2年ほど昔に書いた記事なのだが、今でもたまに「エンジニア」のランキングに入ることがある。つい先日は62位、ー昨日は38位、昨日も63位に入り、釣りそのものではなくロッド技術の歴史的な流れに興味をもっていただいたようで非常にうれしい。

 

 

カーボンロッドを初めて販売したのはオリムピック釣具であるが、取得した特許権を行使したため、この期限が切れるまで他社が上市できなかった、ということを繰り返し主張するブログがあり、それは違うだろうと調べ始めたのが記事を書くキッカケであった。このときは、CFRPの開発と事業化から検証したのだが、同時に特許についても調べることで、経済学で言う"attention economy"の類に過ぎないと判断した。まぁ、そこはどうでも良い話だが、気掛かりだったのはオリムピック釣具による特許出願で一番古いのが1972年でありながら、オリムピック釣具と社名を変更した年(1961年)との差が大きいという点だった。このときは、ニッチな釣具業界だし、当時の日本はモノを作ることに集中して知財戦略は二の次どころか優先度が低かった、ということを聞いていたこともあり、「まぁ、こんなこともあるか」と目をつぶった。

 

しかし、この記事を繰り返し読んでいただけるからには、少し真面目に調べなければならない、と再度、特許庁のデータベースを使って調べてみた。出願者に「オリムピック」「オリムピツク」を選んで検索すると、一番古い特許出願は「ウオツリヨウリ-ル」で、その次が先の記事でも紹介した「ツリザオ オヨビ ソノセイゾウホウホウ (特願昭47-083062)」になる。ここまでは全く変わっていない。そこで、この発明に割り振られた特許コード(A01K87/00,620@Z)だけで探してみると、1968年2月に出願された「リ-ルツリザオ (特願昭43-008477)」が同社による最も古い特許出願となり、先に紹介した特願昭47-083062は3番目になることが判った。

 

 

 

そこで、特許コードにA01K87/00,620@Zを指定し、明細書内の検索ワードに「カーボン」「炭素」を選んで検索すると、実用新案2件の後に、特願昭47-083062が来ることが判った。

 

 

これらの結果を持って、オリムピック釣具によるカーボンロッドに関する初めての出願は特願昭47-083062であったと考えるのは早計かもしれないが、一旦、ここまでの結果をレビューしてみる。

 

先ず、この出願での請求項は次のようになる (古い書類をスキャンしたので読み取れない部分がある。参考程度に考えていただきたい)

  1. ガラス繊緯の織布を合成樹脂溶液に浸漬半乾燥させこれをほぼ梯形又は扇形に裁断して本体片を成形し、該本体片上に、炭素繊緯のみを縦方向に緊密に配列し合成樹脂溶液に浸漬半乾燥させてなる補強片を一巻分またはそれ以上の巾を有する細長帯状に形成して積層し、これを一端が小径で他端に至るに従い漸次大径に拡大せる緩円錐管状に巻取り、上配補強片を本体片の中間にサンドイツチ状に巻き込んで成る事を特徴とする釣竿の構造。
  2. ガラス繊織の織布を合成樹脂溶液に浸漬し半乾燥しこれをほぼ梯形又は扇形に裁断して本体片を成形すると共に、炭素繊維のみを縦方向に緊密に配列し、合成樹脂溶液に浸漬し半乾燥させてなる補強片を一巻分またはそれ以上の巾を有する細長帯状に形成し.該補強片を上記本体片上に.織布の一側辺より一巻分またはそれ以上内方へずらして積層し、然る後一端が小径で他端に至るに従い漸次大径なる緩円錐状の芯金に本体片の一側辺より巻き取り.本体片の中間に補強片をサンドイツチ状に巻き込み、更に外周にはセロフアンテ一プを巻き付け加熱乾燥せしめ.芯金を抜き取り上記セロフアンテープを剥離し研磨仕上げ塗装を施す事を特徴とする釣竿の製造方法。

これを読むと、当時の技術レベルが判らないが、太字で示した炭素繊維をガラス繊維に換えてしまうとグラスロッドの製法と変わらないのではないかと思ってしまう。そして、炭素繊維自体は公知だったので、進歩性に欠けると判断されてしまったのだろうか。いずれにせよ、この特許出願は拒絶されたことから、カーボン繊維を使った釣竿の基本的な製法は保護されていないことが判る。

 

次に、この出願から1979年末までに出された特許出願を調べた結果が次の通りになる。

 

 

ここで実用新案(#5~#8)は特許ではないので削除した。古い4件はすべからく拒絶されており、最後の1件(特願昭53-148429)だけが特許査定を受けた。

 

 

この特許の請求項は1つだけで下の通りとなる。

  1. 合成樹脂を含浸したガラス繊維の織布又はガラス繊維と炭素繊維との混合織布、又は炭素繊維の織布で形成した竿杵の外周面に、合成樹脂を含浸せしめた炭素繊維の引揃えジートを1プライずつ巻始め位置を90゜又は180゜ずらして複数回巻付けたととを特徴とする釣竿

この請求項だと、巻始め位置を91°又は179°などチョットずらせば回避できてしまうので、他社のビジネスを抑える効果は無かったと考える。そのせいなのか、1982/11/11に登録料を納付したにも関わらず、およそ4年半後の1987/06/02に年金不納により権利を失っている。自分には、この特許が当時の他社の足止めになるとは考え難い。他の特許コードで調べたが、オリムピック釣具による特許出願は軒並み拒絶されていた。

 

 

ここで一旦、特許から離れて当時のカーボンロッド市場を振り返ってみる。ネットで調べてみると

といったことが知られている。ここで、ダイワは釣りビジョンのインタビューを参考にしたのだが、販売開始年はハッキリとしていない。また、NFT(日本フィッシングタックル)も1970年代にカーボンロッドを上市しているとされているが資料を見つけられなかった。

 

(Daiko 60th記念 スペシャルサイト ※このサイトは消されている)

 

また、海外に目を移すと、

1964年にHardy社、Royal Aircraft Establishment社、Moncrieff Rod Development Company社の協業により世界初のカーボンファイバーロッド「Carbon Spinning 9 1/2」がリリース

1973年にFenwick社が世界初のグラファイトロッド「HMG」を発表。フライロッド5機種、ベイトロッド4機種。

1974年にLamiglas社によりグラファイトロッドが販売

1974年にOrvis社によりグラファイトロッドが販売

など、とカーボンロッドの軽量という特徴に商機を見出して上市している。

 

(Hardy社のカタログから)

 

Hardy社のロッド販売や各ロッドメーカーの1970年代の動きを振り返ると、カーボンロッドの基本特許が日本で取得されているとは考えにくい。先のオリムピック釣具の出願(特願昭47-083062)が拒絶されたのも、すでに記載したように進歩性の欠如が理由となっているかもしれないし、Hardy社の製品が先行技術として存在していたからかもしれない (もちろん、拒絶理由が判らないと何とも言えないのは言うまでもないが)

 

 

最後に、オリムピック釣具の町井は1978年8月号の学会誌1において次のように記している。

各メーカーはそれぞれ独自の製法でカーボンロッドを生産しており、今後需要の伸びが期待されている。カーボンロッドの製法は前述したように各メーカーでknow-howを持っているが、一般的には引揃えカーボンシートを使用したものが多く、製造工程はグラス竿の工程と大差ない

オリムピックが特許査定を受けた特願昭53-148429の出願日が1978/11/30なので、この記事が書かれた時期も踏まえると本特許が他社のビジネスの足止めになったとは考えにくい。

 

今のところ、自分にはオリムピックの特許が他社のカーボンロッドビジネスを止めたとは思っていない。市場を独占するには基本特許を押さえる必要があり、町井による説明にあるようにグラスロッドと大差がないことから、特許で基本技術を保護するのは難しいことだったと考えている。少なくてもカーボンロッドの海外市場をレビューしてみると特許による独占とは考えにくいのだが。

 

それでは、また。

 

【引用文献】

1. 町井豊, 高分子 27, 574 (1978)