works of art、牛腸茂雄「見慣れた街の中で」
works of art5月15日「牛腸茂雄作品集成について」の続きをすこし・・・
牛腸は1981年に3冊目の写真集『見慣れた街の中で』を発表しています
街を行きかう人々のさまざまな様子、表情をカラーのスナップショットで捉えたものです
牛腸が書いた序文を引用します
「 われわれ一人一人の足下からひたひたとはじまっている、
この見慣れた街。逃れようにもまとわりついてくる日常という触手。
見慣れた街角の雑踏、スキャンダラスな犯罪記事、あやしげな広告、
甘くやわらかいファッション、軽い陽だまりの会話、数えあげれば
限りない。
そのような拡散された日常の表層の背後に、時として、
人間存在の不可解な影のよぎりをひきずる。
その<かげり>は、言葉の襞にかからまり、漠とした拡がりの中空に
堆積し、謎解きの解答留保のままこの日常のという不透明な渦の
中で増殖しつづける生き物のようでもある。
私は意識の周辺から吹き上げてくる風に身をまかせ、
この見慣れた街の中へと歩みをすすめる。
そして往来のきわで写真を撮る。
1981年1月 牛腸茂雄 」
今までの2冊の写真集とは異なり、今度はカラーで撮られています。
新宿、下北沢、銀座、横浜、渋谷?あたりと思われる街を行きかう人々、
街の姿を、時には低い視点から見上げるようにして、
また、少し高い位置から俯瞰して、撮っています。
時代は違えど、これらの写真に撮られた光景は
おそらく私たち自身が街を歩き、人々とすれちがうとき、
立ち止まり、あたりを見渡しているとき、同じように経験している
光景ではないかと思います。
そんな光景の一瞬に感じる「影のよぎり」
解答留保のまま堆積していく<かげり>
牛腸がそのように表現する何かを感じた瞬間に
撮られた写真からなるこの作品の最後を飾っているのは
少し微笑んでいるよう見受けられる女性を
ほんの少し後方の側面から撮ったものです。
なんとなく唐突な終わり方だなと思います。
「セルフアンドアザーズ」の比較的分かりやすい
終わり方とは違い、これからもまだまだ続いていく、
終わりというもののない日常のあり方を表しているのかも
しれませんし、
始まりの写真が着物を着た若い女性の写真、
おそらく成人式ではないかと思いますが、
ということと何か関係があるのかもしれません。
日常といっても、休日の写真が多い気がします。
スーツの中年男性たちが何かを見上げている
写真以外(新宿の東口あたり?)、通常のウィークデイ
を思わせるものはないような気がします。
仮装をした人たちのパレード(場所はどこなんでしょうか?銀座あたり?)、
それを見物に来た人たちが道沿いにずらっと並んでいます。
確かに、そうした休日の風景も「日常」ではあるのかもしれませんし、
そうした休日の姿のほうが、ウェークデイの私たちの姿より、
より「日常」の私たちの姿に近いのかもしれません。
十分にどの場所の、どういったときに撮られた写真なのか
判然としませんし、そのあたりの基本的な考証は
この作品集の解説でも触れられてないとおもいます。
(見落としてるかもしれませんが・・・)
そのあたりのことが分かればもっといろいろ見えてくるのかな?
と思いました。
静止-止まってしまった時間と止まらない時間について-あと『牛腸茂雄作品集成』の感想とか・・・
静止 今日は少し長めだ。。。いやかなり長いか・・・牛腸茂雄という写真家をご存知でしょうか?
1983年、36歳でなくなった牛腸茂雄は3冊の写真集を遺しています。
昨年の秋ごろ三鷹市でかなり規模の大きな、牛腸さんについての包括的な
展覧会が開かれました。
そのときはじめてその写真を見たわけですが、ほんとうにすばらしい作品で、
展覧会自体も非常に力の入ったとても厚みのあるものでした。
会場は2ヶ所に分かれていて、そのうちの一箇所はけっこう駅から離れていて
見る前はどうしようかな~と思っていましたが、駅前のギャラリーの展示を見て、
行かなければ・・・と思ってぶらぶら歩いていった記憶があります。
この展覧会にあわせて、一冊の写真集が組まれました。
- 著者: 牛腸 茂雄, 山形美術館, 新潟市美術館, 共同通信社, 共同通信=, 三鷹市芸術文化振興財団三鷹市美術ギャラリー, 小川 紀久子
- タイトル: 牛腸茂雄作品集成
この写真集には3冊の写真集の全作品だけでなく、インクブロットやマーブリング
という手法で描かれた絵というかイメージの作品集の全点、雑誌に掲載された
写真などが収められ、かなり包括的なものとなっています。
とくに3冊の写真集の全点を一度に見られるのはほんとうにすばらしい・・・
内容もとても練られていて牛腸さんの文章や、作品についての簡単な批評、
友人であり重要な関係者であった人たちの文章など、盛りだくさんです。
3冊の写真集のうち今日は第2作である
『SELF AND OTHERS』
について少しだけ紹介したいと思います。
この写真集は子供から大人までのポートレート、集合写真
からなっています。
『自己と他者』というタイトルをつけられたこの作品について、本人の
構想メモが残されています。一部引用します。
PERSON=人々=People
個人の生活史のある断章、
人間へのあくなき執着、
私の家系の(親族・肉親)ひとびとを通して現存する生の回帰、
ある日、ある所で出会う、第三者(他人)との交叉、
精神病者からの体験、<精神病院>
生命の誕生、
死、<死体
以上のような断片と実際の写真を照らし合わせてみると、
あ~こんな意図でこれを撮って、入れたのかな~
といろんなことが思い浮かんできます。
非常によく練られた、すごくよく考えられた写真集です。
ひとつの小説、詩、そんな印象を受けます。
展覧会で見たときに、写真というのはこんなふうにいろんなことを表現できるのか~
と思わせられた、衝撃的な作品でした・・・
この写真集は4286円(税別)とけっこう高い。。。と思って
なかなか手が出なかったのですが先日本屋で見かけて
やはりほしい・・・3冊分まとめて入っているし・・・と思って
買ってしまいました・・・あ~買ってよかった~
ということで、関心をもたれた方、ぜひ一度どこかでぱらっと見てほしいな~とおもいます。
こんなこと考えて、写真とって、作品集にして残してくれた人がいたことは
もっと知られてもいいと思います。牛腸茂雄さん本人も言ってますが、
なんとなく何度も眺めているうちに、あれっといろんなことに気付かされる
写真集だと思います。
特に奇をてらったところがあるわけではなく、どちらかというと静けさに満たされた、
何気ない、「普通」の人々が写った写真、ありふれた日常風景の中での写真。
住宅街の道路を歩く子供の一団、振り返るそのうちの一人がカメラに向かっておどけてみせる。
住宅街の道路の真ん中で、一人立っている少女のポートレイト。
部屋の中で撮られたある家族4人。
崖の上に生えている木の根の広がるその形が、断面にきれいにうかがえる低い崖の
前で撮られた集合写真。
カーテンの前で肩を寄せる二人。
日の差し込む大きな窓のそばに立つ少女。
高いコンクリートの壁のに向かって、何か手に持った紙を読んでいる中年の男性。
牛腸氏本人のセルフ・ポートレイトは、窓際の部屋の片隅、窓からの光が
牛腸氏の左側だけを照らし出し、もう半分は、かなり暗くなり細部は見えない。
その背後に掛けられた絵は、おそらく牛腸氏自身が描いたインクブロット。
紙に垂らされたインクが描く、半ば偶然の「しみ」であるインクブロットは、
牛腸氏が興味を持っていたという、ロールシャッハテストに用いられる
図版を思わせる。
最後の写真は、濃いもやのなかにに向かってかけていく子供たち。
どこかで見てほしいな~
あんまり売ってるところ見ないけど、図書館とか行けばあるかな?
三鷹の図書館にはさすがにあるだろうとは思うけど・・・
三鷹の本屋にもあるかな?
もしかしたらこの話題続く・・・かな・・・
signs in
・・・senior citizens, koen-dori and an advertizing flag大き目の画像はこちらのリンク先で見られます。そんなに大きくないけど・・・>>http://hermetic.exblog.jp/






