四国でサツマイモ基腐れ病。
鹿児島・宮崎・沖縄の3県で猛威をふるっているサツマイモ
基腐れ病[こちら]。この病気が本年11月までに熊本県と福
岡県そして長崎県で確認されたのを前回お伝えしたばかりな
のですが[こちら]、そんなサツマイモ基腐れ病が、こんどは
海をこえた四国の高知県で12月10日に初確認されました。

そのサツマイモ基腐れ病に関する高知県病害虫防除所から出
された特殊報に関する新聞記事がこちら。

 11日の新聞 →  



沖縄で確認されたのが 2018年11月なのですから、ま
さにあっという間にひろがった感のあるサツマイモ基腐れ病。
これ以上ほかの都府県にこの病気広がっていかないように、
発生確認後のしっかりしたすばやい対応[こちら]がとられる
ことがのぞまれるところ・・です。

晴れ 栽培面積の約半分で発生が確認され、基幹農業産業
  である鹿児島のイモ焼酎の生産におおきな影響を及
  ぼしているサツマイモ基腐れ病。おなじようなかん
  じでもし高知県でもひろがっていったとしたら・・
  あの名物お菓子の芋けんぴが希少になったり?

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サツマイモ基腐れ病、防除のこつは。
農業上の大問題となっているサツマイモ基腐れ病[こここちら]。
そんな治療薬のないサツマイモ基腐れ病ですが、この病気の原因
となるのは糸状菌であるために、防除するためには以下のような
耕種的な防除対策が有効になります。

まずは育苗の段階で

 ● 穂づる及び種芋は、この病害のない農地から採取する
 ● 腐敗、病害、傷のない健全な芋を利用する
 ● 苗床及び使用する苗の消毒を必ずおこなう

そして農地を準備する段階で

 ● 使用する資材及び機材は掃除&洗浄したものを利用
 ● 未熟堆肥を施用しない → こんな土づくりも。 
 ● 農地周辺のヒルガオ科植物を除草する
 ● 前作で発生していた圃場を避ける
 ● 農地の排水対策をおこなう
 ● 土壌消毒を実施する
 ● ゾウムシ類やネキリムシ類などの土壌害虫を防除する

植えつけた後には

 ● 発生がみられたら発病株をすばやく抜き取る
 ● 発生が確認された農地では収穫を早めに行う
 ● 台風や長雨が続く天候では特別に早めに収穫する

収穫後、次回作に出さない準備として

 ● サツマイモの残さを速やかに除去する
 ● 農地で使用した資材及び機材は掃除&洗浄

というようなものとなります。今回の資料として再掲載した
同じく防除薬剤のないサトイモ疫病対策の回も[こちら]もご
参考に。ちなみに 熱水消毒などについてはこちら


晴れ寒くない冬のつづく昨今ですから、病原菌をもっ
 たままの残さやひょっとすると野良イモもあるか
 もしれませんので、発生した農地ではサツマイモ
 栽培を数年見合わせ水回りのよいところならイネ、
 水回りの悪いところは科草などとの輪作をおこな
 うことも、よりよき対策だと思われます。
 
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たとえば こんな土の消毒方法。

前回のラベンダーの連続栽培の関連で[​こちら​]の関連で、栽培に使用
する土の消毒方法についての回 となります。

 ↓

ここのところお伝えしている 熱水消毒を利用した土のはなし です。

まずは 事故が起きないように充分注意しつつの 熱水消毒 。

プランターを傷めないように、素焼きの鉢に土を移し替えて、お湯を
注ぎます。気になるお湯の量ですが、鉢の底からお湯が出てくるくら
いの量を注ぐと万全ですね。

土消毒.jpg
 

処理がおわった土に、ピートモスを混ぜます。

ピートモス.jpg


いろいろなものがありますが、処理前の土のPHが高すぎたので、今
回は、右の縦列の PHの低いものを使用します〔ちなみに左はPH
を中性に調整したもの。見た目もちがいますね〕。

商品によっては、ピートモスが圧縮してありますので

 ピートほぐして.jpg 

ピートモスをほぐして ↑ ・・・

さきほどの熱湯消毒した土と、ほぐしたピートモスを合わせて、栽培
する土のできあがりです。

 ピート土と混ぜる.jpg

病気が 出にくいだけではなく、この土は通気性もいいんですよ。

 土できあがり .jpg

ぐっとにぎっても固まらず、しかもべたつきません。そして冷えたら
直ぐに使えることも魅力です〔肥料分については、また別の機会に〕。

いじょう、病気のでにくい栽培土の作りかたのご紹介でした。


 ハウス栽培用に使う大型の熱水処理機も現実にあるんですよ。

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ネバーエンディングなラベンダー栽培。

20年来、育てているのは ラベンダー 。

四季咲き性のピナータやデンタータに加え、イングリッシュ系に、
エストカス系など多いときではほぼ10種類。現在は3種類ほど
を育てています。

育て方はつぎのように。

 まずは3.5センチ鉢に挿し木
 ↓
 大きさに応じて5センチ・9センチ・12センチ・
 18センチ鉢へとじょじょに大きくしていきます
 ↓
 最終的に18センチ以上になったものは露地植えへ
 ↓
 その露地植えにしたものから挿し木を作り、上に戻る


といった具合のローテーションです。


 ポリ鉢.jpg


具体的に大鉢に移すときの要領ですが・・・

 1. ひとまわり大きい鉢にいれ、周囲に新しい土をいれる。

 2. 「根がはってきたな」と思ったら、鉢底に新土をいれる。
 
 3・ 大きくなったら、より大鉢にいれ、周囲に土。

 4. 「根がはってきたな」と思ったら、鉢底に新土をいれる。


といったかんじです。

いっぺんに土をいれすぎないことが、コツといえばコツかな。

長年育てているというか、そばにいてくれる植物の世話をするの
って、じつに楽しいですよね 


晴れ 「プラ鉢 →鉢を次第に大きくして →最終的に露地 
   →挿し木→ プラ鉢」・・・というのが今回ご紹介し
  た育て方ですが・・・これを自分勝手に、ラベンダーの「
  ネバーエンディング・ストーリー」栽培
と自称/笑。

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サツマイモの病気、南九州から熊本福岡長崎へ。
鹿児島・宮崎・沖縄の3県で国内の栽培面積および生産量の約5割
を占めるほどに、南九州の風土・気候に適して栽培されていたはず
のサツマイモ。そのサツマイモを狙いすましたかのように発生し、
猛威をふるっているサツマイモもと腐ぐされ病のはなしをしたのが
前回[こちら]でしたが・・・
この サツマイモもと腐ぐされ病の最大の特徴は、この病気のもつ
伝播力の強さです。

なにせ沖縄において初めてこの病気が確認されたのが2018年、
それも11月のことなのですから。まだ、それからまる2年しか経
過していない。それでいて前回の回から1日おくれの8日に鹿児島
県から発表された10月時点の羅病被害においては
 
 鹿児島県は7日、サツマイモ基腐(もとぐされ)病の被害が10
 月時点で、全作付面積約1万ヘクタールの5割以上に広がってい
 ると明らかにした。農産園芸課によると、2018年に県内で初
 めて確認されてから最大。被害農場は、少しでもつるが枯れるな
 どの症状が見られたケースを含むものの南薩地域(約3千ヘクタ
 ール)は7割超、大隅地域(約5500ヘクタール)が5割強、
 熊毛地域(約1600ヘクタール)は約4割で被害が確認された

という広大な被害面積にのぼっているようなのです。

さらに 心配されているのが、この病気の​北進​です。 ”新奇な病
害虫を発見した場合または重要な病害虫の発生動向に特異な現象が
認められる場合に都道府県より発表されるもの”が特殊報といわれ
るものなのですが、

      

10月に熊本県と福岡県、11月に長崎県で出されたサツマイモ基
腐病発見にともなう特殊報の新聞発表記事がこちら となります。

・・・特殊報がでたばかりの熊本県福岡県長崎県の発生状況は い
まはまだ僅少なものとはおもいます。が、消毒薬や予防薬はなんと
か登録された基腐病ですが、いまだ発病した場合の進行を抑える農
薬が存在しない
現状であるだけに、関係する都道府県及び農業界で
はこの病気の北進拡大がおおいに心配されはじめています。

次回の対応策の回へとつづく。


晴れ 個人的な感想なのですが・・・沖縄での初確認から丸2年
  もたたないうちにサツマイモの栽培に適している風土であ
  るサツマイモ王国の鹿児島県をこれほどの規模で蹂躙して
  しまう病いというのは・・・そう、あのバナナのパナマ病
  [こちら]を連想させられ、甘いもの好き&薩摩焼酎ファン
  としては、ひょっとして現在の品種がなくなっちゃったり
  したらと杞憂してしまうことも しばしばな今日このごろ。。

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イモの病気といえば。
前回は九州でおおきな被害をもたらしているサツマイモ基腐病について
の回[こちら]でしたが “イモのことはイモに訊け” という趣旨で5年
ほど前から こちらも南九州の基幹作物であるサトイモに発生しつづけ
ているサトイモ疫病についての回の再掲載です。病原菌はもちろんちが
いますが、実際のところ効果的な薬剤のない現在、サツマイモ基腐病
対策も 今回再掲載のサトイモ疫病防除に類した対処法をとるしかない
 
ということで、よろしかったらご参考に。・・・それにしても南九州の
基幹作物であるサトイモにひきつづいてのサツマイモの病害とは、農家
農業にとっては前門の虎後門の狼的な まさにそんな状況です。

 ↓

『サトイモ疫病の今後の動向は。2017年11月分』

国内有数の産地である宮崎県内のサトイモの生産現場で収穫量の低下
 を引き起こす疫病が深刻化している。全国トップを誇っていた生産量
 は、2015年に前年比約4割減の1万3千トンに落ち込み、6年ぶ
 りに 首位から陥落。16年産も同程度の被害が見込まれている。
 「このままでは産地がなくなる」。危機感を募らせる県や関係団体は、
 マニュアル作成や研修会などを通し、生産現場に防除の徹底などを呼
 び掛けている。


   ←4月中旬の新聞記事

という記事が、県内外の一般の新聞記事のニュースとしてとりあげられた
宮崎県内のサトイモ栽培。

そのような産地としての一大危機に対して、3月の早植え栽培時には[サ
トイモ栽培時のきまりごととして]

 ● 連作を避け、前年の発病株の残渣を集めて焼却する
 ● 発病株は株元の土とともに除去して焼却する

という対策がとられ、さらに その後の植えつけ前の耕種的防除法として

 ● 種芋の消毒をしっかりやる
 ● 未熟堆肥を施用しない → こんな土づくりも。
 ● 排水不良畑では排水を良好にする
 ● 降雨、潅水時に土粒が跳ね上がらないようにマルチなどで工夫する
 ● 密植・過繁茂にならないように植えつける

といった、いつにもましての栽培管理をおこなって、そして芽が出揃った
これからの5月になったわけですが・・・

これからの大事な管理として大切なこと。それは

 ● サトイモ畑のまわりに出ている野良サトイモの撤去

です。大きな群生はすぐにわかるとして、気をつけねばならないのは草む
の中などの、いっけん見つけにくい小集団の野良サトイモ。ここ数年のあ
だの収穫時の調整時につかった場所のまわりなどは、とくに注意して見回
っておきましょう。

もう2週間もすれば梅雨。

なんといっても疫病の原因菌である「フィトフトラ コロカシエ」は、
しぶきや強風で胞子が拡散し、感染すると葉や茎が枯らすカビ
ですからね。
このカビのもたらす病気が 

 ● 2014年に初めて感染が確認され、翌年には県内全域に広がった

という現実を見据えて、しっかりとした対策をほどこしてまいりましょう。


晴れ 宮崎県のサトイモ栽培は本年の対策がどれくらいの効果をあげら
  れるかにかかっている・・・というおはなしでした。

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サツマイモの病気、急速拡大中。その1。
1705年に琉球から薩摩にイモをもちかえって広めた前田利右
衛門のはなし[こちら]や、1862年に島津久光上京の先遣隊と
して上京を控えた西郷隆盛のもとを、“上洛の共に加わりたい一心
で自作のサツマイモ3本を持って訪ねたといわれる中村半次郎の
はなしのつづきです。

そのようなサツマイモ生産量の約4割・・・年間約50万トンもの
サツマイモを生産するという日本一のさつまいも王国、鹿児島県

では、サツマイモの病気である、

サツマイモ基腐[もとぐされ]病の発生が相次いで問題となってい
ます。対策に大わらわとなっている様子がこの新聞記事↓。

20年11月の新聞 → 

そのサツマイモ基腐[もとぐされ]病の症状ですが・・・

 基腐病に感染したサツマイモはまず生育不良になり、そのう
 ち株全体が萎れ出し、そのご枯死する激しい症状を示す。
 茎は地際部が褐色~黒色に腐敗し、地上部が早期に枯死した
 場合は当然のことながら塊根が形成されず収穫が皆無となる。
 なんとか収穫期まで株が生き残った場合でも、土壌中の実が
 褐色のスポンジ状となって腐敗し、その部分が乾燥すると収
 縮して固くなる。


というものです。

さらにこの病気にはつづきがあって、外見上は羅病した形跡が
見られずに収穫されたにもかかわらず、収穫されたイモが貯蔵
中に腐敗してくることもあるというのですから、始末に負えま
せん[イモの生産販売者としては信用問題にもなってきますし]。

そしてなによりも問題となるのは・・この病気が広がること。

肥沃な土地よりやせた荒地を好み、灌漑設備がいらない[農村の
灌漑設備維持活動は年々低下
してきています]乾燥畑のほうが
よくとれるといった作物であり、国の食料安全保障面でも緊急
時のカロリー供給源に位置付けられているサツマイモの栽培が
この病気の広がりによって仮に日本中でできなくなっていくも
のだとすれば、島国であることに加え 先進国のなかで極端に
食料時給率が低い日本​にとっての遠からず致命的な問題になる、
と思いますよ。

そう思えるこの病気の特徴の回につづく。


晴れ 江戸時代にたびたびおこった大飢饉時、サツマイモが
  栽培されていた西日本では、餓死者が出なかったどこ
  ろかむしろ人口が増加したともいわれています。また
  維新時の薩長土肥の諸藩の戦争動員兵力が、他の藩に
  比べて格段に多かったのもサツマイモのおかげといわ
  れることも[いゆところのカライモざむらいですね]。。

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“きりのじん”という、不思議な地名。
以前の記事ですが、次回関連で再掲載です。

 ↓

[国道10号線の美々津大橋ではなく]県道を通る日向いきの普通路線
バスに乗り、しばらくして美々津橋を渡ると次にくるのがバス停・きり
のじん。

むかしから民家が数軒点在するだけの、耳川の右岸にあたるとりたてて
なにもないバス停。しかしこの “きりのじん” という不思議な響きの
バス停の名まえは、子供ごごろに強烈な印象をのこした。


きりのじん。 きりのじん・バス停

たとえばそれは 霧の人とか、切りの人とか。なんだか真田十勇士の霧
隠れ才蔵のような忍者をさすものかなと思ったり、むかしここには妖怪
のかまいたちのようなものがでていたのかな・・などという想像を連想
せずにはいられないものだった。

  美々津地図

地図でみると美々津橋という太字の「橋」の部分にあたる きりのじん。
漢字で書くと 桐の陣。この地名の由来は、その後しばらくたって成人
してから、車に父をのせてこのバス停を通った時に判明した。

 桐野利秋。西南戦争のとき、幕末のころは人切り半次郎と名乗った
 桐野の陣があったとこだよ、ここは。

と、唐突に父がつぶやいたのだ。

 こないだ売った当家/うちの山にのぼったとき、砲台跡があったろう。
 あれは桐の陣から上流にあがった飯谷とか余瀬にいた薩軍を砲撃する
 のに、政府軍がひっぱりあげた大砲を据え付けた跡だ。

と話はつづく。

 子供のころ、西郷さんを見たという、美々津在の じいさん・ばあさ
 んたちがたくさんいてな。

と、これはなんども聞く話を繰り返した。

いきなりあらわれた薩軍や、その薩軍を追って やってきた政府軍に
家屋を占拠されたら、いやおうなしに大砲の弾の標的になってしまう
のだなと思いつつ、

   きりのじん4   きりのじん2

 ← 桐の陣から見た対岸の政府軍陣が こちら。 そして
 → 政府側陣から見た 桐野陣の方向が こちら。

   きりのじん1   きりのじん3

 ← 政府側陣から見た中の島にたつ西南戦争激戦の地の看板 と
 → 巨大ダムがつくられた現在でもまだまだドン深な耳川の図。。

ちなみに西南戦争の様子を記した町誌では 水深が深い耳川が注ぎ、
古来より軍事的要衝であった美々津での両軍の戦いはつぎのように。

 明治10年7月30日。官軍の総攻撃に会った薩軍宮崎本営は、
 宮崎を捨てて北走し、高鍋を経てその後美々津方面に退却した。
 各所で連戦連敗の薩軍は、耳川の天険に拠って官軍を食い止めん
 とし、東は耳川の河口から、西は山陰、坪谷、を経て神門、渡川
 まで塁を築いて防御線とし、耳川を隔てて官軍と対峙し十二斤砲
 などで打ち合っていた。が、8月7日、官軍は耳川の上流を渡り
 山陰[やまげ]の薩軍を攻撃した。薩軍はよく戦ったが、ついに
 は敗走。耳川下流にあった辺見、桐野の一隊はこのため対岸と同
 岸の上流という腹背共に敵を受けるに至り支えきれず。山中に入
 って退路を求めたが得ず8月11日前後に四散した。


と、いうことらしいです。その後の薩軍ですが、

 耳川の攻防戦で破れた薩軍は8月14日延岡を捨てて延岡の北に
 あたる長井に集結し、8月18日早朝可愛岳を突破、鹿児島へ。


と、戦局が急展開していったことがわかります。

そしてあらためての きりのじん。いまは運行されるバスの本数が
減ったうえにバス停も廃止。地図上の地目だけが残るだけの場所に
なってしまいました。

いきなりやってくる戦争もたいへんですが、美々津千軒と謳われた
明治はじめのかつての県庁所在地[美々津県と都城県が合併して宮
崎県となった
]のこの寂れようもたいへんなものだなと、しみじみ。


晴れ 宮崎と西南戦争の時代を背景に描かれた小説として
  松本清張のデビュー作とされる『西郷札』(さいご
  うさつ)があります。明治の廃藩置県を受けて禄を
  失い、西南戦争に参加した旧佐土原藩士を主人公に
  した魅力的な短編。よろしかったら、ぜひ。

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サツマイモを伝えた甘藷翁(からいもおんじゃ)。
以前の記事ですが、次回関連で再掲載です。

 ↓

サツマイモ生産量の約4割・・・といいますから年間約50万トン
を生産するという日本一のさつまいも王国、鹿児島県。 その鹿児島県で
甘藷翁(からいもおんじゃ)として尊敬されているのが前田利右衛門です。

このかたが、琉球(沖縄)から唐イモ(サツマイモ)を持ち帰り薩摩の国
での栽培を広めたといわれていますよ。

ときに1705年(宝永2年)のことでした。これ以降、薩摩で大規模栽
培に成功したサツマイモは、その後

 カライモ → リュウキュウイモ → そして サツマイモ

と、その呼び名を変えながら、日本の全国区の作物へと普及していったと
いうわけです。
ということは、この甘藷翁(からいもおんじゃ)なくして、その後の救荒
作物[飢饉時のありがたい食物]としてのサツマイモの活躍はなかったこ 
ととあいなります。

そう、いまに伝わる

  1713年  瀬戸内(大三島)における 下見吉十郎
  1715年  長崎(対馬)における 原田三郎右衛門
  1716年  京都における 島利兵衛
  1733年  島根(大森)における 井戸正明
  1734年  東京(江戸)における 青木昆陽

などの、サツマイモで有名な方々の活躍[サツマイモを救荒作物として各
チで普及に努めた
]もなかったはずなのです。そうなれば、1732年の
享保の飢饉・1782年の天明の飢饉・1832年の天保の飢饉の際には、
もっともっとたくさんの人命が失われていたにちがいありません。
そしてそれ以降も[第二次大戦前後にいたるまで]前田利右衛門は、ほん
とうにたくさんの日本人を飢えから救ったことになりますよね。

もちろん飢饉のときだけではありません。

もしなんらかの歴史のいたずらで、このときにサツマイモが伝わらなかっ
たと仮定すれば・・・ひょっとすると現代に生きるあなたが普段たべてい
るヤキイモやチップスはもとより、ボタモチや イモ餡〔あん〕、そして
あのおいしいスゥィートポテトはなかったかもしれない。
そうそう、あなたが秘蔵している大事な芋焼酎も、ひょっとすると存在し
なかったかもしれない/笑。

そう考えると、人の行動がもたらすその後の事象というものには、なかな
かに興味深いものがありますよね。

そしてその後の甘藷翁(からいもおんじゃ)。はからずも薩摩のみならず
日本の国の飢饉を救うことになった前田利右衛門。しかし 再び琉球に渡
るときに遭難して死亡
します。

この利右衛門遭難の話を聞いたとき、彼に感謝していた薩摩の領民はお金
を持ち寄り、供養堂を建てました[現在、鹿児島県山川町岡児ヶ水の徳光
とっこう神社とされています/
こちら]。また、この山川町内だけでなく、
その頌徳碑[感謝の意を刻んだ碑のこと]は薩摩半島だけでなく、大隅半
島の串良町など鹿児島県内の各地でも確認されているといいます。

ということで、今回はサツマイモ伝来に関係した薩摩の国の船乗りについ
てのおはなしでした。

晴れ 新しい作物を導入し・結果的に産業化した 利右衛門さん。
  これは六次産業化の、ひとつの手本といえることかと。

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防鳥三銃士。

香川県に兵庫県、ひきつづいて福岡県、そして宮崎県でも発生し
ている鳥インフルエンザ。そんな環境下において、野鳥をさけね
ばならない農業関係[養鶏農家では鳥フンとの接触を避けるため
洗濯物は室内に干すという対策も現実にとられています
]という
仕事がら、本年の8月からは事務所の倉庫にやってくるようにな
ったハトの群れの接近を回避せねば・・・と
ホームセンターにいって防鳥グッズを3点ほど購入しました ↓。

      


まずはこちら。          

むかしなつかしい、セルロイドの、 ピンクのおきあがりこぼし
みたいな背中をしていますが、 じつは

けっこうリアルな 目ヂカラはんぱない フクロウ。。

    


そして、フクロウにくらべたら “デフォルメしすぎかなあ”と
思いつつ購入した どこか愛嬌のある、しかし 口のでかあい
ヘビ[風があるとけっこう動いてみえるんですよ]。

 
  

そして全国の田畑/でんばたで風にはためいている、農業界で
は すでにおなじみになっている鷹カイト です。

ポールに糸などセット販売中 →  

     

野鳥からの鳥インフルエンザウイルスの検出や、香川の養鶏
場での鳥インフルエンザの発生からはじまって、兵庫に福岡
そしてここ宮崎でもでちゃった鳥インフル対策の一助として
大空に羽ばたく鷹凧と剛力して

 

       

がんばれ、防鳥三銃士!


晴れ 鳥インフルかもしれないと気づくまでのあいだにも
  毎日毎時間排出されつづけるフン。そのフンが運ば
  れる過程で、たとえばカラスやイノシシ、ネズミな
  どの野生動物に接触する可能性もおおいにある・・・
  なんてはなしは こちら。 やはりフンを介しても
  おおいに伝播していく口蹄疫時のはなしは ​こちら​。

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