私がこのブログを始めたきっかけは
自分に起きた体調不良の原因を突き止めたかったからです
どう考えても一番怪しいのは幼少期のJWの教育ですが
私は無神論者ですので、聖書なりの影響は皆無です
教典による影響でないのであれば、児童虐待つまりは愛のムチ、あれこそが原因となる
暴力による脅迫での押さえ込み、AC問題です
それを証明するには、心理学による考察が可能性が高いと考えました

以降は心理学を我流に捉えた考察になります
まずは心理学用語「自我 超自我 イド」について考察してみます

イド(id)
これは、無意識の中でもかなり深い深層心理というものになる
心理よりも生物としての原理ですね、
人間だって理性ゼロなら動物と変わらないと言う事です
飲まず食わず続けていたら、食欲が自然に湧く、
生物としての純粋な欲望からの行動でしょう

自我(ego)
私が提唱してるテーマの1ですが、子供には自我がほぼありません
幼少期は親の教育、判断を借り、善悪の判断をしていくことが多いです
思春期、個人差は有るでしょうが12~3歳から
親の判断と自分の個性との間に溝が産まれ始めます、
いくら親子であろうが、同じ人物ではないのでこれは当たり前です
反抗期ですね、ただこの反抗期時に、普通の人間は自我に目覚め始め
自分自身の判断で、物事の善悪を見極めていくのです
つまり自分という個人の概念を構築し始めるのです

先に述べると、アル中の親も、暴力の親も、宗教中毒の親も本質でいえば、大差ない
毒親問題の特徴で感じるのは、
親への多大な恐怖心により反抗しきれなかった       →児童虐待する親
若しくは、正論を言われ過ぎて言いくるめられてしまった  →コントロールする親
この2点だと感じております
よって、子供は自分自身の自我の構築を未完成のまま終えてしまった、と私は仮定しています
JW2世が一般的に同世代の人間として子供っぽいのもこの影響だと思います
これがテーマの一つ、「自我の目覚め、己に成る」です

良いか悪いか以前に 
「自分はどう思うのか?」こちらのが重要です
それが自我なのです

最後に超自我 (super ego)
モラル、教育など理性に相当するものです
ちょっとカンニングいれますが
「超自我は自我の意識よりも強く、イドを律する。
つまり、自我はイドと超自我の間に立つ調整役であり、
三者の関係はそれぞれ自動車、ドライバー、交通法規になぞられることができよう。」

自動車       → イド
ドライバー     → エゴ
交通法規     → スーパーエゴ
良い言葉なのでお借りしました、私の言葉ではありません

私がもう一つのテーマで述べていた
「2世の後遺症」→「因子ペイン」→「潜在意識の改ざん」→「潜在意識に強制されたルール」
これは心理学では 「超自我」 super egoというようです、
教育、常識、それ自体が狂っているので、自分の物差しは普通の日本人と違うのです
 全部つながった、辻褄が合った、やっぱりな、の感は在ります、
--------------------------------------------------------------------------------
ついでにこの3者の関係を絵で眺めると、超自我、つまり教育、モラルは
自我にもイドにも影響する
簡単に言えばサルは動物ですので、ほぼイドだけの生物です
飲む食うできれば満足です  →エサなぞ何処からでもかっぱらえばいい
超自我、理性をいれてみます →窃盗は犯罪だというルールが加わる
自我、判断基準を追加     →餓死するわけにもいかないが窃盗も出来ない

つまりはこのイドと超自我の間で葛藤する判断役が自我です
人間が迷い続けるのは当然だとも、いえましょう

適当な計算式を述べると
  日本語版JWの教育、「和製聖書」(参照、アーカイブ)、児童虐待前提の教育        
+            JW自体の洗脳教育、コントロールする教育
-------------------------------------------------------
  JW2世= 「児童虐待前提+コントロールされた人」とも言えます


最悪の自体を想定して言えば、
「親の善悪判断のまま生かされたままの子供のままである」→ ドライバーの判断がおかしい
「既に教育を超えた、鎖だらけのルール」            → 交通法規もおかしい
の中で生活していると言う、最悪の可能性があります

勿論それは本来の貴方の姿ではないはずです
そんなルールで生きていれば当然、「自分でない感覚」になるのです

しかし、歴史上の人間に辿り着くとは、流石に考えていなかった、
潜在意識について考察していれば、辿り着くのは必然だったのかもしれません
フロイトが個人的な潜在意識の考察に対し
弟子のユングは集団的潜在意識、つまりは教育、文化の捉え方の様です

私の考え方はフロイトに近いです

フロイト ユング 
          師   ジークムント・フロイト       弟子 カール・グスタフ・ユング    


私の精神の旅は想定していなかった門に辿り着いたようです
この門の向こうには果たして何があるのでしょうか?
その門を少し開けてみましょう

フロイトの心理理論の図

 
                                                      フロイトの心理理論の図

 

サーカスの醍醐味のひとつに「ライオンの火の輪くぐり」がある
調教師とライオンに絶対的な信頼関係が構築されたので、ライオンは火の輪をくぐるそうだ
獰猛な猛獣が従順に火の輪をくぐる、冷静に考えれば実に矛盾した話だ

そのライオンとの信頼関係の構築は何時に構成されるのであろう
時期は限定される、ライオンの幼少時だ

自然界にも類似の習性を持つ生態が存在する、寄生バチの生態である
その過程では宿主を殺すことはないが、ハチの幼虫が成長しきった段階では
宿主を殺してしまう、いわゆる捕食寄生者である。

自我、つまりは自分自身の判断基準、性格
ここに産まれながらに入る毒がAC問題の本質の問題である
成長した段階では、既に毒が 回り切っている

自我が捕食寄生者に既に侵食されているので
「自分でない感じ、自分の人生を生きている感がしない」
生身の感覚が消失している、他人のルールで生きているのだ
-------------------------------------------------------------------------
生まれながらの操り人形、これがACの正体である
どんな形であれ、体罰は調教でしかない
その檻から逃げ出した事はゴールではない
野性に還る過程が必須である
そして暴力、脅迫、体罰以上に、生物を歪ませる概念は存在しない

仮にサーカスのライオンが野性を取り戻したとする
本来、火は野生生物が苦手とする概念である
その芸を仕込まれた事に気付いたライオンは何を感じるのか?

調教師に爆発的な怒りを感じるのが当然であろう
その怒りの感情は正当な筈だ
その爆発的なエネルギーが本来有るべき感情の一つ、怒りなのだ
そして感情、感性とは怒りだけでは当然ない

宗教、神、聖書などは、まやかしだ、本質はそこでは無い
それ以前の問題なのだ
動物実験で有効な事象は、人体実験にも有効なのである
人間は調教出来るし、洗脳も可能なのだ

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                            従順なる者

                        

hermit

 
”ハーミットて何の意味なの?”結構意外な質問でしたので 一応紹介させて頂きます
タロットカードNO 9 隠者ハーミット
宗教系の話に当然、詳しい人が多いのでしょうが
余所の宗教系?の話になると、禁忌でしょうから案外知らないものなのでしょう
占いなどを信じる人間ではありませんが、タロットのあの怪しい雰囲気は好きです
タロットは正位置、逆位置で2つの意味を持ちます
長所、短所、いい意味でも悪い意味でも自分を示してるなと 案外気にいっております

母親が狂信的信者、父親は一般人
強制的に集会に連行されていただけなのでエホバだの神は信じた瞬間さえありません
よってバプテスマとか受けてません、生まれついての無神論者です

「そう言えばガキの頃、エホバとかやらされていたな、本人すら忘れていたわ」

そういう程度な人が書いてるブログです
神など信じた憶えもない人間が何故か体調を壊し、その原因を突き詰めていった過程です

霊とか目に見えないモノは信じません、墓場でも平気で眠れます
なので聖書、教典からの影響、つまり洗脳の系統は完全にゼロ、

よく思い起こせば幼少時の虐待か?、確かにただで済んでた訳ないだろうな

ならば毒親問題となる
JW2世問題とは=アダルトチルドレン問題
AC問題とは幼少時の虐待により
自分のありのままの感情を表現出来ない人間のことです

どんな理由があるにしろ体罰は
最低の教育「調教」です
「自我の定まらない幼少時ならば、人間も調教出来ます」
よく訓練すれば、思い通りの人間が作れるのです

どうも空想癖があるようで、本は好きです
何でも読みます、偏見は持ちません
ファンタジー系、神話系の話も意外に好きです
ただ「素直に自分としては面白かったか?」それだけです

ギリシャ神話 北欧神話 アラビアンナイト 仏教 拝火教 クトゥルフ etc,,,

但し物語、空想上としてのモノとしてでの話です
のめり込んで訓練だの伝導だのは御免です
所詮、物語は神話であろうが漫画であり、過去の空想なのです

私に言わせればエホバ、JWはユダヤ教です
本名は 近くの寺の坊さんに拝命賜った様なのですが
何故かユダヤ教紛いの 「ご加護」x  
                「いい迷惑」〇を 受けております、人間わからんもんです、、、、

最近、ハーミット教作ろうかなぁ、、、、と思ってます、
お金持ちか権力者、いつでも募集中です
美人の若い子もいいですね

パクリ入れときますが
我々の住む世界は縦・横・高さ・で構成された3次元世界だと考えられている
(時間の概念を含めれば4次元)。
そして我々を取り巻く宇宙空間。
多くの人は宇宙を無限の4次元空間であると考えているのだが
世界中の研究者たちの間では
「宇宙は11次元の空間で構成されているのではないかと
考えられていることを知っているだろうか」

これをひも理論(弦理論)という。

時は21世紀、「神々の黄昏」、ハルマゲドン、ラグナロクなど、とうに終わり
量子論、相対論、相反する理論を統合した
超弦理論、スーパーストリングこれらが展開される人による科学の時代です
私は自分の見た物しか信じない現実主義者なので屁理屈馬鹿です
物理という定義を信仰する者とも言えるかもしれません

神がいる、いないなど、禅問答する気はありません
神など必要無いのです
理論で証明出来うるもの以外は私は認めません
それは人の精神、心、でさえもです

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行き過ぎた教育、過干渉は超自我に刷り込まれ
人間の思考、同性異性を問わず、「純粋に人を好きになる」
このレベルにまで無意識に影響を及ぼしています
自分の性格、判断基準自体に介入されているのです

そこらの中高学生の欲望にまみれた人間の言動、行動が
実は理性的な貴方の足らないありのままの感情、個性を持っている
自分が成長する相補性の人間の可能性があるのです

ACはありのままの感情を、超自我の規制により表現出来ない人間の問題です
自分の感情のありのまま、超自我の壁を超える「自我の解放」
「皆さんは心から本気で怒ったこと、人を本当に好きになったことは在りますか?」

この近代世紀に神だの聖書だの
阿保らしいとか思う方もおられるでしょう
では何故思考、自我自体にバグが入るのか?
「それは貴方が清く正しく調教されているからなのです」

1

 

まぁこの話を出すとここでは大部分を敵に回すのであろう
一番最初の2択だ
いつまでも逃げてもいられんし、展開していこう
2世といえど、この2択でまず水と油だ
同じ2世ではないのである

本音で言うと私は自分が迷惑受けただけに
「宗教 聖書」これらを普通の日本人の10倍は毛嫌いしている
女性がゴキブリ嫌いなのと同じ
聖句とか唱えられると、真面目に鳥肌が立つ
有神論の方はもう私のサイトは見ない方がいい
貴方達の神経を逆撫でするだけだ
私のサイトは宗教とは最早、無関係
アダルトチルドレン問題のサイトなのだ

心理学の先駆者フロイト ユングも有神論の人間ではある
フロイト心理理論の図には影響が濃いが
どんな偉人でも1世代前の天才なのである
利用できるところは利用させて貰う、みたいなスタンスだ

心理学に触れていくと私もあまり触れたくないが
どうしても性の話にも触らなければならない
どこまでするかは謎だが
ただ皆さんは何故存在するのか?
それを考えたら必要以上に性を過剰否定するのも異常なのだ
そのイドの部分にまで超自我という過剰モラルは悪影響を与えている

「飴とムチ」
ムチはそのまま調教だが
飴の方は 恐らく私では解明出来ない

飴の部分「宗教、聖書」
これははっきりお手挙げだ
何故、現代日本に生まれ育ち、それを信じられるのか?
「私にはまったく理解出来ない」

催眠術系、成人の自我すら蕩けさせる脳内麻薬とでも言うのだろうか?
「被告に責任能力があるのか?」
そういうレベルで1世の彼らは動いている
「生きる屍」
私も何人か問い詰めてはみたが
残念だが「既に責任能力など存在しない」
もうとっくの昔に「宗教中毒の患者」なのだ
自分の記憶すらあやふやである
嘘だと思うなら自分の親と正面から話合えば解る筈だ

「ブラックホール」
この世界の一番根源の概念は、光、c 時間、t などではでなく
光、時間の概念すら捻じ曲げる、重力、gである

「シュバルツシルト半径」
ブラックホールを発見したシュバルツシルト博士からのネーミングだそうだ
その重力圏内に巻き込まれたものは脱出が不可能
宗教という引力は解明出来ない、この次元の概念ではないのかもしれない
そしてその圏内に飲みこまれたものは時間が停止して映るそうだ
「彼らの頭はとうの昔に停止している」

通称 「運命」
彼らはもう助かりはしない
そして彼らを憎むのは理解できるが
彼らなんぞにいつまでも関わっていたら
「貴方自身も呑み込まれる」

「あの人らはもう助からないのだ」

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ちょっと例えが違うが
過去に我々の祖先もアジアで暴れまわったのは皆さんも理解している筈だ
中国などは未だに根にもって怒りまくっているが
それを我々に言われても、残念ながらお門違いなのだ

彼らの怒りも理解できるが、我々には多分何もできない
復讐の引力に飲みこまれたら終わりなのだ

仮に塔なんぞカルト、
もしくはオウム等々
倒せて何が残る?

「虚しさだけだ」
あっちの世界には何も無い


最近新興宗教みたいな事言ってますが、
具体的に潜在意識を変えるてどうするの?になるでしょう

簡単にいえば脳に衝撃、インパクトが入る瞬間にイメージが入ります
何かに心の底から感動した瞬間
何かに心の底から激怒した瞬間
何かに心の底から恐怖した瞬間

一番簡単なのが、自分で頭軽く叩きながら
「前を向け、前を向け、前を向け、」
これだけでもいいです、脳に刺激与えながらイメージを与える
潜在意識は Yes or  No しかないので簡単なイメージ与えればいいだけです
「逆に自分とは何だろう?」とか答えのない イメージを与えると袋小路になります
相撲取りとかやってる、あのリアクションも実は潜在意識を切り替えてるのだと思います
簡易的自己暗示 「勝つぞ勝つぞ勝つぞ。。」かな?
実にバカバカしいが実際やると、案外ああ、そんなもんかと思うかもしれません、
右脳て案外、単純なんです、、、

私が突っ込んでるのは、「何かに心の底から恐怖した瞬間」
これです、皆さん身に覚え有る方多いのではないですか?
「愛のムチ」です
あの瞬間にいい子になる、そういうイメージが入るのだと私は考えています

こんなイカれた事してるのは流石に日本だけと考えていますが
JWの教育は
「大学進学を反対する」
「過激な表現、音楽、雑誌、など」
「不良系の人間との接触を阻む」
多分こんなとこでしょうが、これは脳に刺激を送らせない、と考えて作ってたなら
実に凄い考えだなと思います

脳に刺激、感動等が入るたびに、自分の思考が根底から変わっていってしまうのです
不良系の人間は、相補の考え方からすると全く違う資質を持っています
過激な音楽、映画、漫画、などこれらに感動した人もいるでしょう
大学に限らず、優秀な世界、人間らに触れてしまうと
「自分の価値観こそが、実は何かおかしいのではないか?」
強大な氷山が溶けていくイメージです
徐々に気付いていってしまうのです
まさか誰しも自分自身の常識自体が狂っていた?とはなかなか考えないでしょう

今の私ではそこまで理解できませんが
「フロイトの心理理論の図」が氷山なのも、もしかしたらそういう理由なのかもしれません
太陽はいうならば、信ずるものかな
私は物理を信ずるものだが、それは神でも自由だと思います

清く正しく慎ましい変化のない世界で生きている間は、脳に刺激がない
潜在意識が切り替わる瞬間が激減する
あの世界にずっといたままのあの人らは多分永遠にあのままです
「永遠に夢を見続ける楽園」
それはそれで確かに理想の1つなのでしょう

ただ変化に敏感たる事が、成長が辞めない人間の特徴なのかもしれません
本田宗一郎、松下幸之助,スティーブジョブズ、アインシュタイン、、、
彼らは有る意味、永遠の子供らしいです
興味探求心の塊、でもそれこそ自分の成長をいつまでも辞めていない
これはよく考えたら常人にはとても難しいのです
彼らの潜在意識は常に上に切り替わっていたのではないでしょうか?

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                                                              No 17  The Star

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tower

                         No.16 The Tower

3.7 
フロイトの心理理論の図

この状態が正常な大人のイメージになるでしょう
自我は前回、運転手、ドライバーと表現しました、
 ((エセ心理学)毒親問題とは?己とは?  「自我 超自我 イド」、参照)
誕生したばかりの幼児には自我は存在しません
超自我も無く、イドのみのありのままの生物の状態です

自身の判断力が備わっていない為、両親やその「代役の自我を借り」
物事の善し悪しを判断します、よって他人の意見に左右されやすいです
但し成長期なので考えが柔軟で吸収力が高い時期です
当たり前ですが成長する毎に自分の考えとモラルを備えて行ます
思春期に反抗期に入り、代行者と自分の判断の違いから自分の判断力を構築しだします
それが自我であり個人の個性です、性格、好みとも言えるでしょう
幼少時に同世代の子供と遊び、時に喧嘩することさえ実は貴重な体験です
親の判断で比較対象の限定、「友人や異性の交流」を決定する
これは自我を構築する上で、親が嫌うタイプとの交流の喪失でしかありません 
他者との違いから自分の個性を構築するので、
様々な経験や知識は多いに越したことはありません

では反抗期自体を潰してしまえばどうなるでしょうか?
毒親の概念、「コントロールする親、暴力を振るう親」
これらは反抗期を抑圧する可能性が高いです
当然反発するケースもある、怒りの感情が暴走した人間は不良化するでしょう
反抗期時の反発力が強い人間ほど、気が強い、自我が強い
しかしあまりの加圧で反抗出来なかった、若しくは仕切れなかった?
この場合怒りの感情が封印され、言い方によっては大人しい人間となり
「代役の自我を借りたまま」生きていくことになります
これが「自分でない感覚」の原因だと考えています
オウムの2世達が、あの異様な空間で育てられた事に怒りを感じないのは
「オウム1世の自我」の判断力と仮定するなら?当然の事なのかもしれません
彼らはアダルトチルドレンの可能性が高いです
表面的に温和で大人だが、自分の自我に目覚めていない
彼らも「自分でない感覚」を抱いているのではないでしょうか?

超自我は教育、モラルなど、自分という乗り物を制御する法律のようなものです
これも幼少期の方が吸収率が高いです
人種が違っても、幼少時の教育を日本で行えば中身は日本人となるのもそのためです
顕在意識で認識しコントロール出来うる部分もありますが
深い階層までのコントロールは難しいでしょう

イドは生物としての本能です
イドは深層意識の階層なので、意識してコントロールは不可能でしょう

縦軸に注目すると、意識、前意識、無意識と並んでいます
意識は勿論、顕在意識、左脳が司る部分です
海の上に浮かんだ白の部分です
無意識は潜在意識、右脳の働きになるでしょう
左脳と右脳の大きさにも注目して頂きたい
顕在意識自体がコントロール出来る部分は私もイメージでこんな物だと思います
自分で意識しても、右脳なんてそうそう制御出来ないものなのです
その中間の前意識、これは夢や泥酔状態の意識と無意識の分かれ目でしょうね
意識すればこの前意識は私は感知できる部分が広がると仮定しています

3.23

 
↑の図、具体的にy軸をずらしてみましょう
過干渉により押さえ込まれた状態です、アダルトチルドレンの典型とも言えるでしょう
強力な規制により自我が押さえ込まれ、自我自体も仮物のままです
既に自我を抑えられた上に、コントロールされた最悪の状態と仮定します
超自我ルールが強くなる、よって自我個性が弱くなります
理性が勝れば当然感情が弱くなる、
上品で理知的とは逆に表現するなら、感受性が乏しく無表情とも言えます
余りに過度の教育は個性を奪う、コントロールされた状態、
理性的とはまた、頭が固く機転が利かないとも言えます
自我が弱くなる事は、考えられない脳になる原因の1つでしょう

もう一つは自我は左脳と私は仮定していますが
超自我ルールの影響は自我の判断、つまり性格にすら影響を与えています
左脳がいくら正常でも、右脳が違う方角を示していたら?
これが「潜在意識に引っ張られる」と言うテーマの私の回答です
顕在意識と潜在意識の力関係は人と車です
左脳で右脳をねじ伏せるのは不可能です

私は幼少時からJWを信じていませんでした
辞めればそれでおしまいと思っていました
しかし後遺症は有りました、とっくにJWなど忘れていたのですが
自分でも時折不思議な判断をしていたことが多々ありました
「得体の知れない作用に自分の判断が引っ張られている」
一時、原因不明の体調不良に悩まされたのですが
今考えると右脳は既にJWの教育の影響を受けていたのでしょう
左脳がいくら普通の日本人の考えでも、右脳は違う方向を指し示していたのです
私は右脳に振り回されていたのでしょう
人と車の戦いのようなものです、力技では相手になりません
力で勝てないから、コントロールするしかないのです
それが右脳という乗り物に乗る=潜在意識を書き換えるというイメージなのでしょう
左脳と右脳の衝突が私の体調不良の原因だとすれば辻褄は合います

3.27 
 
 


↑の図、既におかしくされた状態からの打開策ですが
自分の判断基準、自我が本来の自分になっていない、
しかも強力なモラル、ルールに抑え込まれているとします
ならばx軸をずらしてみる、前意識、無意識に目を向ける
普段の自分の判断基準を疑ってみましょう、
正しい、美しい、では何故自分はそのように考えるのか?
普通の日本人はそんなに小難しく考えて生きているでしょうか?
でも彼らのが楽しそうに生きているでしょう?それは何故か?
見えない自分の自我の部分が見えてくる筈です
自分の判断基準、自我の思考パターンを考察しましょう
夢占いもその類でしょうし、泥酔した時の自分の感情、行動
これらもヒントに成る筈です、

普段真面目な上司が、酒が入ると人格が豹変するのは何故でしょう?
理知的である優秀な人だからこそ、ある程度左脳で右脳でコントロールしている?
でも本質の右脳の部分は怒り狂っている?
だから左脳の制御が弱まると右脳が顔をだすのでしょう
右脳の本質の怒りを更新できれば その本質の怒りも静まるのかもしれません
無意識の行動、判断に目を向ければ、普段使用できなかった自我の部分を意識出来る筈です
自分の思考の幅を広げるという1つの答えではないでしょうか?
私はイドの部分もある程度は見れる様に成る筈だと考えております

3.26

 

↑の図、自分の思考の幅が広がれば、自分に植えられたルールこれが見える筈です
思考は自由で柔軟な程、機転が効いて良いのではないでしょうか?
実際に社会で生きていくうえで教科書通りのケースなどそうそうありません
モラルとルールは最低限あればいい
左脳で右脳をコントロールする=「これが潜在意識を書き換える」という事だと思います
ルールに沿った作り物の従順、穏和なぞ捨ててしまいましょう
生の感情が解放されていくのではないでしょうか?
それが貴方自身の感情であり、本来の貴方自身の思考です
例えいくら高貴で正しいモラルであろうが、所詮自分で経験した物しか人間は扱えないのです
一般世界に旅立ち様々な経験をし、時には当然失敗もするでしょう
失敗を恐れないでください、未熟なのだから当たり前です
でもその生の体験こそが貴方の一部になり、それらから生まれる喜怒哀楽の感情の起伏
これらの感情は成長します、感情を抑え込まず扱う事を楽しんでください
それらが貴方の人格となるのです
これらの全ての感情のコントロールを出来てこそが恐らくは大人です

例えJWに黒幕が居て、そんなの断罪しても自慢にもならんのです
如何にこれから自分の人世を楽しんで生きるか?
折角日本という自由な国に産まれたのだしね
もっと酷い国なんか幾らでもありますよ
いいか悪いかではない、自分らしくなる
覚醒するとか、そう難しい話ではない
当たり前の普通の日本人に成る、
たったそれだけです、それが己に成るです


先に謝罪させて頂きます
全読者を一度全解除させて頂きました
非常に失礼な事をしてるのは理解はしてはいますが
当初と方向性がかなり違うブログになりつつあり
有神論の方には不愉快な方向に向かいます
それでまだ興味があれば一読してもらえれば光栄です

通常いう 「いい人」
では、いい人とは何でしょう?
特に男性にいいますが人当たりよく
理性、知性的な上品の人のことです
そして「いい人なんだけれど」で、止まる人です

「類似性」、「相補性」
いい人は類似性、
相補性は自分と違う概念を持つ概念、理解が難しい素養をもつ人間です

当たり障りのない無難な回答をする人間をいい人
対して自分の感性で斬新な行動をする人間を、バランスブレイカーとします

デート本とか生真面目に読むタイプは、多分前者のタイプです
そのデート本の借り物の理性に頼っているだけ
自分の本質、個性で勝負していない
「カンニングで人間落とせるなら、誰も苦労しません」
逆に、生涯のパートナーをカンニングで落とせて満足なのか?
お互いにすぐに、限界が来ます
それが全てとは言いませんが
「容姿だけの相手とはそこまでなのです」

もっと踏み込んで本質の部分をぶつけても耐性がある相手なのか?
「恐らく、女性はここを見ています」
それは何故か?
自分が出来ないことを補える相手なのか?という本質です

さて女性が家を守る「盾」なら
男性は何でしょう?「剣」です
収入は解り易いですが、もう一つもっと根源的な概念が有ります
外敵から、「女性を守れる力強さ」
ただいい人なだけでは、自分にない力強さを感じ得ないでしょう

例えば理屈など通用しない外敵が襲来したとします
   1  理性的にとにかく平和的に話し合う
   2  最終的には暴力的になろうがパートナーを守る

さて、1が普通は現実的な答えです
でも大抵の女性なら私は2のバカの方に惚れると思います
それは何故でしょう?
     
いい人とは同意見の類似性であり
いい人ではないんだが結果、自分にない素養をもつバランスブレイカーが特別に映る
それが「相補性」です

だから感情の有りの侭に恋人同士は喧嘩をする
「良くわからない相手を、お互いがより深く理解する為に」
本音で喧嘩をし、
そして恋人の不満を、いい人に述べるのですが
それはただの部外者にだからこそいう 「お世辞です」

逆にいい人と言われている限り
私はパートナーには成れないと思います

彼女は彼には本当に「自分の自我」、自分の本音を出します
いい人には当たり障りのない仮面、「超自我、理性の仮面」、それがいい人です
そのステージにさえ立ってないのです

さて、ACの事態の問題でもありますが
何でACには恋愛問題、結婚問題が出てくるか?
それは自分の感情を出していないからです
自分自身の感性を出せていないからとも言える

女性にも言いますが、パートナーとは
自分の本音を言って受け止め、そして返してくる相手の事です
お互いが有りの侭の自分を出し、そして受け入れられる相手です
自然体でいて楽しい、やり取りを楽しめる人間です
そこでDVなんかする相手は絶対に無理でしょう
本音を言う事すら、ままなりません
自分に本音ぶつけてこないのなら
逆に言えば そこまで信用されていないのです

告白 初恋とは何故、恥ずかしく甘酸っぱいのか?
自分のイドをさらけ出し、モラルという超自我を外すからです

男女差別なくそこには、恥という概念がある
知恵とかいうデタラメの超自我を吹き込まれた人類は
自分がどうしたい、「何が好きだ、何が嫌いだ?」
この判断力まで実は毒されている

ただ愛を語るとは、自分の本質を語ると言う事ではないでしょうか?
自分が本当に欲しいと思うなら迷う必要など無いはずだ
変に聖人ぶるから気持ち悪い話になる

できたら欲しいとか逃げ場を作らない
欲しい物は欲しいと言う

取引のある銀行に大人しめの可愛い容姿の行員が入ったのですが
パンフレットの自己紹介に
好きな異性のタイプ 「堅実で優しい人」
あれは絶対、嘘 間違いない(笑)
そう書いておけば無難だからでしょう
若しくは上司が書いたのでしょう

相手の容姿、御家柄、
私は現実主義者なので全然関係ないとはいいません
ただ、それだけでは一生はとても暮らせません
一緒にいて楽しいか?自分にない何かを持っているか?
これも重要なファクターなのです
感情を出すのは私はとてもいいことだと思います
「喧嘩するほど仲がいい」
とは、理にかなった言葉なのでしょう

は

喧嘩するのは私は問題ないと思いますが洒落にならないほど
怒らせた場合はさっさと謝りましょう
「ごめんなさい」それだけ言えればいいんです
「負けるが勝ち」
それを方便で言えば包容力とか言うらしいです
もう見ているか謎ではあるが
全ての感情を解き放てたのであれば
怒り 憎しみ 悲しみ 欲望
これらすら自分の中に在って然るべき感情だ

それを受け入れられないので、ロボット崩れの聖人様、人形崩れとなる
究極の相補性は実は異性である
男女 雄雌、そもそも生物が完璧ならその差は必要ない
いきなりぶっこめば聖書、バイブルなどそもそもデタラメだ
「アダムとイブなど必要ないのである」
アダムだけで十分だ
自分が不完全なのを受け入れるからこそ成長、進化がある

私のブログはむしろアンチのが多いのは自覚はしている
私自体も正直ロクな人間では無い
しかしアンチの貴方達の興味を示すのは何故であろう?
理性に偏り過ぎた思考に、ただの酔っ払いが書いているからなのかもしれない

最近酔いが廻ろうが、素面だろうが思考がブレていない
腹の底から、潜在意識、右脳がそう思うから書いているのであろう
今の私は自分に嘘はついていない
そしてそれだけで 「十分だ」
私は自分が思う事を書いている


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飛び立つ君へ
絡んでしまい悪かったとは思っている
君は恐らく人に愛される要素を持っている
それこそが最大の宝物だ

愛される要素とは「自分が成長出来うる機会が多い」ということだ
石投げられて生きている野良猫より
毛並が揃った容姿端麗の血統書つきのが幸せになりやすいのは
あたり前の話である
潜在意識がどれだけ良い方向にシフト出来うるか?
その機会の差でもある

だからこそ、いい一時代が訪れるかもしれない
その時にいい気になるな
天狗になるな、奢るな

昔、自分が辛い時期も有るからこそ
君には普通の「幸せな経験しかない」 人間には見えない
人間の境界が見えてくる筈だ
君くらい大幅に潜在意識を入れ替えられた人間になら理解できると思う

「人の分岐」
人間の意識が大幅に切り替わった瞬間だ

一期一会という諺がある

「人との巡り合いを成長とするか、傷としてしまうか」
簡単にいうとこれだけなのだ

大人に成れたならカルト宗教の家の出身だの
そんなハンディ 「君なら取り返せる筈だ」
君は私と違い素直な心があるからな

君との語らいは面白かった
もう過去など振り返るんじゃないぞ

宗教なんぞに囚われている人間に未来はない
それはここのお偉いさんなり、新興の教祖様なり
風呂敷広げれば、ローマ法皇、イスラム様なりだ

「あの手にいくら文句言おうが、禅問答だ」
「文句言うだけ 無駄である」
怒りが収まらないのもわかる話だが
もっと建設的なことにそのエネルギーは使わなければならないのだ

そして皆さんも出来ればそうなって欲しい
私如きが偉そうに言えませんがね

理性的で上品な皆さんが
何故そのままで通用しないのか?
そのままで足りないモノがあるからなのです

「それは自分が完璧だと思っているからこそ、自分を変えられない」 
「孫悟空」 の話です






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そもそもACとは自分で自覚していないケースが多い
感情を抑え込まれため、一見は大人しく真面目で「理性的な人」が多い

そう「理性的な人」程、怪しいのだ
幼少時に有りの侭に我侭を尽くしていないので、悪い意味で大人しい
潜在的に自分の本音を知られる事を恐れている

これは幼少時に「感情とは出してはいけないものだ」という
トラウマが潜在意識に発生するためだと思われる
自分の本音を知られる事を恥だと勘違いするのであろう

「逆に自分の本音を他人に知られて何が恥なのだ?」
自分を本質で理解して欲しいなら、ありのままを伝えるのが当たり前である
それでなくとも言葉とは口に出した時点で誤解を招くものなのだ
飾り気のない素直な意見程解りやすい物は無い
何を誤魔化す必要がある?
素直な直球程、清々しいものはない

「家庭環境とは、人間関係の基本である」
そもそもこの原点が狂っているので、人と真っ向から向き合えない
いつも理性的に親の言う事を聞き、操られている限り
社会にでてもその繰り返しなのだ

親が本当に狂っているなら、正面からぶつかることが正解である
真っ向からぶつからない限りその答えは出ない
そして真に怒りを抱いている人間に直接言えないのが本質の問題なのだろう
よくACサイトには親と別離するべきだと書いてあるが、私はそうは思わない
親から逃げるのでなく、向き合い超えてから離れるべきだ

いつも守ってばかりのルーチンの人間なぞ只の臆病者だ
そのルーチンを破る爆発的な感情が怒りである
奴隷がそのままでは一生奴隷なのと同じなのだ

反抗期、怒りの感情とは己の赤い感情のエネルギーを成長させる段階である
これは力強さと耐久性を高める作業なのだ

子供の頃の記憶があやふやなように
ACは子供と大人の間の中間の時期なのかもしれない
子供でもない、大人でもない

自分の怒りという感情を知るからこそ、他人の怒り、感情も理解出来うるようになる
それが「人を知ると」いう事なのだろう
そしてそれが理解出来れば些細な事で苛立ちもしない

本当に恐ろしいのは
「自分が怒っているのか」 
「誰かを愛しているのか」
この感情にすら気付けなくなる事である

本当に怒りを抱いたなら野性のまま怒ればいい
本当に誰かを愛したなら素直に想いを伝えればいい
「それの何が恥なのだ?」
怒る時に怒り、笑うときに笑う
この単純な感情の動作ができないのがACだ
全ての感情の基本自体が狂っている

真の理性とは自分の経験で構築するものなのだ

親の作り物の理性に対し自分の経験による理性の相対性
このギャップが「現実感」

潜在意識は強い脳への衝撃時に切り替わる
つまりは「感動」
己を意識すら更新する強い感情こそが
今までの己の殻を破るのだ
それこそが世界に向けて旅立つ若者に一番必要な「翼」である




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離人症
自分でない感覚の霧の名称はこれのようです

人を離れる症候、納得する方もおられるかもしれません
私の第三者的視点、自己すら客観視するのもそう言われれば普通ではありません
客観的とは理性的ですが、主観的という現実感が剥離している

解離性障害、この系統の話も伺った件があります
私の客観的概念の上の症状なのかもしれません
解離性は自己の記憶すら消してしまうそうです

精神負荷が限界を超えると自己防衛機能が働くのでしょう
骨折などと同じです、緊急時に脳内麻痺が起こるのでしょう

逆に人に還る方法も有る筈です、
己に覚醒するとはそういう意味なのかもしれません
いかに自分という者は怒りを抑えていたのか
いかに自分とは我侭で傲慢なのか

自分が本当は何に対し怒っていたのか
その本質に気付き、激情のまま 
「理性の殻を破れたなら」
私は人に還れると申しております

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