“オキナワ”の辺野古ボート転覆事故、それに関する文部科学省の「見解」について、「平和教育」「主権者教育」「教育の基本」等々を強調して批判する姿勢が、ある種の「自己紹介」になっていることに、彼等は気づかないのでしょうか?

 

 

「原爆で破壊された旧浦上天主堂鐘楼」

 

 

●キョートの敵をナガサキで?

 

いろんな意味で嘆息してしまうニュースです。

 

沖縄県辺野古沖で同志社国際高校(京都府)の修学旅行生を乗せた船が転覆し生徒らが死亡した事故を受け、文科省は「高校の教育内容が政治的中立性を定めた教育基本法に違反する」との考えを示し、学校側に改善を求めました。

 

これに対し、長崎の被爆者団体や教職員らによる会など13団体が会見を開き抗議の声をあげました。

 

 

いや、もう、何と言いましょうか・・・彼等の辞書に「萎縮」なんて存在しませんね。です。

 

「13団体」全ては「紹介」されていないのが残念なのですけれども、以下、茶々を入れながら読んで行きましょう。

 

 

●長崎原爆被災者協議会

 

長崎原爆被災者協議会の田中重光会長は、「事故の問題を平和教育にすり替えている。権力側が平和教育を抑え込もうとする姿勢が顕著に出たものだ」と批判しました。

 

⎯⎯「平和学習」を「平和教育」に「すり替えている」のは置くとしても、事故(事件)はその(教育)現場で起きたことですから。「抑え込もううとする」も何もありません。

 

 

また「沖縄に対する圧力は、決して人ごとではなく、広島や長崎でも起こりうることだ。私たちは抗って、平和教育を守っていかなければならない」と訴えました。

 

⎯⎯沖縄と広島と長崎と(に巣食う一定勢力)がウラで繋がってると白状しているように聞こえてしまいす。「私たち」にとっては、だからこそ切実な問題なのでしょう。

 

 

 

●長崎県原爆被爆教職員の会

 

長崎県原爆被爆教職員の会の山川剛さんは、元教師の立場から「安全管理の問題を、教育内容への過度な介入にすり替えたお手本のような事例だ」と指摘しました。

 

⎯⎯「過度な」という形容を付ければ何でも批判対象にすることができる、のお手本のようです。実際に「過度」か「適度」かは、文部科学省「見解」をそれぞれに確認して判断しましょう。

 

同志社国際高等学校の研修旅行等について(これまでの把握事項と文部科学省の見解) (PDF:374KB)

 

 

 

山川さんは、教育現場において「政治的」という言葉が悪い意味でばかり使われ、若者を政治から遠ざけてきた戦後の教育に疑問を呈しました。

 

⎯⎯そういう傾向があるのは確かです。が、それは、教育現場において実際に「悪さ」をし「悪行」を重ねてきた人達がいるからで。誰とは言いませんけれども。

 

 

「昨夜の大谷翔平選手の活躍をみんなで語るような気楽さで、日常的に政治が語れる状況を作るべきだ」と語り、今回の文科省の指導が「主権者教育を萎縮させる」と強い懸念を示しました。

 

⎯⎯前段については、まさに仰るとおりだと思います。けれど後段は、何故、それとこれとが結びつくのかしら? という疑念が湧くばかりです。

 

 

 

●長崎県被爆者手帳友の会

 

長崎県被爆者手帳友の会の朝長万左男会長は、文科省の判断の根拠について「非常にずさんで、理由付けが薄弱だ」と疑問を投げかけました。

 

⎯⎯「非常にずさん」かどうかは、文部科学省「見解」をそれぞれに・・・以下略で。

 

 

朝長会長は、乗船した船が日常的に抗議活動に使われていた事実があったとしても、「高校生たちがそれに乗ったからといって、自ら抗議活動をしていると認識していたとは到底思えない」と指摘。

 

⎯⎯文部科学省は「自ら抗議活動をしていると認識していた」なんて言ってませんよ。てか、それに近いことを言っていたのは、むしろアナタ達のオトモダチの方ではないですか。

 

 

生徒の意思確認が明確でないまま「政治的」と断定し、教育活動に制限をかけるような指導は「教育の基本に反する」と批判しました。

 

⎯⎯いやいや「生徒の意思確認」てどういうこと? 「(主に生徒が主体であるべき)学習」を「(基本教師に主導権がある)教育」に言い換えておいてソレを言うのか、って感じです。

 

 

 

とまあ、概ね一から九まで「分かりあえないなあ」といったところでして。

 

ぶっちゃけ、彼等が守りたいのは生徒の命(彼等の好きそうな「主権」と言い換えても良い)ではなく、自分達の立ち位置(何なら「特権」と言い換えても良い)なんでしょ、と思わなくもないです。

 

 

●彼等が守りたいものは何?

 

平和、人権、自然・・・

 

それらを守りたい、というのは、まあ、そうだと思いますけれども。

 

 

戦争反対、弱者救済、環境保護・・・

 

それらを訴えていくとなると、自ずと運動やら活動やらといった「政治」色を帯び、特定の勢力が引っ付いてきたりします。

 

 

引用した記事が言う「13団体」・・・

 

それぞれ、どれくらいの会員(構成員)がいるのか不明ですが、皆が皆、同じ考えではないでしょう。

 

おそらくは「執行部(上層部)」が勝手に(団体としての意見集約することなしに)態度表明をしているに過ぎないと思います。

 

 

大方の日本人は大人しいから、これまで、そういったことを黙認してきました。

 

けれども、誰もが個人としての意見を発信できるようになった昨今、そういった執行部(上層部)の「迷惑行為」について、物申す人が増えています。

 

 

オールドメディアが、一部の声を大きく扱って「世論」だと喧伝する。

 

各種団体執行部が、全体に諮ったわけでもないであろう自分達の考えを「団体名」で発信する。

 

 

そういうのは、もう通じません。

 

なのに、時代の変化に気付かず、こうやって「自分(達)を守りたい」故に「自己紹介」に及んでしまう。

 

 

お気の毒ではあるけれど、「末期症状」と言うか「断末魔」と言うか・・・

 

そういうことなんだろうな、と思わないでもないです。

 

 

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死を悼む、生を慈しむ、そして「神」を畏れる・・・

 

「教育者」たる者、まず、そう在ってほしいと思います。

 

 

 

 

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こちらは「風前の灯」?

 

 

 

 

 

 

 

実は、2022年12月に、こんなことを言ってたんです。

 

 日ごろのご愛読と日本共産党へのご支援に心から感謝申し上げます。

 

 暮れも押し詰まったなかですが、みなさんに率直にお伝えしたいことがあります。それは、新聞用紙代の大幅な値上げによって、ページ数を減らして「赤旗」をお届けしなければならなくなったことです。

 

 値上げによる大幅な経費増は避けられず、現状のままでは、「赤旗」の発行を続けることが、たちまち困難に陥ってしまいます。諸物価高騰で生活苦が広がるなか、購読料の値上げで対応することはできません。「赤旗」の安定的な発行を続けるためには、経費の縮減、具体的には減ページをせざるをえません。

 

 「しんぶん赤旗」日刊紙は、現在ブランケット判16ページを基本に発行していますが、来年1月から14ページ(日曜、月曜付と、祝日の翌日付は12ページ、年始は特別紙面)とします。現行タブロイド判36ページの日曜版は、来年1月15日号から32ページで発行します。

 

 

 

色々と言い訳してますが、着々と縮小(衰退)していますね。

 

「何でも反対」の「抵抗勢力」として、まあ、頑張れるだけ頑張ってください。