の情報を住民に訴えたり」したという前提でモノを言う人もいましたね。真に「出鱈目の情報」なら、まあ、良くはないですが。

 

 

 

そこから2ヶ月以上経ってから・・・

 

〈騙された人がそれほど多いとは思ってない、と言ってると言うことは、少なくとも騙された人がいるってことだね〉と、しょうもない指摘を得意気にしてくる人。

 

そのうえで〈ってことは問題点もわかってないと騙されたかどうかの判断はできないはず〉と、これは「???」な結論を導き出して一本取った気になっている人。

 

てかそもそも、私の方から「騙す/騙される」を言い出したわけではありませんし。

 

 

 

うん、まあ、いろんなところに、いろんな人がいる・・・ということで。