レモントレモロ│2、堕ちる、空。
🍋 LEMON_SLICE (目次)レモンの実がなるまでslice 0【前奏曲】slice 1、気怠い黄色slice 2、落ちる、空。slice 3、SECRETslice 4、ユキオトユキロslice 5、カコは振り返らない THE 娼婦今日はそんな気分ひとめぼれした赤いバラ柄のもこもこジャケットに、膝上丈のエナメルピンヒールばっちりきめてきたのに、道路が割れてたとこにヒールをひっかけて、転んじゃった空が堕ちてきたかと思った もしかして私が堕天使ですか世の中のお客さんを救うべく現れたのです 風俗の仕事を天職だと言って笑っていた。 周りは誰もがそう信じていたと思う。私も。それだけ明るかったから。休むことなくずっと働いていた。 ただ一日の本数を〇本、と少なめに決めていた。何本か忘れたけれど、人より少ない本数だったと記憶している。体力がもたないと嘆いていた。 ほかの女の子が迷惑がる客も喜んで引き受けていたらしい。 私が引いている顔を見て、他の嬢が言った。「あの子のすごいのは、どんな変態が来ても順応できるところ。女の子たちが集まれば嫌な客の悪口になるんだけどさ、ココはにこにこしてる。そんなことないよ、いいひとだよ、可愛いよ、って。最初は本気か? こいつ、って思ってたんだけど、どうやら本当に可愛いって思ってるみたい。ほんとすごい。すごいけど狂ってる」 それだけお金にがめついのかといえば全然そうではなかった。 着ている服は、ブランド品でもなく、そういったものにも興味がなさそうだった。仕事中はお酒もコーヒーも飲まない、という徹底ぶりだ。爪も伸ばさない。マニキュアをしないのは、ケイが嫌がるからと言っていた。 ときどき仲間内でカラオケに行くと、歌うより盛り上げ役だった。ゲーセンに行ったり、飲みに行ったりすることもあったけれど、「私が出す~」って気前がよかった。「みんなといるのすごく楽しくて、共有できたことが嬉しいから全然出すよ」 って本当に嬉しそうにしているココを忘れられない。 趣味はと聞くと「仕事だよ」という。ほかにはもうなににも興味がないと言っていた。 きっと生きることにも。 私たちには見せないだけで、いつ死んでもおかしくないような危うさは常にあったのだと思う。 だけどやっぱり、日記を読み進めていくうちに、天職だったのかもしれないと思わずにはいられなくなる。本当に彼女はよく笑い、特にケイといるときのココは本当に楽しそうだった。 ココの日記を読めば読むほど、本心はどこにあるのかわからなくなってくる。意味があるようでないのか、ないようであるのか。 ココは、時々、詩をうたい、時々、嘘を織り交ぜる。 全部が嘘だったのかもしれない。 ここまで書いて、キーボードから指を離した。 …… …… ……なにも打てず、真白な画面を見つめていた。 ふと空を見ると、空は濁り、悲し気に私を見つめていた。今にも墜落しそうな雨を待つ。