関東でも関西でもない
 日本の先っぽの方の、
 アジアっぽい感性の着物というのが
 あります。

 第一の疑問は
 どういう人が着こなせるのかということ。

 こちらが例の祖母の箪笥の、それ系のもの。

左が前にお話しした「返還前」=戦後から1970年代前半より前の琉球絣。画像だと黄土色ですが実際は絹なのでピカピカ金色でまるで黄金虫みたい。何が今と微妙に違うかというと、柄ではなくて、縦線の部分。何とかって名前があるこの線が複雑で結構インパクトあるのですが、この部分も絣なので真っ直ぐ合わせるの大変技術がいるそうで。ところが結構くどい😅、それで琉球絣はこの線を省略して軽く都会的にしていった経緯があります。


右の泥大島は、大正生まれの祖母の母が反物で持ってたものなのでどんだけ古いのかって感じです😂母が20年前に仕立てたけど、地味で。状態は良いのに、結局、三代に渡りw


二着とも誰も一回も着てない。


祖母は。

今、冷静に考えたら、ショッピングアクロっぽい

側面があったと思う。デパートの工芸展催事で

即決したって言ってたしw

稲妻より早い即決w 時代を超えて

拙ブログのフォロワー様達にも散見される

傾向であるところが草😂

買い物病は特効薬がまだない難病ですな🧐


下の帯は、インドネシアの

アンティークバティックです。

左は、インドネシアが日本領だった頃の物で

その当時そちら方面に商船でよく行っていた

祖母の父のお土産だそうで、サイズからして

日本の帯用の布でした。

あの当時、「ホウコウカイ」(奉公会)

という種類の日本仕様の

バティックがあったのよ…歴史の闇。


右は、ラスムというインドネシアバティックでも

茜染めを得意とした地域の19世紀の布から

仕立てた帯。プリミシマという目の細かい

コットン地が使われています。

この帯も上の泥色、地味色の

大島に合わせるために母があつらえたものの

母はほとんど使ってない😅

私が日本にいた時はたまに

白っぽい塩沢の蚊絣の単衣に合わせてました。


こういう独特な着物が似合う人が

ほんとの美人、ほんとの上級者なのかも?

もしくは

この時代、マレーシアや

インドネシアの人に着てもらったらいいのかも?


私には無理です〜😅

妹に持ってくつもり😅


教訓として

着物=今でしょ。

着るか、着ないか。

箪笥の肥やしにするのは21世紀的にもう

おしまいでは…と。