
「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」
いくつかの「キーワード」が散りばめられた「村山内閣総理大臣談話」です。
与野党の攻防。
「それらの言葉を踏襲するのか?」
・・・「全体として引き継ぐ」
「どの部分を継承するのか?」
・・・「全体として引き継ぐ」
聞きようによっては禅問答かな、という感じもします。
問題になっているのは片言隻語、枝葉末節。
全体を読んだことはないという人が多い、と思われるのは、
憲法と同じですね。
で、いま一度、全体をじっくり読み込んでみましょう、
というのがこのカテゴリーです。
とは言っても、それなりの分量がありますんで、
とりあえず今回は第一段落までで。
まずタイトル。
正式には「戦後50周年の終戦記念日にあたって」なんですが、
外務省のホームページにある全文では、「(いわゆる村山談話)」と加えてあります。
政府機関が首相の談話について、
わざわざ「いわゆる」を付けているっていうのが、そもそも笑いを誘いますね。
さて本文第一段落です。文毎に改行して番号付けときます。
〈①先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。
②今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。〉
まあ、別段文句をつけるところもなく、
ああ、そうですか、というところですね。
国語として普通に読めば「村山さんがそう感じている」という文です。
同じ外務省のページには談話の英語版もあります。
(中国語版、韓国語版もあるんですが、とりあえず触れません。
というか、私にはどちらもチンプンカンプンで触れようがありません)
で、同じ部分を引用すると、
〈①The world has seen fifty years elapse since the war came to an end.
②Now, when I remember the many people both at home and abroad who fell victim to war, my heart is overwhelmed by a flood of emotions.〉
かなり「意訳」なんですが、
とりあえず、枕だし、内容としてはほぼ同じなんで、問題無いと思います。
(英語版よりも日本語版の方が先にあったんですよね、ね)
ああ、20年前、村山さんのハートは is overwhelmed だったんだなあ、と、
そういうことで宜しいかと。
ちなみに、
先日高校を卒業し、大学生になる前の春休みで暇を持て余している娘に、
素直な気持ちで談話を読ませ、各段落にタイトルを付けさせました。
第一段落は「戦争で犠牲になった方々への思い」だそうです。
ということで、
(いつになるか分かりませんが)つづく。