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  ~生き生きな毎日~

    
    

今年もこれから夏場にかけて、節電を気にかける季節がやってきた。


思えば、東日本大震災における原発の問題のあり方が路程され、そこから一気に電力関連に


おける気随指数が上がったように思える。


今や新聞やニュースなどでは、連日節電記事やその関連が目に留まる。その中で、今年は


特に関西電力管轄内においての大飯原発の稼働における是非が大きく取り立たされている。


目にした記事を簡潔に紹介するとすれば、大飯原発の再稼働を自粛した場合における関西


電力管轄内の電力供給量は昨年より減量し、今年に至っては、15%の節電要請は必至であり、


場合によっては、計画停電も辞さない構えだとある。


一般家庭においては、さほど問題でもないのだが企業側にとってはそうもいかない。


去年も東日本における節電要請や計画停電により、生産工場では、昼夜の逆転稼働や、


生産を中止せざるを得ない状況にもなったという。


今年も同じ事が関西で起きるという事だ。


僕の仕事上、そこの所を関西にある企業を中心に先日聞いてみたのだが、皆、口をそろえて


15%の節電要請はいた仕方なきにしもあらずだが、計画停電は厳しい。との事だ。


当然である。自家発電を備える企業はまだいいが、そうでない企業や工場は計画停電とも


あれば、その時点で生産をストップせざるを得ない。または、その日一日全て休業する。


というのは、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)が言っていた事である。


一方で、JR西日本においては間引き運転は今のとこ思慮の段階であるようだが、関西電力


の要請次第ではそれも仕方なく辞さなくなるだろう。他交通機関との連携も早急に詰めな


ければならない。とある。


先日、経済産業省の発表によれば今季の我国におけるGDPはわずかな上昇であったという。


欧州におけるユーロ問題や、比例するが如く世界における金融不安により、株価指数や


外貨指数も下がる一方の中、そのGDP上昇の一件はわずかな明かりを見た感じである。


だが、これから7月~9月にかけ、電力不足による節電、または計画停電が関西地方で


おこりうるわけだ。


人生山あれば谷あり!という言葉があるがまさにそれを象徴したかのように、明るい兆しが


見えた途端に、夏場にかけ生産量ダウンが必至となる電力不足。また一気にGDPは下がる


わけだ。


なかなか上手くいかないものである。


唯一願うとすれば、節電は当然の事ながら、電力使用制限令止まりで、計画停電は極力


避けてほしいと祈るばかりである。

昨日、会社にて部下との会話の中で、きゃりーぱみゅぱみゅという歌手の話題が出てきた。


雑誌のモデルや歌手活動を主にする近頃話題の芸能人だが、その芸能人の話題で、


大いに周囲に笑われた出来事が昨日起こった・・・・・><


その会話の一部始終を、ご覧頂く事にしよう。




部下:「この前きゃりーぱみゅぱみゅの歌聞いたんですがいいですよねぇ彼女の歌。」


僕:「きゃりーぱみゅぱむ?」


部下:「いえ、、、ぱみゅぱみゅ・・・です!」


僕:「ぱむぱみゅ・・・・・・」


部下:「・・・・・・・・・・・ぱみゅぱみゅ・・・・・・・・」


僕:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

続けて・・・「・・・・ぱ・みゅ・ぱ・みゅ・・・・・・」


部下:「そうです^^ でも、それを普通に話す口調で言ってください。








僕:「・・・・・・・・・・・ぱむぱむ・・・・・・・・・・・・・」





部下:「あはははははははは!(大笑い)」


僕:「いいづらいわ!なんでそんな芸名つけたんだ。確信犯か><」


部下:「いいじゃないですか、なかなか独創的で返って名前覚えられますよ。」


僕:「確かに、かなりの独創的な感性の持ち主ではありそうだな。」


部下:「では、もう一度名前言ってみてください。さんはい!







僕:「きゃりーぱみゅぱむ






部下:「最初に戻ってるじゃないですか!あははは(笑い)」


僕:「くぅ・・・・・・・・・・・・・・もういい!さっさと仕事しろ!><」



と、、ま、こんな感じのやり取りでした。


というか、ぱみゅぱみゅなんて言いにくいにもほどがある><


人によっちゃ舌噛むぞ、そんな名前・・・・・;;


ってな感じですが、部下は平然と言えてる事がまたかえって、言えない自分を際立たせる


結果に、少々恥ずかしい出来事でもありました。


きゃりーぱみゅぱみゅさん。どうか・・・・・・・・・


きゃりーぱむぱむという風に改名してください><

朝起きて、窓越しに外を眺めると、太陽が煌々とまぶしく輝いていた。


「今日もいい天気だ!」


自然界は変わらない、水・土・大気等々・・・・その時々の時間の中で変らずあり続けるものだ。


地球という観点から見てみるならば、唯一変貌を遂げているとすれば人類ではないだろうか?


この地球上において、唯一思考や言葉を駆使し、独自の社会を築き上げている。


しかし、時間の経過の中で人類というものを考察するならば、どうなのか?


今、この時点で言うなれば、地球上においてその生態意義は酷く混沌としているのではないか?


同じ、生命体での迫害や殺し合いもさることながら、生存敵地のための破壊など・・・・・・


進化という言葉があるが、地球はどうであろう?むしろ今は退化しているようにさえ思える。


その一番の原因が人類の行ってきた行為である事は考えるまでもないであろう。


この記事を御覧になられた方の中には少なからず、「何を考えてるのだろう?おかしいのか?」


と思う人もいるのではないだろうか?


それこそが、退化の始まりだと、僕は考える。


思考あるゆえに、己の自己顕示欲の強欲さ。つまり言うなれば・・・・・


自分を認めてもらいたい、一番になりたい、好かれたい、でもめんどうなのは嫌だ、他の為に


進んで動くのはめんどうだ。等々・・・・・・


自分は違う!と考えてる人ほど、その傾向は強いであろう。


そういった、自分中心の考えすら悪びもなく肯定してしまう思考を持つゆえ、自然界の破壊を


招いたに他ならない。


学問の中に地政学というものがある。その地政学の基礎基盤を見てみると、まさに人類のエゴ


が書かれてある。


適材適所、生存敵地の確立。つまり、生きるが為に他を侵略しても構わない。という思考だ。


理論を投じた学者から見る限り、第2次大戦におけるナチスドイツの行為を肯定化するための理論


であったとも僕は考える。


それを、今もなお続けているのが人類であり、更にはそれらが正しいとさえ考えているのが多い。


時代の流れだから仕方ない。こういう事をよく耳にするがその考えを僕は大いに否定したい。


なぜならば、その考え自体が己を甘くするからだ。


他も皆そうしてるから、社会がそうだから、自分が動くのめんどうだから、考えるの嫌だから、


そういった自分中心の考えが、今の現代人の心の醜態さを招き、未熟な精神を育んだので


はないかとさえ思う。


己を正当化するために人を騙したり、嘘をついたり、ゆえに平気で、裏切る行為も行える。


でも、結果そうなろうと、それを悪行とは思わず、自分は正しんだと、置き換えてしまう。


かといって、悪いとなれば改善するわけでもなし、自分を否定されたと、今度は自己殻に


閉じこもる。最悪、自殺である。


すべては自分の心の未熟さである。全ての根源は何があろうが、全て自分なのである。周囲の


せいではない。そこをはきちがえてるからゆえ、今の現状があるのではないか?


よくよく考えてもらいたいものだ、人類はこの地球において一生命体でしかない。この地球が


なくなれば、そもそも生存すらできぬのだ。そして今のこの地球の美しさを作り出したは、


何なのか?


人類の原点ではなく、地球規模においての原点に立ち返る時ではなかろうか。


先ず自分を恥じよ。理解ではなく、行動にうつせ。それが改善の一歩でもあろうて。