真壁のひなまつりに行ってきました(後編)
もしかして、このブログを見て真壁に出かけようと思った人、もう町のおひな様は仕舞われていると思います。女の子の節句は3月3日でお仕舞い。これを過ぎておひな様を飾っていると、その家の女の子は嫁にいくのが遅れるというコワーイ言い伝えがあります。婚活がうまくいかないアラサーやアラフォーの女子は、胸に手を当てて幼い日のできごとを思い返してください。なにか思い当たるフシはありませんか…… なんてね。
いやいや、これを打ち消す強力な縁結びのパワースポットが真壁にあったとしたら、どうします。キーワードはラブレターです。
ひなまつりも終わり、町中に飾られた何千何百という雛人形がいっせいに姿を消すと、真壁は明治・大正・昭和初期の面影を残す静かな歴史の町にもどります。
重要伝統的建造物群保存地区。国の有形文化財に登録されている近代建築だけでなんと104棟もあります。これって、もしかしたら日本のヘリテージング観光都市ベストテンに入るかもしれません。
さて、話を縁結びのパワースポットに戻しましょう。
104の有形文化財のなかで唯一の洋風建築が旧真壁郵便局です。昭和2年に国立第五十銀行として建てられました。昭和31年から真壁郵便局となり昭和61年からは町並み案内所として利用されています。
モンダイはこの古い郵便局。玄関に向かって左側、ここにひとつの不思議な郵便ポストがあるとおぼし召せ。赤い円筒形の昔ながらの郵便ポストですが、ここにあなたが1通の絵葉書を投函したとしましょう。宛先はあなたが好きな人です。別に告白しなくてもけっこう、真壁の絵葉書に町の印象を一言二言(ホメ言葉がいい)これだけ。ただしお賽銭のように心をこめて投函すべし。
あ、それからカップルで来た場合、女子は目の前の男子宛てにここから絵葉書を投函してください。(メールはダメ)この町に代々伝わる何千何百というおひな様が、結びの神として、このポストに投函した女子にパワーをくれるらしいのです。へえ、それってバレンタインみたいじゃん…的な話を地元の女子高校生がしているらしいという噂を耳にしたようなしないような…。
まあ、神社やお寺だけでなく、古い近代遺産にもこの手のパワースポットが生まれてもいいのではないかと思うこのごろです。ヘリテージングがもっと楽しくなる。
では、真壁ひなまつりの後半をご覧ください。
阿波屋ステンドグラス雛 和風モダンなウインドーが最高!
すし兼のサンプルケースに寿司の姿はない
すし兼の座敷飾りと手作り雛
海老沢写真館
ケースに魚の姿がありません ここも開店休業池田鮮魚店
石匠の蔵に展示された珍しい石雛
川島洋品店は有形文化財の文庫蔵を公開
蔵の中には当然お雛様
川島書店の見世蔵 これも有形文化財
御陣屋前通りの仲町休憩所
古川家の旅籠ふるかわ 土蔵と中庭を公開
ここでサロンパスなんて売っているのだろうか大和屋薬局
赤の毛氈と赤のダイハツコペンが存在感を競い合っていた
稲葉米穀店この日はお米屋さんを忘れるようだ
小田部生花店 ここのお雛様もスゴイ!
小田部生花店の菊人形ならぬカーネーションびな
石田金物店は人気があった
手製の古布オリジナル雛アイデアが楽しい
増渕ラジオ商会というパナソニックのお店 テレビもあります
一般のお宅でも外側にお雛様を飾っている これがうれしい!
この町の有形文化財は104ある
こんなに立派な石碑を建てているのはこの町だけだ
そういえばここは真壁石という花崗岩の産地です
だれですかお墓みたいといったのは!
2時間私を待っていたヘリテージング3世号
もう少し気候がよくなったら再び真壁に行きたいと思います。絶対に行こうと思います。お雛様抜きでもこの町は人を惹きつけるモノがあると思いました。皆さんもヘリテージングにぜひどうぞ。
いやいや、これを打ち消す強力な縁結びのパワースポットが真壁にあったとしたら、どうします。キーワードはラブレターです。
ひなまつりも終わり、町中に飾られた何千何百という雛人形がいっせいに姿を消すと、真壁は明治・大正・昭和初期の面影を残す静かな歴史の町にもどります。
重要伝統的建造物群保存地区。国の有形文化財に登録されている近代建築だけでなんと104棟もあります。これって、もしかしたら日本のヘリテージング観光都市ベストテンに入るかもしれません。
さて、話を縁結びのパワースポットに戻しましょう。
104の有形文化財のなかで唯一の洋風建築が旧真壁郵便局です。昭和2年に国立第五十銀行として建てられました。昭和31年から真壁郵便局となり昭和61年からは町並み案内所として利用されています。
モンダイはこの古い郵便局。玄関に向かって左側、ここにひとつの不思議な郵便ポストがあるとおぼし召せ。赤い円筒形の昔ながらの郵便ポストですが、ここにあなたが1通の絵葉書を投函したとしましょう。宛先はあなたが好きな人です。別に告白しなくてもけっこう、真壁の絵葉書に町の印象を一言二言(ホメ言葉がいい)これだけ。ただしお賽銭のように心をこめて投函すべし。
あ、それからカップルで来た場合、女子は目の前の男子宛てにここから絵葉書を投函してください。(メールはダメ)この町に代々伝わる何千何百というおひな様が、結びの神として、このポストに投函した女子にパワーをくれるらしいのです。へえ、それってバレンタインみたいじゃん…的な話を地元の女子高校生がしているらしいという噂を耳にしたようなしないような…。
まあ、神社やお寺だけでなく、古い近代遺産にもこの手のパワースポットが生まれてもいいのではないかと思うこのごろです。ヘリテージングがもっと楽しくなる。
では、真壁ひなまつりの後半をご覧ください。
阿波屋ステンドグラス雛 和風モダンなウインドーが最高!
すし兼のサンプルケースに寿司の姿はない
すし兼の座敷飾りと手作り雛
海老沢写真館
ケースに魚の姿がありません ここも開店休業池田鮮魚店
石匠の蔵に展示された珍しい石雛
川島洋品店は有形文化財の文庫蔵を公開
蔵の中には当然お雛様
川島書店の見世蔵 これも有形文化財
御陣屋前通りの仲町休憩所
古川家の旅籠ふるかわ 土蔵と中庭を公開
ここでサロンパスなんて売っているのだろうか大和屋薬局
赤の毛氈と赤のダイハツコペンが存在感を競い合っていた
稲葉米穀店この日はお米屋さんを忘れるようだ
小田部生花店 ここのお雛様もスゴイ!
小田部生花店の菊人形ならぬカーネーションびな
石田金物店は人気があった
手製の古布オリジナル雛アイデアが楽しい
増渕ラジオ商会というパナソニックのお店 テレビもあります
一般のお宅でも外側にお雛様を飾っている これがうれしい!
この町の有形文化財は104ある
こんなに立派な石碑を建てているのはこの町だけだ
そういえばここは真壁石という花崗岩の産地です
だれですかお墓みたいといったのは!
2時間私を待っていたヘリテージング3世号
もう少し気候がよくなったら再び真壁に行きたいと思います。絶対に行こうと思います。お雛様抜きでもこの町は人を惹きつけるモノがあると思いました。皆さんもヘリテージングにぜひどうぞ。
真壁(まかべ)のひなまつりに行ってきました(前篇)
外は寒いし、2匹の猫と部屋に閉じこもりパソコン三昧の不活性な毎日。まあ、誰にも文句を言わせない天下のリタイヤ暮らしです。デジカメ写真や、iTuneの音楽データがだいぶたまってしまいパソコンがちかごろ挙動不審なので、1テラの外付けHDをヤフオクにて落札、愛用のDELLちゃんのドライブの空き領域を広げる作業に没頭していました。
そんなある日、「特ダネ」というテレビ番組で気象予報士の天達(あまたつ)さんが茨城県桜川市真壁町からの現場中継をしていまして、町をあげての「ひなまつり」とかで、通りに面した商店がこぞって古い雛人形の陳列をやっているのです。
真壁といえばたしか重要伝統的建造物群保存地区(略して伝建地区)。真壁ヘリテージング、気にはなっていたのですが、交通のアクセスが面倒くさそうでパスしていました。
天達情報にうながされ、天気のいい金曜日の昼さがり、ヘリテージングⅢ世号の出動となりました。東関道からR16経由で常磐道の柏ICへ、ナビに従い千代田石岡ICで常磐道を降り、くねくねした細い峠道を登って下ると真壁町のある桜川市、所要時間2時間半。すり抜けの連続だったR16の渋滞を考えれば、思ったより早く着いた感じです。
特設の有料駐車場にヘリテージングⅢ世号を置き(クルマは500円、2輪はタダ)デジカメを首からぶら下げていざ「ひなまつり」会場へ。といっても町の通り全部が会場なので、駐車場でもらった地図を手に町中散策といったところです。
肉屋さん、米屋さん、金物屋さん、電気屋さん、石材屋さん、学習塾、床屋さん、設計事務所、酒造会社…。とにかく通りに面した192の住宅・店舗・工場が参加する雛人形の大博覧会です。
やはり見てもらった方が伝わると思いますので、写真を50枚アップします。スクロールが大変なので、2回に分けてご覧いただきます。
町の入り口、平日なのに通りは人でいっぱい
細谷家の玄関に集まるお客さん
明治・大正・昭和・平成のお雛様を展示
山藤理容所
床屋さんの店内はつるし雛が中心でした
街角のあちこちには風情のある茶店がある
古い大正時代のお内裏様
こちらはもっと古い明治時代のお内裏様
さまざまな時代の雛人形コラボレーションですな
ケーキ屋さんも頑張っています
民家の玄関先にもつるし雛が、おしゃれです
一般の住宅も出窓を使ってひな祭りに参加しています
なつかしい駄菓子屋さんの店先です
駄菓子屋さんの奥にはこんなに時代がかった貴重なモノが
シックかつクラシックな五人囃子です
シックな五人囃子のウィンドウディスプレーに感激しました
仕舞た屋風のたたずまい、何屋さんなのかモロカワヤ
モロカワヤさんは星野家であり、有形文化財でした、納得!
こちらも素晴らしい店構え 藤屋履物店
藤屋履物店も由緒正しい三輪家の有形文化財でした
有形文化財藤屋履物店の店内です
有形文化財藤屋履物店の店主です
もう何屋さんなのかわからない時計屋さん
元銀行がいまは旧郵便局になった 赤いポストがいい!
もちろん有形文化財です
今回はここまで。続きは近日公開ということで…
そんなある日、「特ダネ」というテレビ番組で気象予報士の天達(あまたつ)さんが茨城県桜川市真壁町からの現場中継をしていまして、町をあげての「ひなまつり」とかで、通りに面した商店がこぞって古い雛人形の陳列をやっているのです。
真壁といえばたしか重要伝統的建造物群保存地区(略して伝建地区)。真壁ヘリテージング、気にはなっていたのですが、交通のアクセスが面倒くさそうでパスしていました。
天達情報にうながされ、天気のいい金曜日の昼さがり、ヘリテージングⅢ世号の出動となりました。東関道からR16経由で常磐道の柏ICへ、ナビに従い千代田石岡ICで常磐道を降り、くねくねした細い峠道を登って下ると真壁町のある桜川市、所要時間2時間半。すり抜けの連続だったR16の渋滞を考えれば、思ったより早く着いた感じです。
特設の有料駐車場にヘリテージングⅢ世号を置き(クルマは500円、2輪はタダ)デジカメを首からぶら下げていざ「ひなまつり」会場へ。といっても町の通り全部が会場なので、駐車場でもらった地図を手に町中散策といったところです。
肉屋さん、米屋さん、金物屋さん、電気屋さん、石材屋さん、学習塾、床屋さん、設計事務所、酒造会社…。とにかく通りに面した192の住宅・店舗・工場が参加する雛人形の大博覧会です。
やはり見てもらった方が伝わると思いますので、写真を50枚アップします。スクロールが大変なので、2回に分けてご覧いただきます。
町の入り口、平日なのに通りは人でいっぱい
細谷家の玄関に集まるお客さん
明治・大正・昭和・平成のお雛様を展示
山藤理容所
街角のあちこちには風情のある茶店がある
古い大正時代のお内裏様
こちらはもっと古い明治時代のお内裏様
さまざまな時代の雛人形コラボレーションですな
ケーキ屋さんも頑張っています
民家の玄関先にもつるし雛が、おしゃれです
一般の住宅も出窓を使ってひな祭りに参加しています
なつかしい駄菓子屋さんの店先です
駄菓子屋さんの奥にはこんなに時代がかった貴重なモノが
シックかつクラシックな五人囃子です
シックな五人囃子のウィンドウディスプレーに感激しました
仕舞た屋風のたたずまい、何屋さんなのかモロカワヤ
モロカワヤさんは星野家であり、有形文化財でした、納得!
こちらも素晴らしい店構え 藤屋履物店
藤屋履物店も由緒正しい三輪家の有形文化財でした
有形文化財藤屋履物店の店内です
有形文化財藤屋履物店の店主です
もう何屋さんなのかわからない時計屋さん
元銀行がいまは旧郵便局になった 赤いポストがいい!
もちろん有形文化財です
今回はここまで。続きは近日公開ということで…
今年は大正100年にあたる年なのだそうです。
日経新聞の記事下の小さな出版広告に目がとまりました。「大正NEWS年表」という本の広告です。そのリードコピーに「平成23年は大正100年に当たる節目の年。大正100年記念出版!」とあります。へえ、そいつは気づかなかった…。
というわけで、100年前の大正元年を、ちょっと書物で「出来事ヘリテージング」です。
明治天皇が亡くなり元号が大正と改まったのは明治45年7月30日。だからこの年は1月1日から7月30日までが明治45年、7月31日から12月31日までが大正元年となります。ややこしいですね。
さて100年前の大正元年(明治45年)はいかなる年であったか…。
3月12日(火)あのジャパン・ツーリスト・ビューローが創立しました。日本交通公社ですね。そして一ヶ月後の4月14日(日)タイタニックが氷山に衝突。
奇跡的に救出された乗客の中にただひとりの日本人がいたそうです。作曲家の細野晴臣氏の祖父で鉄道院副参事だった正文氏。できて間もないJTBがこのツアーに関わっていたかどうかはさだかではありません。
この年、関西人にとっては歴史的な出来事がありました。ひとつは通天閣をシンボルとする新世界がオープンしたこと。もうひとつは吉本吉兵衛、せいという若い夫婦が小さな演芸ホールを始めたこと。
大阪天満天神裏、古ぼけた演芸館を手に入れた若い夫婦、当時の演芸場の入場料金15銭を50%オフにし、出演者の構成を噺家中心から曲芸、義太夫、講談など「色物」を中心とした路線にしたのです。
これが大当たり、翌年の1月には道頓堀近くに「吉本興行部」という看板を出しました。昭和13年にはあの通天閣も買い取り、平成23年、いまや日本のテレビ・バラエティと吉本興業は切っても切れない関係となっています。
吉本興業の東京進出に尽力した横澤彪(たけし)名プロデューサーが、奇しくも吉本100年目に当たる今年1月に亡くなりました。
偶然のタイミングでしょうが、寛平チャンのアースマラソン地球一周41040キロという偉業も、吉本興業100周年を祝福する一大モニュメント、に思えてくるのです。
(資料 週刊YEARBOOK日録20世紀1912 講談社)
というわけで、100年前の大正元年を、ちょっと書物で「出来事ヘリテージング」です。
明治天皇が亡くなり元号が大正と改まったのは明治45年7月30日。だからこの年は1月1日から7月30日までが明治45年、7月31日から12月31日までが大正元年となります。ややこしいですね。
さて100年前の大正元年(明治45年)はいかなる年であったか…。
3月12日(火)あのジャパン・ツーリスト・ビューローが創立しました。日本交通公社ですね。そして一ヶ月後の4月14日(日)タイタニックが氷山に衝突。
奇跡的に救出された乗客の中にただひとりの日本人がいたそうです。作曲家の細野晴臣氏の祖父で鉄道院副参事だった正文氏。できて間もないJTBがこのツアーに関わっていたかどうかはさだかではありません。
この年、関西人にとっては歴史的な出来事がありました。ひとつは通天閣をシンボルとする新世界がオープンしたこと。もうひとつは吉本吉兵衛、せいという若い夫婦が小さな演芸ホールを始めたこと。
大阪天満天神裏、古ぼけた演芸館を手に入れた若い夫婦、当時の演芸場の入場料金15銭を50%オフにし、出演者の構成を噺家中心から曲芸、義太夫、講談など「色物」を中心とした路線にしたのです。
これが大当たり、翌年の1月には道頓堀近くに「吉本興行部」という看板を出しました。昭和13年にはあの通天閣も買い取り、平成23年、いまや日本のテレビ・バラエティと吉本興業は切っても切れない関係となっています。
吉本興業の東京進出に尽力した横澤彪(たけし)名プロデューサーが、奇しくも吉本100年目に当たる今年1月に亡くなりました。
偶然のタイミングでしょうが、寛平チャンのアースマラソン地球一周41040キロという偉業も、吉本興業100周年を祝福する一大モニュメント、に思えてくるのです。
(資料 週刊YEARBOOK日録20世紀1912 講談社)
正月早々母校の中学校を訪ねたワケ。
年賀状を虚礼と見做しやめてしまう人も多いようですが、たとえ年に一度の印刷やスタンプ賀状であっても、正月に届く一通の消息は、どっこい生きてることを互いに知らせ合う証拠の狼煙みたいなもの、花火でなく一筋の煙でいいのです。今年もあちらこちらの町にたなびいた年賀の煙が、そろそろ薄れ始める正月9日となりました。
さて久しぶりに中学の同級生から届いた年賀状に、我が母校「新宿区立戸塚第一中学校」がなくなったと書かれてありびっくりしました。ヘリテージングで古い校舎巡りなどを楽しむ私です。過疎地の廃校の話題には多く接しますが、まさか東京の新宿のど真ん中にある母校がなくなるとは思いもよりませんでした。
聞くところによると、少子化で生徒数が減少し、平成17年に近くの戸山中学校と統合して「新宿区立西早稲田中学校」という新しい学校になったとか(もう6年前のハナシじゃないか!)。場所はかつて私が通った新宿区戸山町の同じ場所だそうで、ヒマだし正月だしこれはもう行くしかないというわけで、ヘリテージングⅢ世号(ホンダのスクーター)の出動となりました。
その前に、調べたこともなかった我が母校をネットで検索、創立は昭和22年、終戦直後にできた学校です(こんな事実も知らなかった!)。私は昭和35年の卒業だからもう50年前のことです。
その西早稲田中学校とやら、どんな姿をしているのか。興味シンシン…。で、現場に到着してびっくり。明治通りってこんなに狭かったっけ!かつて早稲田大学に通っていたこともありこのあたりの土地勘はあったはずですが、それも40数年前のハナシ。あの頃の明治通りはもっと立派な日の当たる大通りだった。こんなビルに囲まれた谷底みたいな道ではなかったはず…。
明治通りと諏訪通りが交わる諏訪町交差点、昔のままの場所に確かに中学校がありました。見知らぬ中学校が。
私は記憶が削除された思い出の街角に立ちつくすだけでした。
ふと、ある夢を思い出した。見知らぬ土地を迷いもなく平然と歩いていたくせに、よく知っているはずの場所で道を失い完全に迷ってしまう…。ときどき見る悪夢です。
40年ぶりあるいは50年ぶりに訪れたなつかしの町は、不思議なトワイライト・ゾーンでした。しばらくは行きたくありません。
これが昭和35年当時の戸塚第1中学校 校舎の裏が明治通り 奥の森が諏訪神社 画面右が池袋方面 左が新宿方面 あたりには3階建て以上のビルがほとんどない
正月らしからぬ話になりましたが、ヘリテージングって、時にこういうミステリアスな気分要素も混じりますので、あまり思い入れのない初めての場所を楽しんだ方がいいかもしれません。
あけましておめでとうございます。
ことしの年賀状は、近所の海岸で撮った写真を使いました。いつも散歩している検見川の浜の風景です。写真の左端にすっくと立ち上がっているのが東京スカイツリー。千葉からでもこんなに高く見えるのです。
海岸にある「浜辺の情景」という彫像がシルエットになって美しい夕暮でした。でも年賀状なので初日の出を付け加えました。正直申し上げると、これは西から昇る太陽です。下がオリジナル写真。
ヘリテージングは昭和初期から大正を経て明治維新まで、時代をさかのぼるタイムトラベルです。映画のスーパーマンは時間をさかのぼるために地球を逆回転させました。ならば私も、ヘリテージングが、日本人の新しい観光レジャーとしていつかきっと根付きますよう、西から昇るこのミラクルな御来光に祈ることにします。ことしもどうぞよろしく。