僕は 大きな 大きな 螺旋階段のような わっかを登り続けてる

登れば 登るほど 大きくなっていく わっかだ



やあ また君に会えたね

会えて 嬉しいよ

やあ もう行っちまうのかい

さみしくなるね

なんてことを



くり返し くり返し くり返し



また 会える日を楽しみに 登り続けるんだけど

わっかは どんどん大きくなるから

さみしくて さみしくて…




人は 大人になると 時間が経つのがはやくなる のは さみしいから なんだと思う

わっかの大きさを感じなくても すむように

神様が そうしてくれたんだな たぶん



また いつの日か 会おう

僕は 生まれてからも 生まれる前からも

君しか 探してないんだよ


あの世でもいいし この世でもいい

天国だって 地獄だって

明日だって 昨日だって いつだって いいんだよ



わっかの上で 憎みあい

わっかの上で 愛しあう

わっかの上で 君を 探し続ける から

わっかの上で また 会おう
断酒会の宿泊研修会に行ってきました
だんだん 「研修」の意味が わかってきました


うぬぼれ によって 断酒16年目に すさまじい飲酒欲求が わいた  とか

父を恨む気持ちがあって 死の直前に助けられなかった 恨んでいたからだろうか…自分が 憎い…  とか
 
ご家族の 涙ながらの体験談
まわりの方が笑いながら聞いている

1年前だったら「人のつらい話を聞いて 笑うとは けしからん!!!」と憤慨していた


つらい話を 笑い話にしてもらえて 助かる時も ありますよね


僕自身でいえば 同世代の仲間に

「テペスさん 彼女なんかつくる前に車 買わなきゃ(笑)」
って笑ってもらえて


助かった


なんて思った



僕たちは 自分を変えていかなきゃ 生きていけない
飲酒当時と同じ考え方のままでは いつか 飲んでしまう

飲んだら また 入院だし
せっかく取り戻したものを また失わなければ ならなくなる(進行性の病気だから 以前より ひどい状態で)

心も

体も

経済的にも

社会的にも

あらゆるものを どんどん 失っていって しまう

ホントに おそろしい病気に なってしまったもんだ

次の一杯目が 口に入る時「自分を変えておけば よかった」なんて 思わない
あるのは飲酒欲求だけだ


うぬぼれ 憎しみ 孤独…
遠ざけておかなければ 僕は 死んでしまう

ありがとう

ありがとう ありがとう


この杯を受けてくれ

どうぞなみなみ注がしておくれ

花に嵐のたとえもあるぞ

ありがとう だけが人生だ
高知県に住む同じ病気の仲間から手紙が届いたので、返信を書いていました。その彼も、これまた同じ病気の女性と最近お付き合いを始めたのだそうです。

あくまで僕の場合」になるんですが…酒をやめる気がなかった頃には当然、明るい将来像なんてものは、ありませんでした。酒のやめられない依存症者に明るい未来について考える余裕があるはずもない。
だから、将来を見据えた真剣な恋愛より、いつ別れてもいいような疑似恋愛のほうが、よかった。


別れてしまった元彼女の浮気も、病気が原因なんだろうと思うんです。とにかく自己肯定感が低い。将来について考えるなんてどころじゃない。

彼女の問題ではなく、自分の問題だった、初めから。理想を押しつけ、苦しめてしまった。

僕にとっての「コントロールドラマの放棄」は「別れること」でした。今は、そのことが残念で、仕方ない。


なんて、返信を書いたんです。僕の経験が人の役に立てば嬉しい、と思って書いたんですが、助けられたのは間違いなく僕自身でした。

ホントに不思議な、ありがたい経験をさせてもらってます。