掲げた理念・綱領は確かに立派だ。一応「保守」であるのかもしれない。しかし、その代表と事務総長は、言ってることとやってることが違い過ぎる。いや、言ってることと言ってることでさえ違うという事例が数え切れないのだ。
あくまでも個人の感想です。
●私にとっての日本保守党
日本保守党立ち上げ時は⎯⎯
〈百田さん(や有本さん)は、確かに「オモシロイ」人だなあとは思うのだけれど・・・「とりあえず、続報を待て」状態ですかね〉
くらいのものでした。
以来、ずっと(ナマ)暖かく見守ってきたのですが・・・
今年の春頃には⎯⎯
〈「政治」は、基本「仲間づくり」ですからね。ぶっちゃけ、百田氏も有本氏も、そういうことには向いてないような気がします。日本保守党を立ち上げた時、お二人とも、ある程度は変わっていく覚悟を決めたのかと淡い期待もしたんですが、全然でした〉
という、確信めいたものへと変化しました。
つまるところ、百田・有本両氏は、かつてのテレビ・雑誌における「保守枠担当」マインドが抜けないようです。
それは、ウケさえ良ければ、その場限りの刹那的発言が、まあまあ許される、時には求められもする世界です。
結果、日本保守党は「政党」への脱皮が叶わぬままであり、“百田・有本ファンクラブ”に過ぎないという人もいます。
いっそ、“百田尚樹と仲間たち”、いや、“有本香とその子分たち”、と言ったほうが、実態に即しているかもしれません。
●知る人ぞ知る日本保守党
「ココイチカレー事件」を含む、自党の公認候補だった飯山陽に対する処遇と、その後のスラップ訴訟。
元共同代表から刑事告訴されるに至った定例記者会見後の「ペットボトル事件」。
それでも「ファン」は付いていく。
「30超えたら子宮摘出」「女性はセクハラされても目瞑っとけばええ」等の女性蔑視発言。
衆議院選挙時の「一枚目の投票用紙は投票用紙は破って捨ててください」という問題発言もありました。
「SFやで」「冗談です」で済む話でしょうか。
それでも「仲間」は笑って許してしまう。
会見の席で「続けてすいません、あの」と食い下がる記者に対して「いや、もう飽きた」などと言って質問を遮ることさえある。
それでも「子分」は喝采してしまう。
結果として、シンパとアンチが双方先鋭化していくという・・・
●コップの中の日本保守党
所詮「コップの中の嵐」に過ぎないと言う人も多いでしょう。
しかしながら、そのコップは「保守」というラベル付き、かつ、公金が注がれているのです。
ここに来て、百田・有本両氏の旗色はかなり悪くなりました。
私的には、これ以上「保守」が汚される前に「終了」してくれるに越したことはない、という結論に至っております。
いわゆる“保守オヤジ”が、その道連れになるとしても、好きにしてください、と言うだけです。
ただ、自身の志や信念に基づいて、日本保守党に救国の未来を賭して支持・支援してきた人々には同情を禁じ得ないところもあります。
実際に党費を納めたり、ボランティアとして時間と労力を注いだり、という人であれば尚更、今になって、そんな自分を否定したくない、という心理もはたらくことでしょう。
しかしながら、およそ政治家とは思えない発言を繰り返す代表、そもそも時間にルーズで事務能力に欠けると思われる事務総長、そんな二人が仕切る政党(もどき)に、自分の今日と明日とを預けてしまっていて良いのですか。
百田&有本体制の日本保守党が、それでも国会内で勢力を拡大、日本の政治に影響を与える存在になると信じているのですか。
渦中にいるからこそ物事の全体像が見えなくなったり、近くにいればこそ良い方にも悪い方にも人を誤解することだってあります。
そこら辺、気付き、改めるのに、遅すぎるなんてことはありません。
日本保守党のこと、百田氏、有本氏のこと、そして何より、自分自身のこと、一歩も二歩も引いて、沈思黙考してもらいたいと願うばかりです。
一般メディアも、おもむろに取り上げ始めました。
一次情報に当たらねばと思い、実際、たまに当たるのだけれど、正直、ウンザリします。
記者の質問にゴニョゴニョ答弁の挙げ句「もう飽きた」。
同僚議員だった人を「ク◯ババア」呼ばわりの後、ひたすらディスる。
前橋市長の話から大いに脱線、女性蔑視のオンパレード。
こちらはカウンター。
上の様な事例はもちろん、日本保守党の種々諸々ヤラカシについて、かなりの頻度で、きちんとソースを示しつつオモシロオカシク伝えてくれています。





