「夏にが来れば思い出す」、かのように・・・毎年この時期になると「あの戦争」についての特集が増える。けれど、そこで語られるのは、多くの場合「結果」でしかないわけで。
「戦争の悲惨さ」「平和の尊さ」を語ること自体、悪くはありません。
けれどそれらは、今日、世界で起きている事件・事故と同じように、ただ、自分自身が傷つかない程度に消費されいくばかりだという気もします。
というか、世界の其処此処にある「戦争」は、それらを知らないから起きて、それらを忘れたから続いている、わけでもないでしょう。
●人の業?
そもそも、あらゆる生物が生存競争を繰り広げるもので、戦争が人類を進化させた、という言説も根強いものがあります。
それによれば、根底にあるのは、人の支配欲。あるいは物欲、金銭欲。
自らのそれを満たすため、他人のそれに付け込む一群の人々。
フィクションの世界で「死の商人・ブラックゴースト」と名付けられ、評論の世界では「軍産複合体」などという用語も流行りました。
さらに「陰謀論」とされる界隈では、「ネオコン」とか「ディープステート」とか、はたまた「グローバリスト」とされる人々が、戦争の火種を撒き散らし、戦争で儲けているのだという見方もあったりで。
それらで全てが説明できるものではないにしても、なにがしかの真実を含んではいると思います。
唐突ながら・・・
上の言葉は、人はそれぞれに「虐殺の器官」があり、そこに「虐殺の文法」をもって働きかければ、容易く、人同士、殺し合いをさせることができる、とする人物によるものです。
●『虐殺器官』
こちらの小説に登場します。
9・11以降の“テロとの戦い”は転機を迎えていた。
先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、
後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。
米軍大尉クラヴィス・シェパードは、
その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、
ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……
彼の目的とはいったいなにか?
大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?
現代の罪と罰を描破する、ゼロ年代最高のフィクション
この物語、あくまでもフィクションとはいえ・・・
米国の政府機関が虐殺に繋がる研究に資金を出し、院内総務を務める政治家が軍需産業と癒着して他国の紛争で儲け、CIAがそれら不都合な真実が世に出るのを防ぐため暗躍し、
・・・といった、いかにも「現実にありそう」過ぎて、読むのに、かなりの体力が要るように思います。
そうそう、昨年夏に紹介した『ハーモニー』の前階とされる作品ですね。
ワタクシ個人的には、着地点が見えている「体験談」とか「秘話」とかで時間を潰すより、よほど「自分の頭で考える」の材料になるんじゃないかと思います。
これも、先の引用と同じく、ジョン・ポールの台詞です。
もちろん、エンターテインメントとして楽しめる作品ですし、興味のあるよという方は、是非。
映像の方が入りやすい、という方は、こちらを。
コミカライズもあるようで。
ウクライナにおける戦いが終わりません。
「戦争の悲惨さ」が続いています。
「国際法」を無視したロシアが「勝利」することがあってはならない。
それは、まあ、そうなのでしょう。
けれど、ロシアがある日をもって突然に「武力による一方的な現状変更」を試みたのかと言えば、やはり、そこには前段、前史が存在するわけで。
傍観者のような態度で何か言う、のは誉められたことではないと思いつつも・・・
共に泥をかぶり血を流して戦う覚悟もなしに、自分は安全地帯にいて、ただ、食料・生活物資を、武器・弾薬を、そしてお金を提供する。
それは、戦時にあって「支援」に値するのだろうか。
こちらの一市民として「助けている」つもりになれるとしても、あちらの一般市民は「苦しみが長引く」ばかりではないのか。
直接介入すれば戦禍が拡大するから、と言えばそうなのかもしれないけれども、裏を返せば、現状の範囲内で戦禍が続く分には構わない、と聞こえなくもない。
何よりかにより、欧米マスメディア発のニュースは、ウクライナ側に立っての「戦時プロパガンダ」色が濃いわけで。
牽強付会、解釈の余地が多い「国際法」で理屈を言うよりも、現実に地平立って「和平」の道を探る方が「平和の尊さ」を体現する近道だという気がしないでもない。
ソレが「現在」の自分と繋がり「未来」を変えていくのでなければ、「過去」を振り返ること自体は、ただ「そうだったんだね」という以上のものを生み出すことはないなあ、と思う夏の盛りです。