それは、いわゆるZ世代に限らない。むしろ保守/リベラル二元論に染まるオヤジ(女性含む)達こそ、エコーチェンバー、フィルターバブルに飲み込まれているのではないだろうか。

 

 

(私という人間を知ってか知らずか)ネット上でやたら勧められるたこちらの本、『不安の世代――スマホ・SNSが子どもと若者の心を蝕む理由』ですが・・・

 

 

 

世界250万部突破の話題作が、待望の邦訳。
苦悩する彼らと親たちへ、解決策を示した世界的ベストセラー。

 

 2010年代初頭、最初のZ世代が10代になった直後、世界中で10代の不安・うつ・自傷・自殺が急上昇し始めました。それは、スマートフォンが急速に普及した時期でもあります。因果関係はあるのでしょうか?

 

 実際、スマホの登場で「子ども時代」のあり方は決定的に変わりました。

 

 スマホが気になって、一緒にいるクラスメイトと会話が起こらない。注意力も散漫に。また、ネットいじめが横行するように。

 

 女子は、SNSで「イケてる」女の子の写真やショート動画を見ることを、やめられなくなりました。それらと自分を比べて自己評価が低下、不安で憂鬱に。女子のほうが、自傷・自殺の上昇率が大きくなっています。

 

 男子は、オンラインゲームとネットポルノに夢中になり、現実世界での経験が減少。現実での挑戦や冒険の機会が失われ、その結果いつまでも自信が持てず、無力感に苦しむようになっています。

 

 親たちは、つねに子どもの位置情報をスマホで確認しないと心配だと感じるようになりました。

 

 本書は、このような「スマートフォン中心の子ども時代」を経験した子ども・若者の心の健康の悪化とその原因をデータで提示、さらに具体的解決策まで示した世界的ベストセラーです。すべての親と教育者、子ども・若者にかかわる人たち必読の書と言えるでしょう。

 

 

 

図書館で予約、順番がようやく巡ってきたので、早速借りて読んでみました。

 

今回は、そちらからの引用メインで。

 

 

●「はじめに 火星人になりたい子どもたち」より

 

意味深なタイトルですが、要は、子供達が未知なる「スマホ人」になるのを、世の大人達は放置していてよいのか、という問いかけなんだろうと思います。

 

   あなたの一人目の子どもが10歳になったとき、先進的なビジョンを持つ大富豪が、あなたの子どもを人類初の火星移住ミッションの人員に選んだとしよう。あなたはその人物に会ったこともない。選抜の決め手となったのは、娘の学校の成績⎯⎯と、あなたが承諾した覚えのない娘のゲノム解析の結果⎯⎯らしい。娘はあなたの知らないところで勝手に火星移住ミッションに申し込んでいたのだ。登録したのは宇宙好きだからでもあるが、何よりまわりの友だちが皆登録していたからだという。「絶対に行かせて」と娘は懇願する。(P.13)

 

 

たばこも酒もカジノも、大人にとっても(狭義で)「役に立つ」わけではないゆえに、子供に対しては禁止・制限するという合意も得られやすいのですが・・・

 

   しかし、未成年だと話が違ってくる。脳の中でも報酬系は早い段階で成熟するが、前頭皮質⎯⎯自己抑制や欲求の先送り、誘惑への抵抗に不可欠な部位⎯⎯は20代半ばにならないと完全には成熟しない。そのため、プレティーン(13歳未満)の子どもたちは発達上とりわけ脆弱な段階にあるのだ。思春期に入ると、彼らは対人関係にしばしば不安を抱き、周囲からの圧力にすぐ影響され、また社会的承認が得られそうに見えるあらゆる活動に簡単に引き付けられてしまう。この年頃の子どもにたばこや酒を買わせたり、カジノに行かせたりはしないだろう。青年期の若者のソーシャルメディア使用には大人よりはるかに大きな代償がある一方、メリットはごくわずかなのだ。子どもを火星に送り出す前に、まずはこの地球上で成長させようではないか。(P.18)

 

 

で、「はじめに」の末尾。

 

   本書で主張したいのは、1995年以降生まれの子どもが「不安な世代」となった主要因は、これら2つの動向⎯⎯現実世界での過保護と仮想世界での保護不足⎯⎯にあるということだ。(P.23)

 

 

●「第2章 子どもの健全な発達に必要な5つのこと」より

 

その「まとめ」からです。

 

「同調バイアス」「名声バイアス」それ自体は、そこから学ぶ分には悪いことではない、と言えなくもない。

 

ただ、その「多数派」なり「名のある人」が、本当にそうだとは限らない、という弊害がット技術の発達によって大きくなってしまっている、のかなと思います。

 

  子どもは、地域文化の習得を助ける2つの学習プログラムを持って生まれる。多数派がしていることを模倣する「同調バイアス」と、最も功績を上げ、名声があると思われる人を模倣する「名声バイアス」である。しかし、エンゲージメント重視で設計されているソーシャルメディア・プラットフォームは、社会的学習を妨げ、家族や地域コミュニティーの文化を打ち消し、その真価が疑わしいインフルエンサーたちに子どもたちを釘づけにする。(P.94)

 

 

●「第3章 発見モードとリスクを伴う遊びの必要性」より

 

 

こちらも、その「まとめ」からです。

 

人によっては、意見が割れる部分かな、という気がします。

 

  子どもは皆、本来は反脆弱である。免疫系が細菌にさらされなければならないように、木が風にさらされなければならないように、子どもが強さや自立心を育むには、挫折、失敗、精神的打撃、つまづきにさらされる必要がある。過保護な子育てはこうした発達を妨げ、若者を脆弱でおびえた大人にしがちだ。(P.129)

 

  子どもが健やかに成長するためには膨大な量の自由遊びが必要で、身体を使ったリスクを伴う遊びには恐怖症を防ぐ効果がある。オンライン上でリスクを取る行為をしたところで、同等の効果はない。子どもはまた、恐怖心の克服や能力発達のために、自分がリスクやスリルに対してどこまで心構えができているのかを見定める。(P.129)

 

 

●「第8章 精神を高みへと導くもの・堕落させるもの」より

 

不安の時代に必要な6つの精神修養」として、以下の小見出しでそれぞれについて古今の引用などを交えつつ論じています(P.273~291)。

 

1.特別な経験を共にすること

2.身体を他者と共に動かすこと

3.心静かに目の前のことに集中すること

4.自己を超えた何かとつながる精神的体験

5.容易に怒らず速やかに赦すこと

6.自然への畏怖の念

 

私個人として、そういう切り口、好きなんです。

 

 

また「心の余白をスマホに埋められてはならない」という節では、このように言ってます。

 

   スマートフォン中心の生活を送る私たちは、日々膨大な量のコンテンツにさらされている。その多くはアルゴリズムによって選ばれ、通知メッセージとともに送りつけられ、何をしていようと割り込んでくる。その量があまりに多すぎるのに加えて、その多くが私たちを神聖性の次元において下方へと引きずり下ろす。もし神聖性の次元に老いてゼロより上の領域で人生の多くの時間を過ごしたいなら、自分に取り込むものを、再び自らの手で制御するようにしなければならない。私たちは自分の人生の主導権を取り戻す必要がある。(P.293)

 

「自分の人生の主導権を取り戻す」・・・まさにソレ、ですね。

 

 

ところで、この著者さんは、種々諸々の問題を指摘するのみならず、「第4部 子ども時代健全化のために集合行為問題に挑む」として、それなりに解決策をも提示しているところが良いなあと思います。

 

 

●「今すぐできること」

 

「第9章 集合行為問題に挑む心構え」を示した後、第10、11、12章において、政府とテック企業、学校、そして親たちが「今すぐにできること」を挙げています。

 

要は「子ども」たちが、スマホ(等)に接することを、禁止・制限・管理する、そして空いた時間を、おそらくは失敗もするであろう体験に使う、に尽きる、ということのようです。

 

おそらく、多くの大人が、この著者さんの言う事に概ね賛同することでしょう。

 

 

ただ、そのためには「大人」が「嫌われる勇気」を持たなければなりません。

 

 

自分の子供が小さなうちからスマホを持たせることに躊躇はしても、自分の子供だけが持ってない、にはしたくない。

 

学校での使用を禁止てほしい、とは思っても、言い出しっぺにはなりたくない。

 

何かしらの連絡に必要だから、安心・安全のため子供の位置情報を確保しておきたい、等々現状変更に反対する理由ならすぐに思い浮かびます。

 

 

本来なら、保護者が、あるいは教師が、その総意として学校に提言すべき事柄ではあるけれど、「世間」の反発を恐れて口にしない。

 

そこら辺を汲み取った「政治」が動けば、それはそれで物議を醸す。

 

海外では、既に禁止・制限という事例もチラホラとあるのだけれども、それを伝える国内報道は、せいぜいベタ記事です。

 

 

簡単なのに、踏み出せない。

 

それは、大人も手放せないから。

 

スマホ(等)に、まさに「依存性」があるから。

 

 

●まず大人こそが「脱不安」

 

いやいや「依存」などしていない、と言うのなら、せめて、

 

自分だけでも、子供にスマホ(等)を触っている姿は見せない、くらいの実践から始めたらどうだろうと思う。

 

自分は「心を蝕まれてなどいない」を示しませう。

 

「大人」なんですから。

 

 

ということで、以下、目次を。

 

 

目次

 

はじめに 火星人になりたい子どもたち

 

第1部 子ども時代を脅かす大転換

第1章  急激に高まった10代の苦悩
スマホ依存の子どもに困り果てる親たち
2010年代初頭に10代の心の健康が世界的に悪化
メンタルヘルス危機は不安症とうつ病に集中
不安症やうつ病はなぜ起きるのか
不安症・うつ病の増加と同時に自殺率も上昇
生活がスマホに支配された初めての世代、Z世代
社会状況の悪化は不安とうつ病の原因なのか
すべての英語文化圏で同様の問題が起きている
英語圏以外の国々でも同様の傾向が見られる
まとめ

 

第2部 「遊び中心の子ども時代」の衰退

第2章  子どもの健全な発達に必要な5つのこと
世界はスマホの登場でどう変わったか
人間はなぜゆっくりと成長するのか
「自由遊び」で失敗を経験することの大切さ
タイミングを共有する「同調」が社会性を育む
集団内の優れた人物をまねる「社会的学習」
「感受期」を逃すと社会性が身につかなくなる
まとめ

 

第3章  発見モードとリスクを伴う遊びの必要性
現実世界では過保護、オンラインでは放任主義
「発見モード」「防御モード」とは何か
防御モードでいると不安症やうつ病になりやすい
ストレスにさらされ強く育つ、子どもの反脆弱性
恐怖心を克服し発見モードを促す遊びの効用
親の監視が強まり子どもの自由は大きく減少
英語圏では子育ての不安が煽られ親たちは孤立
安全性を絶対視することで見失われるもの
愛着システムが働かないと青年期以降にも悪影響
まとめ

 

第4章  思春期から大人への移行をスマホが阻む
人間が大人になるのはもともと困難なこと
思春期の経験がその後の脳の健全性を決定づける
過保護とスマホが社会性の発達を阻む理由
人類の思春期には通過儀礼が必要だった
オンラインが若者から通過儀礼を奪った
大人になるためのステップを設ける
まとめ

 

第3部 「スマートフォン中心の子ども時代」の台頭

第5章 人間関係の希薄化・睡眠不足・注意の断片化・依存
スマホは人を依存させるようにつくられている
「スマートフォン中心の子ども時代」の到来
SNSは進化してより有害になった
週40時間以上のスマホ利用で失うもの
代償①人間関係の希薄化
代償②睡眠不足
代償③注意の断片化
代償④依存
青年期の若者のSNS利用に利点はあるか
まとめ

 

第6章  SNSが男子より女子に有害な理由
SNSはどのように女子の精神を蝕むのか
SNS利用が女子に有害である根拠
SNSヘビーユーザーは女子の方が多い
「エージェンシー」と「コミュニオン」の男女差
女子がSNSにつけ込まれやすい4つの理由
SNSはつながりの量を増やすが質は低下させる
まとめ

 

第7章 スマホが男子から人生の意味を奪う理由
無力感を抱く男子が増えたのはなぜか
男性の生きづらさの裏にある社会構造の変化
「ひきこもり」を謳歌する若い男性たち
男子が危険な遊びをしなくなった理由
男子をとりこにする仮想世界の魅力
リスクなしで欲望を満たす手段を与えるスマホ
オンラインポルノが恋愛行動に与える影響
ゲーム依存が人間関係を悪循環に陥らせる
現実世界での友情を失った男子たち
自由を与えるテクノロジーが人生の意味を奪う
まとめ

 

第8章 精神を高みへと導くもの・堕落させるもの
スマホがすべての人の精神を堕落させる?
不安の時代に必要な6つの精神修養
心の余白をスマホに埋められてはならない
まとめ

 

第4部 子ども時代健全化のために集合行為問題に挑む

第9章 集合行為問題に挑む心構え
子どもをスマホ依存から守ることは可能だ
集合行為問題のジレンマから抜け出す4つの方法
次章以降への留意事項

 

第10章 政府とテック企業が今すぐできること
スマホ依存者が増えるほど利益を得るテック企業
テック企業が非倫理的にならざるをえない理由
「底辺への競争」を規制する4つの方法
子どもにとって望ましい実経験を促す政府の施策
まとめ

 

第11章 学校が今すぐできること
社会性を育む場としての学校を復活させるには
休み時間を含むスマホ禁止で成績が大幅上昇
「遊びクラブ」の導入で生徒の問題行動が激減
子どもに挑戦させるレットグロウ・プロジェクト
休み時間の拡充と冒険的な遊び場の整備
学校を男子にとって魅力的な場所にするには
学校単位・学区単位での教育の実験が必要
まとめ

 

第12章 親たちが今すぐできること
子どもを思い通りに育てることはできない
幼児(0〜5歳)の親ができること
6〜13歳の子の親ができること
13〜18歳の子の親ができること
まとめ

 

おわりに 子ども時代を地球に取り戻すために
今すぐ行動を起こせば2年以内の解決も可能
声を上げること
連携すること
さらに理解を深めるには

 

謝辞
原注

 
 

 

 

 

 

著者さんを中心に、「運動」も展開しているようです。

 

英語サイトですが、機械翻訳でも言ってることやってることは、概ね分かります。

 

 

 

 

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関連して、ちょっと前にあったネット記事です。

 

 Z世代といえば、片時もスマホを離さず、楽しくSNSでコミュニケーションする。そんな姿が思い浮かぶ人も多いだろう。しかしいま、彼ら・彼女らはスマホやSNSに「疲れ始めている」──驚きの調査結果が出た。SNSを使うなかで生じる「アテンション(注目すること/されること)」から距離を置くため、「アテンション・デトックス」を試みる若者たちも。いったい何が起きているのか。

 

 

 

 

 

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「安定的な皇位継承」のための法整備、いよいよ現実味を帯びてきました。

 

一部メディアは、相変わらず「愛子天皇待望論(=女性天皇容認)」を繰り広げています。

 

そして、意図してかそうでないのか微妙なのだけれども、女性天皇と女系天皇の違いについては、どうやら本気で解説する気はないようです。

 

 

私個人としては、そりゃ聞かれたら「愛子(女性)天皇も良いんじゃない?」と答える人が多いとしても、「その次は愛子天皇の子供(女系)でなければ」とまで考えている人は少ないんじゃないかな、と思うのだけれども。

 

 

さてこちら、Newsweek日本版の表紙です。

 

 

 

 

 

右上に・・・

 

北朝鮮 金正恩の娘が後継者内定?

女系の新独裁者

 

・・・とあります。

 

 

思わず「は?」ってなったのだけれども。

 

その中身は、金正恩の娘が(後継者として認知されるため)表舞台に出てくるようになったよ、というハナシ。

 

けれど、本文では一貫して「女性」になっていて「女系」とは書いてません。

 

それはそうでしょう。

 

正恩氏の娘の父は正恩氏であり、「正恩氏→正恩氏の娘」は男系継承なんですから。

 

 

はてさて、この表記、

 

単純な間違いか、意図的な混同か、

 

どっちなんでしょうね?