「平和」は、その「大切さ」「尊さ」について、みんなで一緒に学ぶものではなく、一人で、あるいは真に大切な人とで、ひっそりと、しみじみと、感じて受け取るものだと思う。たぶん。
ゴールデンウィーク。
不意に思い立ち(本当は以前から頭の片隅にあったのだけれど)、徳島県鳴門市「ドイツ村公園」に行ってきました。
小雨が降ったり止んだりする中を、俘虜収容所の遺構、第九の里、ドイツ館、大麻比古神社、等々、ゆるりゆるりと巡ってきました。
以下、その「記憶」(記録)の極々一部です。
門柱(たぶん復元)。
収容所で亡くなったドイツ兵の慰霊碑。
ドイツ語で刻まれた銘は、以下の意味になるそうです。
われわれの愛する戦友たちの記念のために
⎯⎯ドイツを心に
⎯⎯戦闘においては勇敢に
⎯⎯苦境においては誠実に
⎯⎯死んでは自由に
大麻比古神社境内、俘虜達が遺した「ドイツ橋」。
同じく「めがね橋」。
ドイツ館では、こちらの企画展示をやっておりまして。
第一次世界大戦期、青島戦を経験し、板東俘虜収容所で多くの印刷物やデザイン制作を手がけたドイツ兵グスタフ・メラー。彼が残した記録や板東での制作物、さらに家族のもとで守られてきた資料群を通して、その歩みをたどります。
戦場の記録は、やがて収容所での創造へとつながり、さらに一世紀を超えて鳴門へ託されました。
本展では、その史料の軌跡をたどりながら、板東俘虜収容所の記憶がどのように受け継がれてきたのかを紹介します。
こちら、「復習」のためミュージアムショップで購入したもの。
ちなみに、こちらは、以前から持っていて「予習」として読んだもの。
基本、淡々とした記述なのですが、それだけに、ちょくちょく目頭が・・・
第一次世界大戦時のドイツ兵捕虜を収容した鳴門市の板東俘虜収容所。そこでは捕虜たちが印刷所や菓子店を開き、コンサートやスポーツ活動を盛んにおこない、製パン技術や楽器演奏法が地元住民に伝授された。戦時下でありながら、互いを認めあい、生まれた豊かな文化の姿を追う。
【目次】
第1章 一〇〇年前の慰霊碑
1 ドイツ兵の慰霊碑
2 遺跡としての板東俘虜収容所跡
第2章 第一次世界大戦とドイツ兵捕虜
1 日独戦争
2 日本の捕虜取り扱い
3 突貫工事で建設
4 ドイツ兵捕虜の特徴
第3章 姿をあらわした収容所
1 収容所内の配置
2 捕虜が生活した兵舎
3 製パン所とパン竈
4 収容所内の商店街
5 その他のさまざまな施設
第4章 文化活動と地元住民との交流
1 盛んな捕虜の文化活動
2 スポーツと遠足
3 地元住民との交流
第5章 よみがえる板東俘虜収容所
1 ドイツ兵の慰霊碑の供養
2 互いを認めあう交流の証
ご存知の方も多いと思いますが、以前(調べたら20年前でした。ビックリでござる)映画にもなりました。
第1次世界大戦中、徳島県鳴門市の板東俘虜収容所で起きた実話をもとに描いた人間ドラマ。収容所の所長・松江豊寿の人道的な計らいによってドイツ人捕虜と収容所員、地元住民が交流を深めていき、ドイツ人たちが感謝の意をこめて、ベートーベンの「交響曲第九番 歓喜の歌」を日本で初めて演奏するまでを描きだす。松江所長役で松平健が主演。「ベルリン・天使の詩」「ヒトラー 最期の12日間」の名優ブルーノ・ガンツがドイツ人将校で共演する。

















