私がこのブログを始めたきっかけは
自分に起きた体調不良の原因を突き止めたかったからです
どう考えても一番怪しいのは幼少期のJWの教育ですが
私は無神論者ですので、聖書なりの影響は皆無です
教典による影響でないのであれば、児童虐待つまりは愛のムチ、あれこそが原因となる
暴力による脅迫での押さえ込み、AC問題です
それを証明するには、心理学による考察が可能性が高いと考えました
以降は心理学を我流に捉えた考察になります
まずは心理学用語「自我 超自我 イド」について考察してみます
イド(id)
これは、無意識の中でもかなり深い深層心理というものになる
心理よりも生物としての原理ですね、
人間だって理性ゼロなら動物と変わらないと言う事です
飲まず食わず続けていたら、食欲が自然に湧く、
生物としての純粋な欲望からの行動でしょう
自我(ego)
私が提唱してるテーマの1ですが、子供には自我がほぼありません
幼少期は親の教育、判断を借り、善悪の判断をしていくことが多いです
思春期、個人差は有るでしょうが12~3歳から
親の判断と自分の個性との間に溝が産まれ始めます、
いくら親子であろうが、同じ人物ではないのでこれは当たり前です
反抗期ですね、ただこの反抗期時に、普通の人間は自我に目覚め始め
自分自身の判断で、物事の善悪を見極めていくのです
つまり自分という個人の概念を構築し始めるのです
先に述べると、アル中の親も、暴力の親も、宗教中毒の親も本質でいえば、大差ない
毒親問題の特徴で感じるのは、
親への多大な恐怖心により反抗しきれなかった →児童虐待する親
若しくは、正論を言われ過ぎて言いくるめられてしまった →コントロールする親
この2点だと感じております
よって、子供は自分自身の自我の構築を未完成のまま終えてしまった、と私は仮定しています
JW2世が一般的に同世代の人間として子供っぽいのもこの影響だと思います
これがテーマの一つ、「自我の目覚め、己に成る」です
良いか悪いか以前に
「自分はどう思うのか?」こちらのが重要です
それが自我なのです
最後に超自我 (super ego)
モラル、教育など理性に相当するものです
ちょっとカンニングいれますが
「超自我は自我の意識よりも強く、イドを律する。
つまり、自我はイドと超自我の間に立つ調整役であり、
三者の関係はそれぞれ自動車、ドライバー、交通法規になぞられることができよう。」
自動車 → イド
ドライバー → エゴ
交通法規 → スーパーエゴ
良い言葉なのでお借りしました、私の言葉ではありません
私がもう一つのテーマで述べていた
「2世の後遺症」→「因子ペイン」→「潜在意識の改ざん」→「潜在意識に強制されたルール」
これは心理学では 「超自我」 super egoというようです、
教育、常識、それ自体が狂っているので、自分の物差しは普通の日本人と違うのです
全部つながった、辻褄が合った、やっぱりな、の感は在ります、
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ついでにこの3者の関係を絵で眺めると、超自我、つまり教育、モラルは
自我にもイドにも影響する
簡単に言えばサルは動物ですので、ほぼイドだけの生物です
飲む食うできれば満足です →エサなぞ何処からでもかっぱらえばいい
超自我、理性をいれてみます →窃盗は犯罪だというルールが加わる
自我、判断基準を追加 →餓死するわけにもいかないが窃盗も出来ない
つまりはこのイドと超自我の間で葛藤する判断役が自我です
人間が迷い続けるのは当然だとも、いえましょう
適当な計算式を述べると
日本語版JWの教育、「和製聖書」(参照、アーカイブ)、児童虐待前提の教育
+ JW自体の洗脳教育、コントロールする教育
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JW2世= 「児童虐待前提+コントロールされた人」とも言えます
最悪の自体を想定して言えば、
「親の善悪判断のまま生かされたままの子供のままである」→ ドライバーの判断がおかしい
「既に教育を超えた、鎖だらけのルール」 → 交通法規もおかしい
の中で生活していると言う、最悪の可能性があります
勿論それは本来の貴方の姿ではないはずです
そんなルールで生きていれば当然、「自分でない感覚」になるのです
しかし、歴史上の人間に辿り着くとは、流石に考えていなかった、
潜在意識について考察していれば、辿り着くのは必然だったのかもしれません
フロイトが個人的な潜在意識の考察に対し
弟子のユングは集団的潜在意識、つまりは教育、文化の捉え方の様です
私の考え方はフロイトに近いです
師 ジークムント・フロイト 弟子 カール・グスタフ・ユング
私の精神の旅は想定していなかった門に辿り着いたようです
この門の向こうには果たして何があるのでしょうか?
その門を少し開けてみましょう
フロイトの心理理論の図
















