いろいろな事件に出会うとき————「名付け」による安全化 | hermioneのブログ  かるやかな意識のグリッド(の風)にのる

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バシャーリアン。読むことで意識が変わるようなファンタジーや物語に出会ってゆきたい。

いろいろな事件のあった一日。

🌟まず朝9時からマンションの隣の空き部屋の大リフォーム工事が始まり、鍛冶屋のような音の、解体作業です。

 3ヶ月くらいかかるとのこと。でも案内通知が各戸に入っていたし、わけが「わかっている」と、なぜか気にさわらない。不慮のハプニングではないから。「予定」だから。

 

 

🌟10時ごろ大学の駅で降りて、サラダを買うべく駅付属のいつものスーパーに入ったら、

 ひ、ひとが倒れている。

 お洒落なパンツ姿の女性に、男性店員がかがみこんでいるところへ、売り場責任者らしい女性が飛んできて抱き起こし(まわりで見ている買い物客は、あっ、大丈夫かしら、動かしても、とささやきあう)

 

 そのうち、声をかけられ、揺り動かされた女の人はもぞもぞ動きだし、頭を片手で支えたりして、とりあえず意識がある、半白の髪で中年以上だろう、ということもわかりました。

 ほっとしながら、その場を離れましたが、ドラマの一場面に遭遇したようでした。取り敢えず「事件」にはならなそう。

 

 いまの、まさか、リアルドラマの収録じゃないよね? と半ば思いました。

 

🌟何かが起きているとき。

 それが大きな事件であっても、想定内予定内であるときは————いいのです。わけがわかるから。わかるときは、「異常」なことは起きてはいない。

 でも、何が起きているのかわからないとき。それは「ホラー」に、あるいは「偶然という魔の沼」になります。

 

 恐怖とは、この後者。

 たとえば、ゾンビ、という存在が知られていなかったときは、わけのわからないそれに遭遇したら、立ち直れない恐怖になります。

 そういう得体の知れないものに出会ったとき、その恐怖から這い上がるため、人間は「名前をつけて認知する」ことを始めたのではないか。名前をつければ、それは「既知」になるので、相手の威力が変わらなくても、被害が大きくなろうとも、どこかで私たちは救われている。

 

🌟わたしたちは「名付ける」ことで、安全圏域にそれを取り込んできたのでしょう。たくさんの妖怪、病気、怪現象。しくみや本体を「知り得なくても」

「名付ければ固定できる」

「ある領域にそれをピン止めできるる」・・・・・・

 それが魂を守る知恵。世界を支配するワザ。

 

🌟ある現象を「おかげ」と名付ければ、救われる。「摂理」と名付ければ、ストン、と不安の圧が落ちる。

 

 そんなふうに「指さし(名付け)確認」しながら人類は生き延びてきたのでしょう。

 

🌟日々、いろいろな出来事が唐突にやってきます。

「引き寄せているのだ」と思うと、圧が落ちます。

 事件のがわにひっぱられるのではなく、

「私が、引き寄せている」

「完全なことが起きている」

 と、こちらが名付け権を行使する、取り戻すことで、私たちは生きていく力を持つのでしょう。

 

🌟ゾロ目だけでなく、人はいろいろなジンクスを個人的に作ります。たとえば私は小さい地震が、幸運の前知らせ。(大学の合格発表の前夜、揺れた)。朝、蜘蛛を見かけたら吉兆。いろいろなことをミラクルと同定(認定)すると、ふしぎに世界は明るいほうへ回ってゆきます。注目したほうに世界は傾くから。

 

🌟ところで、月曜日の朝7時前のEテレには、

「田中さんによるたな籤」があります。三十秒間めまぐるしく変わる画面めがけて、スマホのシャッターを押すと、今週のお守りになります。

 私はいつも三回は押してしまいます。

 

 

 

こんなのもあります↓

 

混沌とした世界を、「ミラクル」で切り抜く。

すると、ミラクルの型紙だらけの世界になってゆくような・・・・・・