2012年のGWも本日で最終日、
朝、早く起きてからというものの、今日一日何をしよう?と考えた時、特に何も浮かばなかった本日、
普段はゆっくりと新聞も読めない時も多いので、朝からゆっくりとコーヒー片手に新聞を読んでいた。
そこで、目に飛びこんでくる記事と言えば、
「バス等の交通事故」
「原発稼働の是非」
「税と社会保障の一体化法案」
主に毎日といっていいほどのこの3本立て。
後者2つの記事は、まぁ中長期問題と掲げてもいいのかもしれないが、最初の交通事故の記事は
なんとも頂けない。
京都で人を跳ね飛ばし暴走した事件を筆頭に、毎日のように違った形違ったところでそのような
事故の連続記事。
ふと、思うのが、加害者は事故を起こして目立ちたいのか?と思うほど似た事故ばっかりである。
もし、仮にもそうなのであるのなら人間の精神未熟さがここにきて極まりなく露呈されるものであり
そういった輩が社会にでまわってる今日、とてもいいようのない心境にかられるものであった。
「精神未熟症候群」
と現代病の筆頭に加えてもいいのではないかと思うほどでもあるが、実際、社会全体を見まわ
してもそれは決して言いすぎでもなんでもないと思われるのである。
自分の仕事上、外部に出かけたり、セミナーを開いたりする中で人と接するのが多い中、決まって
見受けられるのは、現代日本における「大人の甘い考え」である。
就職難だからといって、就職できない事を社会に置き換え自分を肯定する考え。
ストレス社会だからと、自己欲を満たさんがする自分勝手な行動
ましてや、俗語や族風に踊らされ、それをさも正しいかのように認識する愚かさ、
いずれも、自己の甘さゆえのものである。
ある地方には古人からの教えでこういう言葉が存在するらしい。
「ならぬ事はならぬ!」
当たり前の事なのだが、自己の欲求満たさにそれすらも概念にないほど、いや、そういう事を
自己詭弁に置き換え否定すらする思考があるからこその、現代精神未熟者が増えたのでは
ないだろうか。と、思ってしまう。
そもそも、社会において、働く事の意味をどうとらえているのだろうか?
僕は、「働く」とは、「はたを楽にする事」つまり、自分が喜んで進んで行動を起こす事や
真、世の為人の為を願わんとするこの真髄こそ働く事の意義ではないかと思うのだ。
今一度、「志」を心に根ざし、明日の日本社会を担うが為に、GW開けの明日からの
より一層の精進を心に誓うものであると同時に、社会人としての最低限の心構えを
もつものが増える事を願わすにはいられないのである。
